水仙
猿川西瓜
水仙
故郷の福井から送られた水仙の花をテーブルに飾って良かった。
その水仙の花弁の白い縁は、少し茶色くなっていた。
透明な花瓶にたっぷり水をやって頻繁に取り替えてやった。少ししなだれていた花の首のところがシャンとしだした。
つぼみだったところがいつのまにか、黄色い副花冠のまわりに白い花びらをつけて満開になった。
同居人の足の臭い女が帰ってきた。空気が変わる。部屋が一気に狭くなったように感じた。歩かないでほしい。足の暖かみで、フローリングの床に薄暗い色が一瞬だけつく。そこがケガレたように思える。
今日も夕食を一緒に作る時間になった。
食べ物に混ざって女の足の臭いが漂う。
本人は気づいていない。
俺はテーブルに皿を並べたり、電動ケトルのスイッチを入れたり、肉をレンジで解凍するとき、水仙にそっと顔を近づけるようにしている。
鋭い茎や葉と、頼りない首を九十度に曲げて小さな花をたくさんつけた姿は、観察していて飽きない。
香りは、漂うと思いだすようなもので、「ああ、この匂い、水仙だ」と匂っては忘れ、忘れては匂う。
花瓶は透明なので、ネギみたいな根元のところの太い具合をじっと見つめて、「お水、吸い込んでいるかな、吸い込んでもっと元気になれよ」と念じるし、日中は、花瓶を移動させて、窓際のほうに置いてやる。
仕事から帰ったらリビングのテーブルに戻す。その香りを楽しむのは、同居人が帰るまでしかない。
こいつの足を切り落とせないだろうか。
車椅子生活になれば、逆に世話をするだけでいいのだから、なんの負担にもならない。臭い足で、この俺の部屋を歩き回られるだけで、本当に迷惑だ。あと、髪の毛の散らばりも掃除しない。女はなぜこれほど髪の毛を落とすのだろう。掃除機の紙パックがあっという間にいっぱいになる。足を切ったら、こいつの髪を剃ろう。俺の作ったご飯を食べていればいい。排泄に関してはどうしたらいいか、まだアイデアが思い浮かばない。
水は毎日取り替えている。
新しい水に、小さな泡が見える。
それさえも豊富な栄養に思えて、この小さな泡を吸い込んでくれと水仙に期待をかける。
どんな匂いだったかを忘れる。鼻を近付けると、文字通り甘く黄色い匂いがする。
水仙には全草にわたり毒があるという。花も葉も茎もすべて毒だ。触れるだけで炎症を起こすこともある。食べることはできない。花瓶の水だって、飲んだら染み出した毒でやられてしまうだろう。
水仙が群生する中を歩いてみたいと思う。歩いているうちにじわじわと毒がまわって、最後にはもがき苦しんで死ぬ。死ぬ間際にも、香りを思い出しては忘れ、忘れては思い出しながら、嗅ぎ続ける。田舎では雑草のように普通に生えているから、探せばあるかも知れない。群生した水仙が。
できあがったのは、固い豚肉のステーキと、野菜室でしなびたアスパラガスを炒めたものと、お湯を入れてできあがる野菜スープと、レンジで温めた白ご飯。晩御飯は二人でいつも作る。
食卓の水仙を眺める。寒さ故に、女が貧乏揺すりをするので、食器の音がガタガタと鳴る。テーブルの下から濃厚な生ゴミのような臭い。正面はできあがったばかりの食事の匂い。横から来るはずの水仙の香りはかき消されてしまっている。
両足を切り落としたこの女を車椅子にのせて、水仙の生えた場所を進むことを考える。そして女だけ置いて、去るのだ。女のほうは、体中に毒と香りが染み着いて、とてもかぐわしい女になって帰宅するかもしれない。皮膚が毒でかぶれ、ただれるほどになった女を世話するような男は俺しかいないのだから、必ず戻ってくる。戻ってきたら、もっと優しくしよう。
食卓に置かれた水仙の小さな顔達に見つめられながら、「いただきます」と二人、手を合わせる。
それから「おい、食器が揺れているぞ」と、笑って注意した。
水仙 猿川西瓜 @cube3d
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