第3話 鏡写し
聖王国、辺境の平原を、疾走する馬が6頭。
それらはすべて一つの、豪華な装飾のついた馬車に繋がれていました。
私の生まれ育った村を出て、王都へ向かいます。 一日で辿り着く距離ではないので、途中の町に泊まりつつ、目的地である王都を目指します。
王都と言えば、一度だけお父様と、旅行に来たことがあります。 何もかもが村とは違って、圧倒された思い出がありますが、まさか私がもう一度、このような形でそこに行くことになるとは思いませんでした。
実は、一度行ったとはいえ、私は王都への道を知りません。 お父様が「目を瞑って」と言っている間に、気付けば王都の目の前にいたからです。
あれは魔法、なのでしょうか。 お父様には謎が多いですが、私を育てて下さった、音のある大切な人と言うのは間違いありません。 それはこれからも、変わることはないでしょう。
――さて、そんな話は良いのです。 何しろ私事ですから。
「声が若干違う程度ね。 入れ替わりが簡単そうだわ」
「そう、でしょうか。 ……私など、王女様の足元にも」
「服装は、ね。 容姿は別よ。 むしろ私が負けてるくらい」
「そんな、滅相もありません!」
「そう? ……そういえば貴方、随分と言葉遣いが綺麗ね。 誰に教わったの?」
ガタゴトと揺れる車内。……と言ってもさすがは王族の馬車、揺れと言っても本当に微弱なレベルです。 その中で、私は聖王国の王女様とお話を――
もとい、尋問を受けていました。
「父に教わりました」
「へぇ……。 父親、か」
「なぜ父がそこまで作法を弁えているかは、わからないのですが」
「作法? じゃぁ、お辞儀とかはできるの?」
「無礼にならない範囲で、ならば」
「嘘! じゃぁ私、平民の女の子に負けてるっていうの!?」
「いえ、ですからそのようなことは」
「あれ、意外と難しいのよね。 毎回毎回ミスらないかどうか、内心ヒヤヒヤもんなのよ」
「そう、なのですか」
「貴方も、もうすぐ体験するわ。 覚悟しておきなさい」
「はい、わかりました……」
(随分と、活発なお姫様ですね……。)
そんなことを思いながら、目的地に着くまでひたすら、王女様とお話を続けます。
聞き手にだけ回っていればよいというわけではなく、こちらも何かと喋らされました。 まだ王都にも着いてないのに、なんだかとても疲れてしまいました。
「ペンダント?」
「はい。 幼馴染がくれたものです」
「言っておくけれど、聖女に恋愛はタブーよ」
「……はい」
クラムがくれたペンダントを見つめていると、王女殿下がそんなことを言い始めました。 別にそのような気はないので、全く問題はありませんが。
「分かっているならばいいわ。 ……それで、その幼馴染ってなんていう名前?」
「クラム、と申します」
「クラム? ……本当に?」
「はい、そうですが」
――? なぜ、そこまでクラムのことを気にしているのでしょうか、王女様は。 等と疑問に思った時点で、この話はやめにするべきだったのだと、私は後悔することになります。
「羨ましいわ」
「……? 今、なんと」
「羨ましすぎるわ」
「……はい?」
「何で! 何であんな美少年の幼馴染がいるのよ!」
「え、えぇ……と、なぜ、と申されましても」
「王都にはロクな奴がいないのよ! みんな太ってたり、調子乗ってたり、弱っちぃ奴だったり! なのに彼ときたら――」
――驚愕の事実。
私の幼馴染は、王女様を一目惚れさせてしまったようです。
「そ、それほどまででしょうか」
「それどころじゃないわよ! あんなの、100年に一度の絶世の超・美少年じゃない! あれに一目惚れしない乙女はむしろ、どうかしてるわ!」
「唯の生意気な少年、と言うのが私たちの共通評価でしたので。 それについては何とも――」
「嘘おっしゃい! あんなに紳士的な青年、王都でも見たことがないわ。 その評価は即刻、改めるべきよ」
(むしろ殿下のほうが、評価を改めるべきだと存じます……。)
この一件もあり、私は本当に、本当に疲れました。
女神様、どうか私を、この苦難からお救い下さい……。
「さて、と。 王都までは距離があるわ。 今日はここの宿に泊まっていくわよ」
「こ、ここですか」
夜も近くなってきたころ、とある町に馬車が止まりました。
それによってようやく、魔のトークタイムも終焉を迎えました。
とっても元気が湧いてきたのを王女殿下に見られて、「馬車酔いでもしたのかしら?」と聞かれた時にはギクッとしましたが、それは別の話です。
「えぇ。 本来は王族くらいしか使えない部屋なんだから、満喫して頂戴!」
「そ、そんな! 恐れ多いです、どうか普通の宿を」
所謂『ロイヤルスイート』でしょうか。 お父様と以前、王都への旅行の際に泊まらせていただいた部屋の、さらに一等級上。 一体、どんな部屋なのでしょうか?
きっと、黄金で満ち溢れた、眩しき空間なのでしょう。 そうに違いありません。
「何言ってるの。 貴方はこれから、聖女としてその身を国に捧げるのよ? 少しくらいの贅沢は、押し売りしてでもさせてあげるわ」
「で、ですが……」
「聖王国の顔が、みすぼらしい姿格好をしてちゃいけないと言う事よ。 そんなことになったらきっと、女神様もあきれるでしょうね」
何としても拒みたい私でしたが、あとは王女殿下に連行され、あろうことか相部屋になってしまいました。
「誰かと泊まるのは久しぶりねー」
「……」
理解が追い付かないので、固まっております。 こういうのをフリーズ状態と言うらしいのですが、使い方は間違っていませんよね、お父様?
「何固まってるのよ。 早く寛ぎなさい」
「は、はい!」
私は今日、高級ベットの素晴らしい感触を強制的に体験させられるという、世にも奇妙な体験をすることができました。
「どう? 凄いでしょ?」
「起きれそうにありません……」
「そうなのよねー。 メイドが居なきゃ、絶対に寝坊だわ」
「はい~。 ……はっ! 申し訳ございません、つい言葉遣いが」
余りの極楽気分に、口調も崩れてしまいました。 失態です。
「大丈夫よ。 あなたと私は『友達』なのだから」
「『友達』?」
「そう。 聖女となって大聖堂の、聖王国の看板となる貴方と対等に話せるのは、王家の第一王女である私くらいしかいないの。 この国にとっての宗教は、まさに存在価値そのものだから」
「そう、なのでしょうか」
「えぇ。 だから聖女には敬語を使わねばならない。 これを無視できるのは私たち王族、もしくは大神官――それもあなたより強大な権力を持つ、法王やその側近レベルの人間だけなのよ」
予想外の言葉が、王女様から飛び出しました。 王女様の良いようではまるで――
「お待ちください。 私の位階は、王族や大神官のそれと並ぶと仰るのですか」
「えぇ、その通りよ。 しかもね、貴方が国民の支持をうまく集めれば、さっき言った勢力ですら対抗できなくなる恐れがある。 女神様の啓示を受けることの出来る聖女の力は、そこまで大きいの」
法王や王族が、対抗できない……?
それはいったい、どのような状況なのでしょうか?
「もしそのような状況になった場合、この国は一体どうなってしまうのですか」
「簡単よ。 貴方がこの国を、手に収める事ができる」
「――そんな! 恐れ多いことを」
「しないでしょうね、させないだろうし。 ……さっきのは例えよ。 それにあなたも、あまり自分の意見を主張しすぎると消されるから、気を付けてね」
消される?
殺される、と言う事でしょうか。
「――承知、致しました」
「分かったならばいいわ。 そろそろ夕食の時間だから、起き上がるわよ」
「はい、承知致しました」
当たり前ではありますが、聖女としての生活は、何かと苦難の連続になりそうです。
「……」
「ナイフとフォークの使い方はわかるかしら?」
「……」
「――セレシア?」
「……はい! 心得ております」
「へぇ、冗談で言ってみたけれど、嘘ではないみたいね」
贅沢。
ただその一言に尽きる、コース料理。
「お手並み拝見と行こうかしら?」
「……お手柔らかに、お願いいたします」
緊張しながらも、指にはその震えを一切届かせないようにします。 お父様に教わった、『心と体を切り離す』というものです。
ナイフは音を立てていないか。 フォークは優雅に刺せているか。 口に運ぶ際に雫が零れたりはしていないか。 相手のペースに合わせた食事ができているか。
小さい頃にお父様から教わった事を思いだしながら、手は止めずに食事を行います。
「……完璧だわ」
「……いえいえ、滅相もございません」
「文句のつけようがない。 意地悪な目で見ても、動きの一切が十分の一秒単位まで恐ろしいほどに、正確無比。 ――貴方一体、何者なの?」
そこまで驚くことなのでしょうか。 ……いえ、そういえばお父様も、
「わが娘ながらこれはすごい。 もはや芸術の域だ。 王都の貴族たちが見たら揃って腰を抜かすだろうね」
などと言う事を言っていた気がします。 流石に言い過ぎですよ、とあの時は言いましたが、もしや本当のことなのでしょうか。
「辺境の村の、村長の娘でございます、王女様」
「――そう。 今は、それでいいわ」
何とも言えない空気が漂います。
この部屋には私と王女様しかおらず、場を和ませてくれるような第三者はいません。
どうしようかなと思っていると、
「さて、と。 辛気臭い話は終わりよ! 貴方の幼馴染のこと、もっと私に教えて下さいな」
そんなことを、王女様は言い始めました。
私の話でもなく。
父親の話でもなく。
ましてや、村の話でもない。
私にはそれが、自分を友達として見てくれた様に思えて、
「はい。 あの生意気小僧は――」
とても嬉しかったのです。 ですので少々、喋りすぎてしまいました。
許してくださいね、クラム。
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