第3話見つけた。私の――
道中、人間という獲物を咀嚼している鬼の姿を見てきた。中にはまだ生きている人もいた。しかし、彼らを救う力のない慶一郎は、その全てを見殺しにしてきた。ただ、ひたすらに自分が生きるために。
走り続けて、逃げ続けて、そうして気が付けば、慶一郎は二体の鬼と相対していた。
逃げられない。本能的にそう悟った慶一郎はなんとかして生き残る手段を考える。自分という存在はどういう存在だ? 特に武道を修めたわけでもない、少しだけ体力に自信があるどこにでもいる現代人だ。そんな人間が鬼に勝てるのか? 否、勝たなければわけもわからないままにタイムスリップしてきたこの地で情けない死体を晒すだけだ。
戦え。戦うんだ。自分は武器は持っている。この世界に来る切っ掛けになった刀だ。銘も知らぬ刀だったが、今は何よりも心強い。
「死ぬ? あり得ない。死んで、たまるか……っ!」
刀が緑色に光っていた。まるで慶一郎の戦うという意思に力を貸すかの如く。
なぜ刀が光っているのか、そんな事を考えている余裕はなかった。震える手で鞘から刀を引き抜くと、刀は一層その輝きを増した。
引き抜いた刀を構える。酷く素人じみた構えだ。しかし、どういう訳か鬼共が怯んでいるように見えた。
――チャンスだ。
そう確信した慶一郎は震える足に活を入れ目の前の鬼に向かって駆け出した。上段に構えた刀を振り下ろす。その瞬間、目を疑う出来事が起きた!
力任せに振り下ろされた一刀がさしたる抵抗も無いままに鬼を真っ二つに切り裂いたのだ! 更に、その刀身からは光波とでも呼ぶべきか、緑色の光の刃が発せられたのだ。
鬼を断ち切った光波は数メートル先の地面までを抉り、ようやっとその勢いを消した。
「なんだ、これ?」
鬼はもう一体いるというのに、思わず、尚も緑色の光を放ち続ける刀を眺めてしまった。現実味の無い出来事を自身が起こしたという事に軽い放心状態だったのだ。だから、慶一郎がその一撃を辛うじて刀で受け止められたのは、死にたくないという執念のおかげに他ならなかった。
同族を殺された残りの一体は怒り狂っていた。先程まで見せていた刀に対するある種の恐怖のような態度は鳴りを潜めていた。
――鬼が吼える。衝撃が慶一郎を襲った。
「痛え……クソッタレ!」
今の一撃で肩が外れてしまったのか、左腕が上がらなかった。吹き飛ばされた衝撃で身体中に裂傷もあった。間違いなく、今までの慶一郎の人生で最悪の怪我だった。
「……んだか腹立ってきたぞ……っ!」起き上がる。「なんで俺が! いきなりこんな場所に飛ばされて殺されそうにならんきゃなんねーんだ!」立ち上がり、右腕だけで刀を持ち、構える。片手で持つ刀は存外に重量感があった。「クソ野郎が! くたばれやぁ!」
駆ける。理不尽なこの状況に対する怒りと共に。
重さに負け、その刀身は最上段まで上がりきらなかったが、袈裟斬りの形となって鬼の右肩に吸い込まれ、その身を一刀の元に斬り伏せた。
「はあ、はあ、クソッタレ……」
極度の緊張と初めての戦闘。慶一郎は肩で息をし、なんとかして体内に失われた酸素を取り込もうとした。
いつまでも立ち止まっている訳にはいかない。時期にまた鬼共が現れる。慶一郎は痛む肩に意図して意識を向けないようにして、刀を杖代わりに再び歩き始めた。
○
洞窟の奥に足を鎖で繋がれ監禁されている半妖がいた。既に何日もの間閉じ込められ続けていたのか、常であれば水を弾く瑞々しい玉の肌は土埃に汚れ、身に着けた着物もボロボロになっている。肩口まで伸びた髪もいくらかパサついているし、ぷっくりとした唇もかさついてしまっている。それでも尚、彼女は並々ならぬ美しさを誇っていた。
そんな彼女は薄暗い中でもはっきりとわかる程に笑っていた。
「見つけた。私の――」
鋭く、しかし鈴の音のようにスッと耳に入ってくる爽やかな声音と共に開かれた、人ならざる金色に光り輝くその瞳が、どこを見ているのかはわからない。しかし確実に、その瞳はここにはいない誰かを見ていた。
人鬼大戦 山城京(yamasiro kei) @yamasiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。人鬼大戦の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます