新編 幼馴染は聖女らしい。
せれしあ
プロローグ
そこには、家があった。
小屋、と言うほどのものではない。 しかし、屋敷というには少し大きさが足りないような家である。
見れば、そこには家と、庭と、泉があった。
貴族の家と言った感じである。
庭には花がある。 一つ二つだけではなく、花畑とも言える程の数がある。
そんな庭で、花の世話をする少女がひとり。何処からともなくやって来たジョウロから、花達に水やりを行なっていた。 花が水を受け喜んでいるように動くものだから、彼女の頬もつい、緩んでしまうというものだ。
太陽は、そこにあった。
そこには、全てがあった。
人間もいる。 植物もいる。 家があって、豊かな土地もある。
あら、どうしたのアリシア。
ついでに、小鳥もいた。
純白な装いをした少女に合った、青い鳥である。 小鳥は彼女の肩に乗り、何やら話しかけている様だった。
そう、朝食が出来たのね。 教えてくれてありがとう、戻る事にするわ。
少女の声を聞いたのち、小鳥は家へと帰っていった。 斥候というか伝令というか、仕事のできる鳥である。
不意に、少女が微笑んだ。 恐らくは、鳥を見て笑ったのだろう。
さて、行きましょうか。
庭から家に戻ろうと、少女はジョウロから手を離した。 そしてそのまま、踵を返す。
何処からともなくやって来たジョウロは、何処からともなく消え去っていた。
それは、少女が獲得した幸福。
永遠を生きる少女の、閉ざされた世界。
********************
「ただいま戻りました、お父様」
そこには、家があった。 村外れにポツンと建っているもので、小さな庭もある。 更には泉だって、少女の父親が趣味で作ったらしい。
手に持ったジョウロを棚に置いて、少女は父親に帰宅を告げた。
「あぁ、お帰り。 花は喜んでいたかい?」
「はい、とても。 私もなんだか、嬉しくなりました」
そろそろ朝食の時間である。 朝起きたら教会で礼拝を行い、その後は花に水やりをする。
ごく普通の1日。 そこには幸福があった。
「手を洗って来なさい。 朝食にしよう」
「分かりました、お父様」
変化なんて要らない。
みんなが憧れるお姫様になんてなる必要はなくて、このままずっと、ここで過ごせていればいいのだと。
少女はそんな事を思いながら、美味な朝食を摂り始めた。
********************
そういえば、今代の聖女はまだ、決まっていないのでしょうか?
友達が神父様に向かって、そんな事を聞いていたのを覚えています。
はい。 大聖堂によれば、あと数年で啓示が降るのは確かだと言われています。
そんな答えが神父様から帰って来たので、彼女は自分にもチャンスがあるかも、と言っていました。
ここは女神様を信奉する、女神教の国。
そこでは何十年に一度か、聖女という特別な存在が、国の少女の中から選ばれます。
何百万といる女の子の中から、たった一人。
複数の候補が聖女の座をかけて争う、なんて事はなく。 ただ一人が聖女として女神様の啓示を受け、女神様の庭が栄える為に力を尽くす。 そんな存在がいるのです。
選ばれた女の子には拒否権などありません。
選ぶのは女神様で、私たちの都合で別の聖女を立てる事はできないのです。
聖女は恋愛を禁止されます。
それだけでは無く、その命が尽きるまで、祖国のために尽くす事を強制されます。
そして聖女は、往往にして短命です。 老婆の聖女など存在せず、三十代後半まで生きることが出来れば長い方である、と言える程。
お父様はこう言いました。
「聖女とはね、装置の名前なんだ」
恐ろしくなった事を覚えています。
人間としての生を捨てて、ただ国のために尽くす装置に、モノになる。
燃え尽きる消耗品。 そうと決まった時点で救いはありません。
震える声で、お父様に問いかけます。
「私が聖女になる。
そんな可能性は、万が一にも有り得ますか」
「あぁ、あり得る。
私はむしろ、聖女は君なんじゃないかと思っているよ」
即答でした。
何とも言うことができず、呆然としたのを覚えています。
「一応、聞いておこうか。
もし君が聖女に選ばれたとして、君はその役目を果たそうと思えるかい?」
答えられませんでした。
内心では嫌だと思っていても、なぜか口には出せません。 自分の運命から、逃げてはいけない気がするのです。
しかし、だからと言って頷くこともできず。
私はただ、スカートの裾を握ることしかできませんでした。
「一応、考えておきなさい。
きっと役に立つだろうから」
「……はい」
いったいどんな根拠があって、お父様はこんな事を言ったのでしょうか。 我が父ながら、相変わらず謎が多いお方です。
しかし、驚く事に。
お父様の言葉は、現実のものになりました。
『目覚めなさい』
それは、全ての始まりでした。
幾多の苦難、挫折を超え、私が小さな幸せを掴むまでの、長い物語が始まります。
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