第1話 啓示

 


「司祭様」

聖王国、辺境の村。

小さいながらも確かな存在感を放つ村の教会に、早朝から駆け込む者が一人。


「司祭様、お話ししたいことが」

十六、七ほどの少女が教会の扉を叩く。 少しすると、それが開いた。


「……おはよう、セレシア君。 どうしたんだね? そんなに慌てて」

そこから出てきたのはこの村の司祭、ヘイル・ヘンリックだ。 四十を過ぎたくらいの、初老とも言い難い年齢の男性である。 いつもとは打って変わったセレシアの雰囲気に、若干押され気味である様だ。


「我らが女神様の、声が」

セレシアがその言葉を放った瞬間、司祭の雰囲気が僅かに変わった。


「……その言葉、嘘ではないね?」

女神の名を使うからには、虚偽は許されない。


「女神様に誓って」

眼差しは、真剣そのもの。 一点の曇りもない。


「よろしい。 ――中に入り給え」

それを見て司祭は、少女を教会の中へ招き入れた。






「具体的には、どのような啓示を頂いたのかな?」

簡素な女神像が見守る中、神父は少女に『声』の内容を聞いていた。


「『私の声を聴き、人々を導きなさい』と」

「――それは!」

女神による『聖女』の、指名ではないか。

国が動く一大事を受けて、神父の眼が驚愕に開かれる。


「虚偽ではありません。 確かに私は、その声を聴きました」

「――そうか」

正直、信じられない。

しかしこれもルールだ。 司祭は少女に告げた。


「ならば古の慣習に従い、君の力を試させて頂こう。 少し待っていてくれ」

少女を置いて、自分の部屋に向かう司祭。 数分ほどして戻って来た彼の両手には、それぞれ水の入ったガラス瓶と、ナイフが握られていた。


「これを。 やり方はわかるね?」

「はい、司祭様」


まずはガラス瓶を受け取る。 それを胸に近づけ、少女は目を閉じた。


黄金色の聖光。

光が止んだ後に、彼女は瓶とナイフを交換した。


緋色の鮮血。

彼女は右手に握ったそのナイフで、躊躇いなく左手の掌を切り裂いた。


再びナイフと瓶を交換する。 司祭の手により、栓は開けられていた。

瓶の水を、左手の患部へ注ぐ。


「――っ」

すると、みるみるうちに傷が癒え、そんな物など無かったかのように、左手は元通りになっていた。


「完璧だ。 君の力は、私が証明しよう」

「ありがとうございます。 それで私は、これからどうすればよいでしょうか」

セレシアと言う少女は、今朝にいきなり『聖女』として指名された様だ。 そしてそれは恐らく、虚偽でも思い違いでも何でもなく、真実である。


聖女は民に尽くすもの。 そうなると王都への招集はまず間違いないのだが――


「そうだね。 先ず私は、この結果を大聖堂に伝達する。 ここまでが数日かかり、さらに大聖堂から迎えが来るまでにまた、数日かかるだろう。 一週間は猶予がある」

「――そのあとは」

「大聖堂で聖女としての在り方を徹底的に叩き込まれるだろうね。 数年は戻ってこれないと思ったほうが良いだろう」


「数年、ですか」

聖女になるための覚悟。

それを確かな物にするには、一週間と言う時間は余りにも短かった。


「聖女の役割とは、やはり強制されるものなのでしょうか」

無垢な少女は、それ故に素朴な疑問をぶつける。


神父は少し胸を痛めながら、


「栄誉ある事だ。 女神様の啓示に背く事は、即ちこの国に背くのと同意」

遠回しに、『拒否は許されない』と告げた。


「……はい、分かりました」

そう言った少女の目には、どの様な感情が渦巻いていたのだろうか? 俯いたセレシアの表情は、神父が覗くことの出来ないものだった。


「一週間。 ……君が普通の村娘でいられる時間だ。 精一杯過ごしなさい。 せめて、悔いのない様に」

だから、その言葉が彼女にどんな影響を与えたのか。

神父はそれを、終に知ることは無かった。



教会を出て、自分の家へ戻る。

セレシアの家は村の外れにあり、歩いて行くには二十分程かかる距離がある。

自然に囲まれたこの村とも、あと一週間程度でお別れか……。 そう思った彼女の表情は、決して良いものでは無かった。


それでも朝日は大地を照らし、川の水は優しく流れて行く。 何時もは嬉しいはずの青空は、今日だけどうにも憎らしくて。 思わず空を睨みつけていたことに、数秒かかってようやく気がついた。


何を思い、何を成せば良いのだろうか?

彼女には、全くわからなかった。 何しろいきなりのお告げであって兆候も何もない様な物であったから、心の準備など全くする余裕がなかったのだ。


もやもやしているうちに、家についた。


木造の、簡素な小屋。 これが私と、私の父の家。


「只今帰りました」

「あぁ、いきなり飛び出すからどうしたのかと思ったよ」


父は、この国の人間ではないらしい。 母親はそうらしいが、どこか遠い所からやって来たと、幼いころに父が教えてくれた。


迫害は受けなかった。 父は優しい人で、たくさんの人を助けたからだ。

今は村人が困ったことが有れば、真っ先にここへやってくるようになっている。


「実は」

「聖女に選ばれた、だろう?」

「分かるのですか」


父はいつも、答えを知っている。 まるで未来を見据えているかのようだ。


「うん。 ……だとすると」

「後、一週間だそうです。 私がここにいられるのは」

「いきなりだと、何が何だかわからないだろう。 ひとまず今日は、頭を休ませると良いよ」

「……そうします」


テーブルには、朝食が乗っている。

パンと、肉と、サラダに、水。 簡素なものだが、一つ一つがとても美味しい。 


「では、朝食を摂ろうか」

「はい。 ――頂きます」


父の故郷の文化らしい。 手を合わせて食材となった者に感謝した後、私たちは朝食を摂り始めた。


「――そういえば」

「なんでしょう」

「クラム君が、君のいない間に来ていたよ」

「……クラムが?」


幼馴染がなぜ私の家に来たのか。 とても気になるが、理由はわからない。


「あぁ。 どうやら、君を探していたようだ。 朝起きるなり何処かへ行ってしまったと告げると、『遅かったか』と呟きながら帰って行ってしまった」

「遅かった……? まさか、クラムも私のことを」


パンを取る手が止まる。 父は私を見据えて、


「そうかもしれない。 しかしあの様子では、具体的に何が起こるかを気付いている様子ではなかった。 もっと漠然とした、けれど止めなければいけない何かを止めに来た、みたいな顔をしていたよ」

「クラムも、何かを感じ取ったのでしょうか」

「そうかもしれないね。 何せ昨日は、流星の夜だったから」


そんなことを言った。


「そんな、星が降ったと言うのですか」

「うん。 実際にこの目で見たから間違いないよ。 数は三つだからあと一人、何かを感じ取った人が居るはずなんだけど」

「それを考えても仕方がないのではないでしょうか。 そもそも予言を受けたものが村に二人いる時点で、異常だと思います」


そもそも、女神からの予言が下ること自体が本当に珍しく、それが一か所に集中することも、本来はありえないことだ。 少なくとも私は、そう思っている。


「そうかもね。 二人はともかく、三人はないだろう。 ……さて、セレシア」

「何でしょうか、お父様」


「君は本当に、聖女になろうと思えるかい?」

その言葉に、私は答えられなかった。


「すぐに答えを出せとは言っていないよ。 でも、あと一週間で決めなきゃいけない、いや決心しなきゃいけないことだ。 しっかりと、考えなさい」

「――はい」


「さて、朝食を食べ終えてしまおうか」

「分かりました」


下品にならない程度に急いで、私たちは朝食を摂り終えた。




無くなった私の母は村長の娘だった。 何が言いたいのかと言うと、現在の村長は父だ、と言う事である。 周りからは反対されるかと思いきや、皆が賛成してくれた。お陰で私たちは、農耕をすることがない。 ……ほかの村民の手伝いはするが。



「あぁ、セレシアか」

「クラム、なぜ今朝は、私の家に?」


クラムは村の騎士の息子だ。 この国はどんな村にも必ず一人は騎士がいて、対外勢力の侵攻から領土を守っている。


「――ちょっと、気になることがあってな。 そういうお前は、何処に行っていたんだ?」

「教会に行っていました。 ――女神様からの啓示を、頂いたので」


そう言うとクラムは、まさかと言う顔をして、


「お前、聖女にでもなるのか」

「ええ。 司祭様のお話によれば、一週間後には迎えの馬車が来るそうです」

「――そうか」


それっきり黙ってしまった。


「……」

「……」


沈黙が続く。 お互いに何を言えばいいのかわからずに、只々時間だけが過ぎ――


「おい、クラム。 稽古を始めるぞ」

「はい。 分かりました、父上。 

……そういうわけだ。 じゃあな」


クラムは父親に呼ばれて、稽古場に行ってしまった。


「……はぁ」


クラムの家は、村の建物の中では教会の次に、私の家と近い。 父親に送り出された後、私は彼の家を訪れていた。


同年代の友達は、彼しかいない。 後は三つ上だったり、四つ下だったりする。


「あれ、セレシア?」

「レミー? 何故ここに」

「村長さんに、教えてほしいことがあって」


 その一人が、このレミーだ。 よく私の家に遊びに来ては、父に色々なことを聞いている。 将来は王都に出て、学者になりたいそうだ。


「そう、なのですか」

「どうしたの、セレシア。 元気ないよ?」

「……いえ、何でもありません。 わざわざありがとうございます」

「うん。 ……それにしても、セレシアの敬語癖は治らないね」


レミーは、色々なことに気づく。 父も将来有望だと言っており、本当に学者になれるかもしれない。 


「はい。 ……お恥ずかしながら」

「無理に直さなくてもいいと思うけど、なんか他人行儀だよね」

「申し訳ありません」

「――うん、まぁいいや」


言われても治らない。 本当に困ったものだ。


「じゃぁね、セレシア」

「はい、レミー。 また後で」

「うん」


レミーは、私の家に向かって歩いて行った。 


「さて、私は何をしましょうか――」


後は、たったの7日間。 無駄に消費すれば一瞬で終わってしまう。

しっかりと考えないといけない。 残り僅かな時間で、何をすればいいのか。



「分かりません。 私には、分からないのです」



女神様、どうか私を、お導き下さい――。









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