第8話 汚いものは、綺麗に、その心も

何かが僕をつついています。


何だろうと思い、目を開けました。


ぎょっとしました。キャラ男が目の前に立っていました。


キャラ男は両手に軍手をはめて、ビニール袋に鉄ばさみを持ち、「清掃ボランティア」と書かれたたすきを巻いていました。


キャラ男は持っている鉄ばさみで僕をつついていたのです。


顔をよく見ると、頬には思い切り引っぱたかれたような跡があり、目尻にはまだ涙が残っています。


どうしたのでしょう。清掃ボランティアなど、このキャラ男の性格からしたら、まず参加し得ないと思うのですが。


サボるんじゃないぞ!


男の人が怒鳴りました。見ると同じように清掃ボランティアの格好をした男性がこちらを睨みつけています。


キャラ男をそのまま大人にしたような顔です。お父さんでしょうか。


ひょっとしたら、よれ男くんに怪我をさせた罰か、いじめの更正として清掃のボランティアをさせているのかもしれません。


キャラ男は己の不満を微塵も隠そうとせず顔を歪めました。あからさまに嫌そうです。


きっと拾う振りだけしてどこかに逃げるに決まってる。そう思っていたのですが。


キャラ男は僕を鉄ばさみで拾い上げると、ポトンとビニール袋に放り込みました。


それからキャラ男は、タバコの吸い殻にあめ玉の袋、空き缶にペットボトル。あらゆるゴミをビニール袋に放り込んでいきました。


やるじゃないか。見直したぞキャラ男。“クソ”なんて言って悪かったよ。


君は今、汚物を一つとって街を綺麗にしたんだ。


それは何気ないけど、とても小さくて、重要な一歩なんだ。


面倒くさいけど、続けてみたらどうだい。


いくら掃除しても街はすぐ汚れる。いくら流しても、うんちはまた肛門から出てくる。


だから綺麗にし続けなきゃいけないんだ。


自然は有限の中で廻ってるんだ。そのサイクルを手助けすることは、自然に生きる一員の証なんだ。


雨の日の歌には二番があるのを知っているかい。


あらあら あのこは ずぶねれだ♪


やなぎの ねかたで ないている♪


ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン♪


かあさん ぼくのを かしましょか♪


きみきみ このかさ さしたまえ♪


ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン♪


ぼくなら いいんだ かあさんの♪


おおきな じゃのめに はいってく♪


ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン♪


続けていれば、いずれこの歌みたいに、心に雨を降らせて泣いている人に、傘を差してあげられるようになる。


今すぐに人にするのは難しいと思う。だからまずは、街に、自然にすればいいんだ。


自分を犠牲にしてまでやる必要はない。できる範囲で、できることで良いんだ。


いつか君もきっと綺麗になれる。


人間が汚い必要なんてないんだ。汚いのは、汚物だけでいい。


キャラ男はビニール袋半分ほどにゴミを拾うと、それを大人の人に渡し、走り去っていきました。


大人の人はビニール袋をさらに大きなゴミ袋に詰めると収集車に放り込みました。


暗い中で、僕は圧縮され、完全に潰れました。


もう長く意識を保ってはいられないでしょう。


周りには、人工の汚物がビッシリと詰まっています。


人工の彼らに魂はありません。しかし、自然のサイクルから外れているわけではありません。彼らも自然の一部に還る必要があります。


きっとこれから僕たちは高温の業火に焼かれ、灰となるのでしょう。


土に還るのとは少し違いますが、人間は火に焼かれることで魂が天に昇ると信じているそうじゃないですか。


土ではなく天に昇るのもまた、一考でしょう。ひょっとしたら、彼女がいるかもしれません。


とても眠いです。うんちとしてはとても充実した人生でした。


皆さん。汚物の処理はきちんとしましょう。


それでは、さようなら。

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うんち見聞伝 上月 亀男 @pekko

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