【試し読み】玉響にふる夢 ~春の陽ざしに解き放て~
芝迅みずき
1
1ー1
四月六日の夜、
中学校の入学式を翌日に控えた今日、瞳は近所の神社を
「
その神社で、明日から迎える新生活への無事を祈った瞳は、
若草色の瑞々しい葉が芽吹き始めた大木――この神社の御神木だった。人一人では抱えられない太い幹には、
瞳はそっとその幹に触れる。ざらざらとした皮を撫でながら、また頭上を振り仰いだ。春の強い風が、木々の葉を揺らしていく。その音は、まるで大雨が降ったようだった。
瞳は風が止むまでの間、思わず息を詰めていた。風が止み、あたりの音が静まると、息を吐き出す。昔から、なぜか強い雨音、またはそれに似た音が苦手だった。
すると、また不意にあたりがざわめき始める。ぴりぴりと空気が緊張で震えているようだった。
不審に思った矢先、瞳に向かって突風が吹き付けた。まるで御神木の中から吹いてくるようである。手が触れる幹の下から大きく膨れ上がり、そのまま瞳の中を通り過ぎ、
瞳は風に煽られまいと、必死で足を踏ん張っていたが、突然頭に鋭い痛みが走った。思わず身体を強張らせる。痛みはほんの一瞬で引いていった。しかし、その一瞬の隙をつかれて、風に押される。後ずさった
「あっ!」
瞳は次に来る衝撃に身構えて、思わず
行き場を失い、空を切るしかない瞳の手を、不意に誰かが掴んだ。重力に任せるしかなかった体が止まり、一度ためがあると、強い力で上に引き上げられた。
瞳は、前につんのめるようにたたらを踏みながらも立ち直った。危なく相手に頭突きをしそうになるのを、なんとか堪える。手を掴まれていた感覚が消える。そろそろと目を開けた。見知らぬ誰かの運動靴が見えた。男物だ。サイズが大きい。
そのまま上へと辿るように視線を滑らせていく。黒に白のラインの入ったトレーニングパンツだ。
さらに見上げていけば、
また見上げていく。相手の顔を見た時、瞳は瞬きをした。予想される身長や体格から成人男性を想像していた。実際、身長は瞳より頭一つ分は高いだろう。しかし、視線の先にあった顔付きは、瞳とたいして変わらない年頃に見えた。
真っ黒な絹糸のように綺麗な髪だった。同い年の男子と比べ、全体的に少し長めだ。多少くせがあるのか、所々外はねをしている。前髪の間から
「……なんだ」
まじまじと見詰められて気分を害したのか、少年は眉間にしわを寄せた。発された声は
「えっ!? えっと、あの……っ」
思わずじっくりと、少年を見ていたことに気付く。
「あっ! え、えっと! あ、ありがとうございましたっ!!」
あたふたと慌てて頭を下げると、少年は虚を突かれたように目を
「どうか、しましたか?」
「……いや、……別に……」
少年は相変わらず抑揚に欠けた声音で、詰まるように喋った。視線が泳いでいる。
その時、またふいにざざっと木の葉が風に揺れてざわめく。
瞳はおもむろに御神木を仰ぎ見る。今はすっかり消えた頭痛を思い出し、こめかみを押さえながらぽつりと呟いた。
「……なんだったんだろう、さっきの突風……」
「突風……?」
「え?」
「あの……」
瞳は恐る恐る声を掛ける。すると少年は急にきっと瞳を
「ここは足場が悪い。足元には気を付けろ」
「あ、すみません……」
思わず
「ここは
「なっ、帰れって……っ!」
少年の言い方が気に入らず、瞳は思わず言い返そうとした。
その時、ざっと音を立てるように急に周囲が暗くなった。それに意もせずぞっとする。単純に太陽が雲に隠れただけなのかもしれないが。
「……わかりました」
薄ら寒い感覚を味わってしまったので、瞳は大人しく少年の言葉に従うことにする。もう一度少年に頭を下げて、瞳は御神木を後にした。
「うーん…」
準備を終えた瞳は、腕を組んで考え込む。
同じ年頃に見えたが、学校では見たことがなかった。あれだけの高身長だと目立つはずだ。と言うことは、隣の学校の生徒だろうか。中学校は隣の小学校の生徒と一緒になる。だとしたら、明日会えることが出来るだろうか。
なんとなく、彼のことが気になってしまっていた。
「……そう言えば」
瞳はふと、帰り際に言われた言葉を思い出した。
――あんたは引き寄せやすそうだ。
あの会話の流れで、不自然に入り込んできたあの台詞。あの時は、少年の言い方に気が行ってしまい流してしまったが、話の脈絡としてはおかしい。
「引き寄せやすいって……何を?」
明日会うことが出来たら訊いてみようと、瞳は決めた。
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