[最終話]メルの言葉





「みんな、おはよう」


メル以外のメンバーが席について、アトリアがメルを起こしに行こうとした瞬間、普段は寝っぱなしのメルがそう言いながら起きてきた

それには、みんなが目を丸くする

リギルなんかはフォークを手から落としていた


「え?天変地異の前触れ?」

「今日は槍が降るんですかね?」

「ちょ、メルさん!?」

「……メル、まだ昨日のこと気にしてる?」

「うん、みんなは相変わらず僕に厳しくて逆に安心したよ」


メルははははっと笑いながらそう言うと、自分の席につく


「今日は、アトリアを含めたみんなで出かけようかなって」

「依頼はいいのか?」

「昨日の今日で依頼はちょっとねぇ……

 それに、今日は大事な日だから」

「あ、そういえば毎年、そう言ってた……」

「エルナってすごくそういうの覚えてるよね」


何故そんな細かいことまで覚えているのかどうか疑問に思うメルだが、今まで読んだ魔法関連の本を丸暗記しているメルが言えた話ではない


「まぁ、覚えてるんなら話は早いんだけどね

 毎年僕はこの日に用事があって出かけるんだけど、今日はみんなで行こうかなぁって」

「何処に行くんですか?」

「秘密。あ、戦闘用の服じゃなくて普段用の……いや、割ときれいな服でお願いね」

「え?あ、ああ……」


メルの言葉の意味がよくわからないリギルたちだったが、とりあえず言うとおりに着替えることにした









「じゃあ、みんな準備できた?」


いつもとは違う古いが手入れのされているローブを羽織ったメルは、リビングに集まったクランメンバーを見渡しながらそう言う

クランメンバーがそれぞれ頷いたり返事をしたりしたのを確認したメルは、手提げかばんを左手に持ち右手で大きな円を描く

メルの指の軌跡が焼かれていき、空間に裂け目を創る


「さて、繋がった」


メルがそう言った先にあったのは、綺麗な花が咲き乱れる丘

少し遠くには町と大きな湖があり、手前の花も相まって絵に描いたような景色を創り出していた


「わぁ、綺麗……」


スハルはそう声を漏らす

メルはその様子を見て頬を緩ませると「でしょ?」と嬉しそうに言う


「ここは?」

「ブーゲンの丘

 あそこに見えるのはレーツェルの町

 今ではもうみんな忘れてしまったけど、かつて勇者が魔族の残党を滅ぼした土地につくられた町

 勇者が、息絶えた場所にできた町」


メルは何かを思い出すようにそう言った後、丘の下に広がる町に向かって歩き出す

他のメンバーはその美しい景色に名残惜しそうな表情をした後、何処かへ向かうメルについていく


「メル、どうしてここに?」

「今日は、ちょうど二百年目だから」


エルナの質問にメルはそう答えると、ずんずんと丘を降りていく

結局よくわからない答えしかもらえなかったエルナは不満そうに頬を膨らませるが、メルは振り返らずに歩みを進める

十分ほど歩くと、メルたち一行は町の近くの湖の畔に着いた


「ここ?」

「そう、ここ

 ここが僕の今日来たかった場所」


メルはそう呟くと、そのまま湖のほとりを歩く

二分ほど歩くと、小さく綺麗な石碑の前に辿り着いた

メルは鞄から花束を取り出すと、時間停止の魔法を解いてその石碑にそっと置き、静かに祈りを捧げる

たっぷり一分ほどそうしたメルは、何か聞きたそうにしているクランメンバーたちのほうを向く


「綺麗な石碑でしょ。これでも、二百年間ここにあるんだよ

 まぁ、僕時間停止の魔法をかけたから当然なんだけど」


メルはそう言うと、石碑を掌で軽くなでる


「ここにいるのは、僕のお父さんとお母さん


 宝石の勇者ととある国の王女様」


思い出話を語るようにぽつりぽつりと話すメル


「じゃあ、宝石の勇者って、あの絵本に出てくる?」

「うん。その通り」

「じゃあ、メルは勇者様の息子?」


エルナの問いかけに、メルはこくりと頷く


「宝石の勇者ルリト・メノウ……いや、瑪瑙めのう瑠璃翔るりとは、二百二十年前に別の世界からやってきた」

「べ、別の世界?」


驚いたリギルは、メルにそう尋ねる

するとメルはこくりと頷いて話を続けた


「そう。お父さんは自分の故郷は『日本』って国だったって言ってた

 僕が作った冷蔵庫とかは、もともとお父さんの世界にあったもので、僕がそれに似たものを作ったんだ」

「じゃあ、あの絵本の話って……」

「ほとんど本当のことらしいよ」

「そ、そうか……」


常識的に信じられないリギルだが、メルの発言には真実味があった


「今から二百十七年前、お父さんは魔王を討伐した後魔族の残党の討伐をする旅に出て、当時お父さんに惹かれていたお母さんはそれについていった

 そして、二百十六年前、僕が生まれた

 そこから十六年間、僕はお父さんとお母さんと一緒に大陸中を歩き回りながら魔法の研究や鍛錬をした

 で、今から二百年前に、僕たちはここを通った


 だけど、ここは魔族の罠の中だった


 大量の罠に魔族の残党がほぼすべて集まっていた状況では、さすがの勇者と言えどもどうしようもなかった

 何とか一万の魔族を三人で半分くらいにしたんだけど、そこでお母さんがやられそうになって、それをかばったお父さんが殺された

 それにショックを受けたお母さんもすぐに殺されちゃった

 で、一人残された僕は理論上完成させていた『夜霧』を使って応戦

 でもまぁ、多勢に無勢でどうしようもなかった

 だから僕は相打ち覚悟で魔力を使い切って、光魔法と闇魔法を全く同じ地点で同じ魔力量で使った」

「……放出と吸収を同じ場所に?それって……」

「そう、矛盾が生じる

 その矛盾は魔力の爆発という現象に置き換わり、『夜霧』を使用していた僕も瀕死になるほどの大魔法になった

 それでできたのが、この湖」


昨日に引き続き驚愕の話を聞かされて、呆然とするクランメンバー


「それからリギルに出会うまで、僕はいろんなところを旅してまわって、同じように不老になった人がいないか探した

 でも、そんな人はいなかった。だから、リギルと出会った僕は――」

「――このクランを創った」

「ああ、リギルにはクランを創るときに僕が不老の話はしてたね

 僕がこのクランを創ったのは、自分の為だったんだよ」


メルは自虐的にそう言うと、「どう思う?」と自分が育てたメンバーに問いかける

何かを言いだそうとするクランメンバーだったが、結局何かを言うことができない

いや、何を言うのが一番良いのか誰もわからなかった

だが、それはすべてのメンバーに当てはまるわけではなかった


「……メルは、寂しかったんだね」


エルナは何の戸惑いもなくそう言う

その発言に他のメンバーは驚くしかない

みんなが思ったことを、ここまで直球で言うとは思っていなかったのだ


「まぁ、そういうことかな」


それをあっさりと認めるメル

あっさりと認めるとは思わなかったメンバーはそこにも驚いた


「そっか、そうだよね

 二百年近くだもんね……」


エルナは納得するようにそう呟くと、目を閉じてこくんと頷く

何かを決心したようなその顔に、周りの緊張が高まる


「メル、ボクとずっと一緒にいたい?」

「そりゃあそうだよ」

「わかった

 じゃあメル、ボクに『夜霧』教えてよ」

「「「「「…………え?」」」」」


あっさりとそう言ったエルナに、メルを含めたその場の面子全員が驚く


「ちょ、え、エルナ!?

 不老だよ!?永遠だよ?」

「知ってるよ?」

「エルナ、よーく考えた?

 永遠の重み、わかってる?」

「わかるよ?

 永遠にメルと一緒にいられるってことでしょ?」


メルは驚きのあまりエルナに冷静になれと促す


確かに、メルが一緒にいると言っているのだから、エルナが永遠に生きれるようになればずっと一緒だろう

しかしエルナはそのデメリットについて全く考えていない


「え、エルナちゃん、もう一回よーく考えてください」

「あ、スハルも『夜霧』使う?

 ボク、スハル達も好きだよ?」

「私もエルナちゃんたちは好きですが、だからといって一切迷いなく永遠の命は選べませんよ!!」


割と常識人のスハルはエルナの両肩を持ち、前後に揺らしながらエルナにそう言うが、エルナには全く伝わらない


「マスターからも何か言ってやってください!」

「え、さっき言ったじゃん

 それに、冷静になったら嬉しさと心配がごちゃごちゃになってる」


メルはそう言ってスハルからの救援要請を断る

そりゃあそうだ。そもそも不老仲間(言い方がおかしい気がするが……)を作りたくてクランを創ったメルとしては、エルナがそう言ってくれるのはありがたいのだ

何か言うわけがない


「ああもう!サブマスターも黙ってないで!」

「いや、俺は正直『夜霧』を習得する気でいたから何も言えねえわ」

「あなたもですか!!」


常識人だと思っていたリギルにそんなことを言われると思っていなかったスハルは、そうツッコミを入れる


「まぁ、スハル落ち着いて

 別に今すぐ夜霧を教えるわけじゃないからさ

 ほら、僕が教えるまでの間に考えてもらえればいいじゃん?」

「確かに、そうですね」

「そうそう」


そう言ってみんなを落ち着かせたメルは、はぁっと溜息を吐く

エルナの話の時はあんなにシリアスが続いたのに、自分の時はどうしてすぐにいつもの調子に戻るのかどこか納得いかないメルだった


「ま、いっか」


すっかりいつもの調子でわいわい騒ぐクランメンバーと自分の手を取るエルナを見てそう呟いたメルは、「帰るよ~」とみんなに言う

そんなメルの声の調子もいつも通りだったのだが、メル本人はそれに気が付かなかった




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最強の冒険者で少数精鋭クランのマスターって、こんなに働かないもの? 海ノ10 @umino10

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