第5話 猫川神社は今日も晴れ

「それで、ミーコはどうなったんです?」

「ミーコは……先代の猫又に見込まれて、修行の旅に出ました」


猫川神社に帰ってきて、そう告げたときの佐々木さんの顔は、猫が湿布薬の匂いをかいだときのようだった。口をぱかーんと開けた、あの顔。


あの後、もみじ姉さんは僕たちにこう言った。


『よし、こうしよう沙介。ミーコは私に見込まれて、猫又になる修行の旅に出たと言いな』

『もみじ姉さんが? なんで?』

『理屈をつけてやるんだよ。人間は理屈が好きだからね』


僕は、もみじ姉さんに教わった通りにミーコのことを説明する。


「ミーコが言うには、全部の子猫と一緒に暮らしたいんだそうです。

 でも、連れて行かれた子猫を引き取るには神通力でも覚えなければ不可能です。

 だから猫又になる修行をしてきます、他の子猫のことは断腸の思いですが、少しの間お世話をお願い致します……」


こんな説明が通じるだろうか。


僕が上目遣いに顔を見ていると、佐々木さんはブワッと勢いよく泣き出した。

そして「猫又さま、ミーコのこと、よろしくお願いします」と何度も何度も繰り返して、帰っていった。

……まったくもう。猫はそんなに優しい生き物じゃありませんよ?


それより……僕は楓の様子を盗み見た。楓には本当のことを教えてある。

「それが猫川神社に住むモノの責任だ」と、もみじ姉さんがしゃべってしまったのだ。

さっきまで楓は、一生懸命に作り笑いをしながら「良かったですねぇ」なんて下手な相槌を打っていたが、佐々木さんが帰ってからは寂しそうな表情をしていた。


楓は、さっきまで佐々木さんが座っていたイスに腰掛けて僕を見た。


「ねえ、沙介。ミーコが佐々木さんちに帰っちゃったらどう説明するの?」

「それなら、修行したけれど見込みがないので諦めました、でいいでしょ。何しろ猫は飽きっぽいんだからね」


――なるほどなぁ。そう呟く楓は、ちょっと悲しそうな、でも逆に悟ったような、大人びた顔をしていた。


「沙介って、優しいんだね」

「それって人間らしいってこと?」

「ううん。猫も人間も一緒だよ。優しいものは、優しいってこと」

「……よく分からない」


僕は冷蔵庫を開けて、スプラウトの容器を取り出した。


「沙介、いつもスプラウトかじってるけどさ」

「何?」

「もしかして猫草のつもり?」

「……口がさみしいんだよ」

「沙介、やっぱり猫なんだ!」

「なんだよ、人間になりたい猫又がいて悪いのかよ!?」


すると楓は、笑顔で恐ろしい言葉を口にした。


「猫も人間も、同じだね!」

「はあ!?」


ちょうどその時、社務所の入り口で「ごめんください」と声がした。


「参拝者かな? 沙介、行くよ!」

「うーい」


僕らが住む猫川神社は、駅から車で10分ほどで来られてしまう。忙しいのは苦手なので、できれば参拝客が増えないでくれるとありがたい。

僕は楓の後に続いて、のっそりと立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫川神社の沙介くん あきよし全一 @zen_1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ