37 風より早いとか、音速?
「茅花に鬼札が戻った」その噂は風よりも日本全土を巡った。ついで茅花の総集会の知らせが各地の改方のところに届き、長の手元に行く。これによって、噂は本当かもしれないと喜ぶものが半数以上、顔色を悪くした残りは鬼札が奪われてからの集会を欠席していたものたちだ。
「病で寝込んでおりまして……ごっほごっほ」
「わ、私も持病が悪化してしまいまして」
わざとらしく咳をするのは白い着物に勝山髷、死者の三角巾にのっぺらぼうの顔には口だけがついている。べったりとお歯黒が塗られていた。それに同調するかのように頷くのは一見うねった髪をおろした美しい女、その後頭部にもう一つの口を持つ二口女だ。
そんな声がそこかしこから聞こえてきて、王里はすでに呆れ顔しかできない。祖父との間、隣に座る華は気にも留めていないみたいでにこにこと好物の焼き鮭を箸でつっついている。
そう、普段は鬼札とはいえ出られない集会に出ているのだ。しかも出ているのは赤飯に味噌汁、焼き鮭に肉じゃがに昆布。
赤飯は喜ばしい席に用いられ、昆布は転じて「よろこんぶ」。つまり祝い事があったということ。鬼札本人もいることだし、それはつまり鬼札を取り返したということではないのか。いままで集会に出てこなかった怪奇たちの顔はどう言い訳するかで真っ青だ。
やがて食事を終え、華は眠る時間になったからと下がってから。いままで集会に出てこなかったものたちをとがめるでもなく、集会は始まった。全員の前には膳の上にお茶がおいてあり、その隣には上品な桜の形をした和菓子。里桜が作ったものだ。
初めに口を開いたのはロウキだった。困惑した様子で、集まった怪奇たち全員の疑問を呈した。
「長官、その、鬼札様は結局……」
「あァ、李杯から借りうけた」
「「「借り受けたぁ!?」」」
「おゥ」
平然と湯呑みに入った茶をすすり、ぽいっと一口で和菓子を食ってからその優しい甘さにさすが俺の半身、菓子にまで優しさがにじみ出ていると思った。アホである。
すでに事情を知っている空亡とリヒト以外が驚いているのを見ながらも、もはや心ここにあらず。いまごろ俺の半身は日本なんてちっぽけな国ではなく世界を相手に改めをしているんだろうなと考える。
本当は、本当は覚えてもいない妹を殺されたと聞いて。それが他ならぬ茅花のものだったと聞いて信じられなかった。信じたくはなかった。でも今の王里にとって大事なのは自分についてきてくれる改方たち、茅花、たとえ茅花に対しどんな感情を抱いていようとも自分の半身だ。
たとえ不義理を働こうが、それは王里自身が頼りないせいだとわかっている。だが、いまだざわめく長たちには、深いため息を禁じ得ない。
「失礼ですが次代様、借り受けた……とは」
「李杯は鬼札を同盟の証として寄こそうとした、が。それを「いつか必ず獲りに行くから所有権は李杯でいい」ってことにしたんだよ。たとえ何百年かかろうともな」
「なぜです!? 寄こすというならば!」
「なぜ? ふざけてんのかァ? んなみっともねェことできるか。それにな」
白雪のような肌に赤い唇が特徴的などこか寒々しい空気を纏う雪女郎が噛みつくが、そんなことはできないと王里は突き放す。
ぐおりと風もないのにろうそくの火が揺れる。王里の怪気だ。それに蹴落とされた長たちにこれ以上の言葉の何が返せようか。それにまた、にやりと笑って王里はいまだ覇紋の刻まれていない白扇子を懐から取り出す。じゃっとそれを開いて、全国から集まった長たち全員に見せつける。
「『鬼札を再び取り戻し。茅花こそが最強だと、覇紋の代名詞であることを周知に致してェと思います』っつったろ。この手に、取り戻すんだよ。俺たちの力でなァ。そのためにゃあ俺には力がいる。もっともっと、大きな力がよォ。だからてめえら茅花の怪奇は」
男らしく、夜陰の覇者、怪奇たちの正しき王に相応しい粋な笑顔で。
「百鬼行路の軍となり、俺のための覇道を拓け!!」
それは<5ツノ真理ノ誓イ>がなってから千数百年。ずっと爪をとぎ続けていた茅花が挙げた実に千年以上ぶりの戦いの合図だった。
そのことに気付いた長たちは。かつて戦線を駆けたものたちは。あの高揚感を、興奮を思い出し、本能を刺激された怪奇たちは。
おおおおおおおおおおおおおお!!
その場にいる長たちは皆座布団を蹴飛ばし、膳をはねのける勢いで立ち上がり、叫び、周囲を席捲した。それを見守る王里を、空亡を称えた。
湯呑みに口をつけながら扇子を再びしまった王里は、にやりと笑って大広間の入り口。わずかに開いた障子の隙間から見える月に目を細めた。
宴はまだ始まったばかりだ。
あやかしあやし―賊改方捕物帖― 小雨路 あんづ @a1019a
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