三 , 夜襲

「それで、どうなったんですか?」


僕は、ダルさんの話の続きを促す。今は、ダルさんが過去、他の冒険者と共に巨人族――トロウルを始め、オウガやキュクロプスなどの総称だ――の群れと戦った話を聞いてる最中だ。


「まぁそう急くな。焦らなくても、時間はたっぷりある」


焦らすように、にやりと笑ってダルさんは言う。


そうはいっても、実際に冒険者から話を聞ける機会はそう多くない。旅人であれば尚更で、精々街に逗留している間に、酒場で情報交換程度に会話をするぐらいだ。


商隊キャラバンと共に旅をしながら、先達の話を聞く。そんな機会は、次にいつ巡ってくるのかはわからないのだ。


「早く話してくださいよ。巨人族の群れに囲まれて、どうやって切り抜けたんですか?」


ダルさんが戦った巨人族の群れは、知恵に長けた隊長リーダーに率いられた小さな部隊だったらしい。


その統率力から、ダルさん達は山岳地帯に追い込まれ、周囲を絶壁に囲まれた谷で挟み撃ちにされたそうだ。


一体、どんな手段を使えばそんな状況を打破して生還できるのか。そこに興味があった。


「秘密は、こいつにあるんだ」


ダルさんはそう言うと、傍らに立て掛けていた両手剣ツーハンドソードを掴む。


一見すると普通の両手剣ツーハンドソードに見えるが、なにか仕掛けでもあるのだろうか。


そう僕が考えていると、隣のルーシャが口を挟む。


「アラン、ダルさん。ちょっと」


ルーシャは客車を覆う布を少し捲り、外を見るよう促す。


「なんだ、これからがいいところなのによ」


ダルさんは文句を言いながらも、ルーシャが捲った布の隙間から外を見据える。すると、彼の表情が一変する。


「…狼か。数は少ないが…斥候か」


そう呟いたダルさんに、ルーシャは頷く。


「おそらく、近い内に襲撃がある。対処しないと危険ね」


ルーシャの目線の先を追うと、確かに三、四頭ほどの狼が、街道脇の草原に隠れながら、こちらの様子を伺っているのが見える。


「狼は夜目が効く。襲撃があるとしたら、日が落ちてからになるだろう」


ダルさんはそう言うと、客車から身を乗り出し、商隊キャラバン隊長リーダーに手で合図をする。


商隊キャラバン自体は速度を保ったまま、別の客車から、商隊キャラバン隊長リーダーがこちらに急ぎ足で向かってくる。


「ダルさん、何かあったんですか」


隊長リーダーはそう言うと、僕らの顔を見回す。


「狼がこちらを伺ってる。今晩にでも、襲撃があるかもしれん」


ダルさんがそう言うと、隊長リーダーの顔がさっと青くなる。


「た、大変じゃないですか。今すぐ準備をしないと」


そう言って、慌てて駆け出そうとする隊長リーダーの襟を、ダルさんが掴んで引き止める。


「待ってくれ。俺の言う通りのものを用意してくれ。積荷とあんたらの命は保証する」


隊長リーダーは顔を青くしたまま、ダルさんの言葉に頷く。


「まず、明かりが必要だ。夕暮れ、日が暮れる直前に商隊キャラバンを止めて、できる限り多く篝火を配置してくれ。特に、狼が現れた向こう側を中心にだ」


ダルさんの言葉に、ルーシャが口を挟む。


「それから、わたし達が松明を二本、用意してください。わたしとアランは片手が空くから、それで視界を確保して動きます」


隊長リーダーは一通りの事を聞き終えると、すぐに他の馬車のもとに向かい、指示を出し始める。


「ダルさん、両手剣ツーハンドソードは多数の敵との戦いには不向きですよね。さっきの話のときにも思ってたんですが、大丈夫なんですか?」


僕が不安に思いダルさんに問いかける。狼の群れに対して有効なのは、小回りが効く片手剣や短剣の類だ。


だが、ダルさんはにやり、と不敵に笑う。


「ああ、こいつはちょいと特別製でな。群れ相手でも問題ない。さっきの話の続きは、狼の群れを始末してからだな」


そう言うと、ダルさんは客車の座席に深く腰掛け、装備の点検を始める。


「ルーシャ、僕らも今のうちに装備を確認しておこう」


僕の言葉に、ルーシャが頷く。


ルーシャは麻袋から鞘帯シースベルトを取り出すと、外套オーバーコートを捲りあげ、太腿に巻きつける。同じようにもう片方の太腿にも巻き付け、最後に腰にも巻く。


僕はそんなルーシャの様子を横目に、腰に差した剣を抜いて、ドロニカさんに教わったとおりに手入れを施していく。


―――そうして、準備を整えているうちに、少しずつ日が落ちてきた。


「全体、止まれーっ!」


隊長リーダーの号令で、商隊キャラバン全体が停止する。僕らの乗った客車もやや大きく揺れ、やがて収まる。


ダルさんを先頭に、僕らは客車から降りて、周囲の様子を確認する。


張り詰めていく緊張感の中、商人達は大急ぎで狼が居た方面を中心に篝火を設置している。


「この分なら、視界はなんとかなりそうだな」


その様子を見て、ダルさんはそう結論づける。設置された篝火は、全部で二十ほど。そのひとつひとつが、沈みゆく太陽に代わり、周囲を照らす。


僕とルーシャは、商人に手渡された松明を片手に、周囲を警戒する。




不意に、殺気を感じる。


草の中から、確かに、獲物を狩り取らんとする意志が流れてくる。


殺意の群れが来る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ファイリースの旅人 保登悠 @yuhachi0220

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ