第7話 命は旅立つ
あれから何日が過ぎたでしょう。
僕は泣きすぎて体の水分を失いすぎてしまい、弱り果ててしまいました。それでもまだ消えるわけにはいきません。
彼女との約束があるのです。
彼女が身を捧げて育てた命が、旅立つのを見届けるのです。
サナギたちにまだ動きはありません。
ふと通りの向こうに見覚えのある姿が現れました。
よれ男くんです。頬には大きなガーゼを貼り付け、相変わらず俯きながらとぼとぼと歩いています。
隣にはお母さんと思しき大人の女性。
下校時間でもないのになぜ通学路を歩いているのでしょう。
手続きは終わったから、もうあの学校へは行かなくて良いのよ。
うん・・・・・・。
大丈夫よ。次の学校で、きっと良いお友達ができるわ。
そうかな・・・・・・・・・・・・。
どうやら、よれ男くんは転校するようです。
目の前を通り過ぎようとしたとき、よれ男くんはふっと僕を見ました。
しかし、以前のように長い時間凝視せず、一瞬で目線を戻し、お母さんと共に歩き去って行きました。
それで良いんだ。君はこれから新たな門出に立つんだ。道ばたの汚物になど気をとられるな。自分の幸せを望んで、食べて、寝て、出して、健康に生きるんだ。
自然は有限の中で廻ってるんだ。健康に生き続ければ、いつかきっと良い巡り合わせがやってくる。
それまで、へこたれちゃダメだよ。嫌な気分だとか怒りとか不安とか、そう言った穢れたものは、うんちと一緒に出して流してしまえ。
楽しいことを考えて、生きてゆけ。
カタリと、サナギの一つが動きました。茶色の殻が割れて中からハエの成虫が出てきました。
それが合図かのように、カタリ、カタリと次々にサナギの羽化が始まりました。
やがて無数のハエが誕生し、一匹、また一匹と空へ飛び立っていきます。
彼女の命が宿ったハエたちが、また新たな命を残すために旅立ちました。
みんな、元気に行ったよ。
僕はもういない彼女に告げました。
僕も“ゆりかご”になれないものかと、一瞬考えがよぎりました。彼女と同じ運命を辿れないものかと。
しかし、ハエは僕に見向きもしてくれませんでした。
当然です。僕はすでに“繊維化”していましたから。
長く生き過ぎたうんちは、水分も食物の残渣も腸内細菌も大半を失い、胃腸内で消化しきれなかったわずかな繊維質がむき出しになって毛玉状になる、“繊維化”という現象を起こします。
いわば、年を取り過ぎた人間が骨と皮と白髪だけになるようなものです。
こうなればもはや無機質のゴミです。
僕は土に還れず、風雨に朽ちてその生涯を終えるでしょう。
うんちとしては恥ずべき最後ですが、いいのです。うんちとして、この上なく充実した生涯でしたから。
僕は疲れたので、また眠ることにしました。
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