第6話
先日のことを思い起こしながら屯所へたどり着くと、そこにはもう沖田の姿はなかった。
沖田が寝かされていた部屋はがらんどうで、ただあやつの残り香だけがかすかに漂っている。
それから、あちこち敷地内をめぐって幾つかの部屋の前を通ったが、沖田はいなかった。屯所を占拠している他の連中の姿は何人も見かけたが、そこにも沖田の姿はなかった。
死んだのだろうか。それとも、沖田の言葉を借りるのならば、猫のように死期を悟り、どこかへ隠れているのか。
我がぼんやりと空を見上げていると、その上に覆いかぶさるようにして人影が立った。我に気づかれずにこんなに近くまで来た人間は、これまで沖田だけだった。だが、その人影が沖田でないことは確かだった。
我は驚いたのを取り繕おうとして、咄嗟に毛づくろいをした。
それを見て、その人影は短く笑った。
いつか見た、目つきの鋭い男だった。
「総司の猫か」
男は独り言をもらすと、我の前でしゃがみ込む。
「総司に言われてたんだ。雄の三毛猫が来たら、私の代わりに餌をやってくれと」
男の手には、沖田が我によく与えてくれていた煮干が握られている。
男はよくわきまえているようで、煮干を三つも地面に置いた。そしてすぐにその場を離れた。我は男の姿が見えなくなり、その気配も感じなくなってから、煮干を食んだ。
全て平らげると、我は沖田が寝ていた部屋へ向かった。
部屋の隅には、沖田が使っていた布団が四角に折りたたまれ、積まれている。
その上に乗ると、日の光の匂いがした。沖田の残り香とも混じり合っている。我は、その場で丸くなった。
今にも沖田のクスクスした笑い声が、聞こえるような気がした。
*
沖田と会うことは、それからなかった。
冬になると京の都は煙臭くなった。時折、夜でもないのに遠くからドオン、ドオンと花火のような音が聞こえて来た。祭りでもやっているのだろうか。その割には、道を歩く人間たちの表情はあまり明るくなかった。
変化はそれだけではない。都が煙臭くなるよりも前に、不動堂村の屯所からは、新選組の連中もいなくなっていた。奴らがここへ来た時は迷惑極まりないと思っていたが、いなくなればそれはそれで少し寂しいような気がする。何より、ご飯にありつける場所が一つなくなったことが惜しい。
がらんとした屋敷は、やけに広い。元から大きな屋敷ではあったのだが、人がいなくなると余計に広く感じられる。
家財道具は全て持って行かれていたが、うっかりした人間がいたのか、沖田の布団だけは四角に折りたたまれたまま部屋の隅に残されてあった。
我は、その布団の上で丸くなった。部屋からも、布団からも、沖田の残り香は薄れてしまっていた。
「やだなあ、私の布団の上で寝ているよ。遠慮がないんだから」
そんな声が、聞こえた気がした。
文句があるなら、言いに来ればいい。そして我に、うまい飯を与えよ。
それから沖田は、我の前に姿を見せることは二度となかった。
【完】
猫と新選組 藤咲メア @kiki33
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