翡翠/感謝
「さてと」
メルは土魔法で魔族だったものを埋めながら、百八十度体の向きを変える
すると、メルの向かいにはメルを見るリギルたちと、小刻みに震えるエルナがいた
「……メル?」
エルナは小さくそう呟くと、後ろに一歩下がる
「なんで、知ってたの?」
「そうだね。今までエルナに黙ってたこと、ちゃんと言わなくちゃ
リギル、『亡国の悪魔』って呼ばれた夫婦の話、知ってる?」
「あ、ああ。確か、民に優しい王で有名だった人物や貴族たちを次々に殺し、平和な国を一気に混乱と戦火の中に放り込んだって……」
「そうだね。一般的にはそう伝わってて、世界中から嫌われてる
で、その夫婦の外見の特徴、知ってる?」
「あ、ああ。確か、夫のほうは青色の髪でピンク色の目、妻のほうは翡翠色の髪で――ってまさか!」
「……そう、ボクのパパとママ」
強く下唇を噛みながら両手を強く握るエルナは俯きながら、小さな声でそう呟く
それに、クランメンバーは目を丸くする
「……ごめんね、メル
ボク、メルと最初に会った時から、知ってたんだ
実は、ボクは悪い人の子供だって、知ってたんだ
ボクも悪い子だから、言わなかったんだ」
「……エルナ、ちゃん」
スハルがエルナに声をかけようとするが、何の言葉も見つからない
どんな言葉をかけたらいいのか、わからないのだ
「そうだね。エルナは悪い子だ」
メルがそう言った瞬間、エルナはメルに背を向けて走りだそうとする
だが、次のメルの言葉が、それを止めた
「だって、そんなことでエルナを嫌いになるわけないのに、僕を信じてないんだもん」
「――えっ?」
その言葉に、エルナは思わず振り返る
そんなことを言われるなんて、思ってもいなかった
そんなこと、言ってくれるなんて思ってなかった
「エルナ、僕はね、最初からエルナが二人の子供だって知ってたよ
知ってたから、あの場所から連れ出したんだ」
「ど、どういう――」
「だから、すべて話すよ」
メルはそう言うと、ふぅっと息を吐いて空を見上げる
暫く目を閉じたままそうしたあと、ゆっくりと口を開いた
「そもそも、いま世界中に伝わっている話は、嘘にまみれているんだ」
メルは悔しそうにそう言いながら、またふぅっと息を吐く
「僕は、その時たまたまそこの国に滞在してた。もう、二十年前かな
適当に街をぶらついていると、ふと下から魔力を感じた
おかしいよね?街の中なのに下から魔力を感じるって
僕は、興味本位で転移魔法を使って下にあるらしい空間に入った
すると、そこでは青い髪の男と翡翠色の髪の女が、広い通路で武装した集団に追われてたんだ
その武装した集団が国の兵士だってことは鎧を見たらすぐわかった
何故二人は追われているのか気になって魔力であたりを探ってみると、街の地下に大きな市場があることが分かった
禁止されてるはずの、奴隷市場がね
僕はすぐわかった。あの二人は、それを見つけてしまったから兵士に追われてるんだって
これは、国ぐるみの犯行なんだってね
まず、二人を助けた僕は、当時からそこそこ知られていた二つ名の『夜霧』を使って二人と一緒に国を転覆させた
本当はあの二人を王にする計画だったんだけど、逃げた貴族たちは奴隷市場の存在を否定した挙句、こう言ったんだよ
『夫婦が豊かな国を転覆させた』ってね
そこからは、周辺諸国が『夫婦の討伐隊』という名の土地を奪うための軍を出したりして――あとは知っての通りだよ
僕は二人を安全なところに逃がした後、謝罪して『一緒に旅をしないか』と提案した
でも、二人は『夫婦でいろんなところに行きたい』と言って断ったんだ
だから僕はお守りの短剣を渡して二人と別れた
今思うと、それが間違いだった
十年前、僕は盗賊の討伐のためにとある村に向かった
その村はどこか違和感がある村で、近くで盗賊の被害が多発してるのに何故か無事だった
だから僕はその村についていろいろ探ったんだ
すると、僕が夫婦に渡したはずの短剣を持っている翡翠色の髪の女の子が居たんだ
――そう、エルナだよ」
「っ!!」
「僕は、おかしいと思った
どうしてあの夫婦がいないのか。どうしてエルナはこんなにボロボロで痩せこけているのか
魔力の感じからエルナが二人の娘だってわかってたから、僕は村中のいろんなところを探りまわった
すると、僕は突然エルナに話しかけられて、森に連れていかれた
ちょうど雨が降り始めたころかな
僕がエルナに話しかけようとすると、突然エルナにナイフで刺されそうになったから、避けた
それを何回か繰り返すと、エルナが『こうするしかない』とか、『もうどうしようもない』とか言ってたんだ
だから僕は、エルナを抱きしめて寝かせた
そうするしかなかった
そこから村に帰る途中、僕は見つけたんだ
無造作に捨てられた、何の持ち物もない二人の遺体をね」
もはや、誰も何も言えなかった
メルの瞳にある、今まで見たこともないような怒りや悲しさ、後悔が誰に何も言わせなかった
「ああ、そうか。あの村は、きっとそうやって生きてたんだ
エルナはどういうわけか助かって、あの村で奴隷みたいに働かせられてたんだって、わかった
わかったら、もう耐えきれなかったんだ
気が付くとその村は、何も残ってなかった
あとは、みんなが知ってる通りだよ」
メルは一歩エルナに近づくと、優しく言葉を並べる
「エルナ。お願いだから、両親を嫌いにならないでほしい
ごめんね、エルナ。謝るなら僕のほうだよ
もっとどうにかできたかもしれないのに、力はあるのに、何もできなかった、僕のほうだよ」
ぽたりと一滴、雫が落ちる
それは、メルのものか、エルナのものか
「……メル、ありがとう」
「え?」
「ボクをあの村から出してくれて、ありがとう
話してくれてありがとう
いっつも一緒にいてくれて、ありがとう」
「え、エルナ?ど、どうして――」
「ボクは、今が幸せだから」
メルに近づいて背伸びをしたエルナは、手を伸ばしてポンポンっとメルの頭を撫でる
「え、エルナ?」
「メルは、いつもこうしてくれる
だから、ボクも」
「――あ……」
メルはそう声を漏らすと、その場に崩れ落ちる
頬には大粒の涙が光っており、メルの心の中を映し出しているかのようだった
「え、エルナ
あ、ありがと、ありがとう……」
何回も、何回もそう繰り返すメルの頭をエルナはぎゅうっと大事そうに抱きしめた
「メル、泣かないで
ボクは、今が好きだよ」
エルナは優しく、ぎこちない手つきでメルの頭を撫で続けた
昔、自分がそうしてもらったから
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