二 , 護衛達の談話

指示された馬車の客車を覆う布を捲り、中に入る。


中には一人の男が座っていて、わたしたちをじろりと睨む。


「なんだ?お前さん達。家出でもしてきたのか」


厳しい顔付きのその男は、わたし達の姿を見るなりそう言うと、ちらりと外を覗き、商隊キャラバン隊長リーダーの男を見据える。


「甘っちょろいもんだぜ。護衛代が払えねぇってんで、俺一人だけを護衛にこれだけの商隊キャラバンを組んだ上、家出してきたガキまで拾っちまうとはな」


男はふん、と鼻を鳴らすと、腕を組み、再び真っ直ぐの姿勢で椅子に座り直す。


あまり歓迎されている様子ではなさそうだ。アランと共に客車の座席に座りながら、わたしは男に声を掛ける。


「家出してきたんじゃなくて、旅人です。わたしはルーシャ。こっちはアラン」


隣に座るアランを指差すと、彼は慌てて頭を下げる。


「ど、どうも。僕たち、追加の護衛をする代わりに次の街まで乗せていってもらうことになったんです」


アランがそう言って頭を上げると、男は再びじろり、とこちらを睨む。


「追加の護衛、ね」


わたし達の様子を一瞥して、男は外の景色を見やる。


「まぁ精々、魔物に殺されんようにすることだな。俺は商隊キャラバンの連中は守るが、他の護衛の面倒までは見ないからな」


「ええ。自分の身だけじゃなく、きちんと商隊キャラバンの皆さんも守ってみせます」


男の嫌味を受け流し、今度は彼を観察する。


歳は二十を超えたあたりの、肉体的に最も恵まれた時期。鎖帷子チェインメイルの上から、金属製の胴当てや肩当てを合わせた、重量感のある防具を身に着けている。


隣に立てかけてある、アランの身長ほどある両手剣は、おそらく彼の物だろう。


あれを自在に扱えるなら、たしかにわたし達は家出少女扱いされても仕方ない腕前だ。


そう私が思案していると、隣に座るアランが口を開く。


「あ、あの。名前、聞いてもいいですか」


少し頼りなさげな雰囲気だ。まぁ、アランの苦手そうなタイプだし、無理もないか。


「おっと、一応一緒に護衛やるんだから、自己紹介ぐらいしとかねぇとな」


そう前置きして、彼は口を開く。


「俺の名前はダル。こうやって、商隊キャラバンやら商人の護衛をしたり、街から依頼を受けて魔物退治をしたり…まぁ、いわゆる普通の冒険者ってやつだ」


お前さん達と違ってな、と付け加え、わたし達の装備に目を向ける。


「ダルさんは、旅はしないんですか」


アランが問いかけると、彼は顎に手を当てて答える。


「旅か…興味がないわけじゃないが、リスクがでかすぎる。大した目的も無しに旅に飛び出そうなんざ、無茶がすぎるってもんさ」


そう言って、背もたれに大きく背中を預ける。


「俺には、こうやって商隊キャラバンの護衛のついでに拠点の街を移動する程度の冒険が性に合ってるんだよ」


確かにそうだ。旅は道中魔物や山賊に襲われたり、天候の影響を受ける、食料問題など、危険な要素を上げだすとキリがない。


その点、一応は拠点を持ち、常に一定以上の集団で活動する冒険者のほうが、危険は少ないだろう。


「でも、ダルさんすごく強そうだし。どんな魔物が現れてもすぐに倒せちゃうんじゃないですか」


ダルの隣に立てかけられた両手剣ツーハンドソードを見て、アランが問う。


「よせよ。人間の強さに上から下まであるように、魔物だって最上位の魔族や魔獣から、最下級のゴブリンまで様々だ。どんな魔物も倒せます、なんて口が裂けても言えねぇよ」


自分の獲物を見つめ、ダルが続けて口を開く。


「…それに、いくら強くたって俺一人だけじゃどうしようもないことだってある」


そう言って、こちらに向き直る。


「だから、護衛だってんなら最低限仕事はしてくれよ。さっきも言ったが、家出してきたガキのお守りなんざ御免だ。万が一、俺で手が足りない事があったらお前らがなんとかしてくれ」


ぶっきらぼうだが、一応は頼りにしてくれているのだろうか。


「…はい。僕、しっかり護衛、務めてみせます」


隣で気を引き締めるアランの手に、わたしは手を重ねる。


「気負いすぎて前のめりにならないようにね、アラン。落ち着いていれば、きっと大丈夫だから」


アランがわたしを見つめる。


「うん、ありがとうルーシャ。緊張、ほぐれたよ」


手を離して、わたしは視線を彷徨わせる。


「それならよかった」


アランといると、時々こうやって、視線をどこに向ければ良いのか、体をどう動かせば良いのかわからなくなる時がある。


…悪い気はしないから、別にいいんだけど。


「話は終わったか?あんまり話に夢中になってると、いざ魔物が現れたときに反応が遅れるぞ」


ダルはそう言うが、アランはそこに口を挟む。


「すみません、まだダルさんに聞きたいことがあって」


やや面倒そうに、ダルがアランを見る。


「今度はなんだ」


アランは、先程ダルの態度に萎縮していたのが嘘のように、目を輝かせて言う。


「僕、まだゴブリンがやっと倒せるぐらいの素人なんですけど、もっと強くなりたいんです。ダルさんの冒険の話、聞かせて貰えませんか」


そのアランの発言に、わたしはため息をつく。


少し前から思っていたことだが、アランは気弱で頼りないが、時々こうやって、突然前のめりになって突っ走る傾向がある。


アサギとの訓練のときもそうだが、アランの"強くなりたい病"には困ったものだ。


ダルをちらりと見ると、面倒くさそうだが、しかし同時に満更でもなさそうな、微妙な表情をしていた。


「はぁ…」


ダルは長い溜息をつくと、少しだけだぞ、と前置きして、アランの頼みに応じる。


…冒険者というのは、自らの冒険を語りたがるものだ。

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