第6話 あなたには生きていてほしい

ローズマリーが異分子の絶滅を促したのと丁度同じ頃、綾女は夕貴の性別を元に戻してあげていた。

そして解説する。

「俺のラインは性別なんだ。つまり、触れた人を性転換できるんだよ」

男装美少女・綾女は、そう言いながら、辛そうな笑顔を夕貴に見せたのだった。

「男の肉体を女のものに変化させたり、その逆も出来るんだ。俺にとって、他人の性別は変えられるものなんだよ」

男を女に変えられるし、女を男に変えられる。

夕貴は了解した。

そうだったのか。だから、綾女という名の娘は生物学的な性別はれっきとした女性であるにもかかわらず、着ている服も男物で、立ち振る舞いや言動も少年っぽかったのだ。

 


「普通のギジンカは、触れた対象を、人間に限りなく近いものに変化させることが出来る。人間ではないものと人間、その両者の境界線を越える能力を生まれつき備えているからだ。そういう連中を世間では擬人化能力者と呼んでいる。しかし、極まれに、性別や貧富や善悪といったものの境界を超越させてしまう能力者が存在するんだ」

「君がそうだというの?」

「ああ。どうやら、生まれて、心身や能力が発達していく途中、何らかの障害を負ってしまったせいで、そういう普通とは違う、特殊な異分子のハグレ者が出来上がってしまうらしいんだ」

「じゃあ、さっきの三人は・・・」

「そうだ。そのハグレ者を潰すためにやってきた刺客ってところだろうな」

綾女は、静かな声で語った。

「俺達の中には、俺みたいな役立たずもいれば、この世の法則すら覆しかねないほどの凄い能力者もいる。そういう、とんでもない奴らを異端者の危険分子とみなして、全部始末しようっていうんだろ」

「そんな、ひどい」

顔を歪めた夕貴を宥めるように、綾女は語る。

「別にひどくないさ。俺みたいな、厄介なハグレ者は生きていても、みんなに迷惑をかけるだけだし、俺自身も苦しむだけなんだ。だから、これ以上生きていても、デメリットしかない。あいつらが俺をこの世から消そうとするのは当然だし、俺にもこの世に執着する理由がない」

夕貴が問いかける。

「だから早く死にたいっていうの?」

「ああ。ただ出来れば安楽死したいんだがな。俺みたいな、生きる価値すら無いハンパなクズにも、最後くらい苦しまずに臨終を迎える資格だけはあるはずだ。だから」

「それは間違いだよ!」

夕貴は大声でハッキリと言った。

綾女は驚く。

夕貴は真剣そのものの表情で続けた。

「あなたは役に立たなくて、無価値で、ハンパなクズなんかじゃない!絶対違う!あなたには生きる価値が大いにある!だって、あなたは、私の夢を叶えてくれた!あなたは、私の神様なの!天国から降りてきた神様なんだよ!」

「神様・・・?」

「そうだよ!私はずっと、男の子になりたいと思っていた。でも、神様でもない限り、そんな願いを叶えられるわけがないと思って諦めていたのに、綾女さんが成就させてくれた。だから、綾女さんは、私の神様なんだよ!」

ジャージを着た、少年のような少女・綾女は、自分を真摯に見つめてくる少女・夕貴を見つめ返す。そして思った。



自分の人生は非常に辛く苦しいものだった。

普通の人間として生まれたかったと、何度思ったことだろう。

財力も権力も武力も能力もいらない。ただ普通に生きて、苦しまない人生を送りたかっただけなのに、どうして、自分がこんな苦難に苛まれなくてはならないのか?

自分は一体いつになったら、この地獄から脱出できるのか?

綾女という少女を長年悩ませてきた、その問いに対する答えは、この少女・夕貴が握っていた。

自分が地獄で苦しんできたのは、この少女を天国に連れていくためだったのだ。

自分が今まで、あれほど苦しんでのたうち回って生きてきたのは、この人の夢を叶えるためだったのだ。

地獄と天国の境界線を乗り越え、夢と現の境界線を踏み越えた。

自分は、この娘の夢の扉を開ける鍵だったのだ。

長年の苦しみや恨みや憎しみによって凄絶なほど傷つき、生と死の境を彷徨っていた綾女の心は、彼女を願いを叶えてくれた神と崇拝する少女の愛によって救われたのだ。


思うようにならず怒り、苦しみ、呪う人生を自分は送ってきた。しかし、その地獄の日々は、自分が這いずるようにして進んできた地獄の道は、目の前にいる他人である、この人の天国の入り口へと通じていたのだ。



地獄のような人生を、それでも我慢して頑張って、良心を捨てずに真っ当に生きてきた人達は、他人を天国へと連れていくことが出来る。

そのような力がいつしか備わっているものなのだ。


ハグレ者の頭の中で、そんな洞察が閃いていた。


岩男綾女は、境夕貴の温かい視線に対して、笑顔を見せる。そして尋ねた。

「俺に生きていてほしいというのか?」

「うん、あなたには生きていてほしい」

迷わず即答した夕貴に向かって、綾女は素直な気持ちを伝えた。

「じゃあ、俺の友達になってくれよ」

「喜んで!」

夕貴は笑った。綾女も笑った。

その笑顔は、辛そうなものではなく、嬉しそうなものだった。

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ギジンカ! 小渕マーサ @family

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