Ep 01.7


オールン首長国アリスチーナ州

エリス・エッダ飛行場



「遅い……何をやってるの……」


 時刻は二十時〇二分。時計を見ながらシオンは苛立ちを露わにしていた。


「そんなに焦ってもしかたないんじゃ……」


 チヒロがなだめる。


「今は時間が最優先なの。このままだとここが突破される。そうなったらここまでの努力が水の泡だわ」


「そりゃ言いたいことは分かるけど……」


「だったら黙ってなさい」


「はい、黙ります……」


 気圧されるチヒロ。彼女の苛立ちは凄まじかった。


 シオンは先ほど撃破された愛機に代わり、再び戦列に戻るため補充の機体を待っていた。しかし到着が遅れ、一分ごとに苛立ちの度合いが増すような勢いである。その苛立ちを、そばを離れることが状況的に難しいチヒロは八つ当たりと大差ない形で受けていた。勿論、苛立つ理由はチヒロにも理解できていた。戦況はどんどん悪化している中で何もできないというのは、確かに考えてみれば辛いのは分かる。戦争でなかったとしても、やある事があるにも関わらず何もできないのは辛い。だがそれを一般人で無関係なチヒロに言って何になるわけでもない。理解はできても納得はできない、そういう理不尽な煽りをチヒロは受けていた。


「はぁ……理不尽……」


 天井に向けてぼやく。


まったくこっちはただ巻き込まれているだけだっていうのに、なんでこんな事言われなきゃいけないんだ。大体、ぶっきらぼうで不愛想すぎる。可愛げのない女だ、まったく。


 チヒロは心の中で恨み節を重ねた。どうしようもない文句である。なにせ相手のほうが断然、立場上も物理的にも力は上だった。そんな相手に物申せるほどチヒロの度胸はない。


「来たぞぉ!!」


 外に出ていた歩哨の兵士が叫んだ。


「ようやくかっ!!」


 シオンが駈け出して外に出る。それをできることのないチヒロは建物の中から見ていた。静かになった。と言うよりは面倒なのがいなくなって少し清々した。と、心の中で考えるチヒロ。ああ文句を言われてはたまったもんではない。まったくどういう性格してるんだか。再び恨み節。


「だけど少しは気も楽になったか」


 外に出てヘリの着陸を待つシオンを見ながらチヒロは思う。戦場で助けられたとき。あの時点で彼女の態度はぶっきらぼうにも程があった。ただの一般人相手に、ああも強く冷淡な物言いをされては何も言い返せない。そもそも感情の色が薄い。というよりは色が無い。無色に近いとも掲揚ができるほどに、しゃべり方も抑揚が最低限で、考えていることが読みきれない。そのうえでのあの物言い。性格の第一印象はかなり悪かった。現に大破した機体を見て心底心配したチヒロに対してかなり不愛想な態度で返す。補充機の到着が遅れ、そのイライラを俺にぶつけるなど、良い印象を抱く要素はない。だがその不満は、不安の念が大きく、平常心をすれすれで保っていた心の負担を少しは軽くしていた。それもまた間違いはなかった。


「まあ悪い奴ではないんだろうなぁ……」


 次に話す機会があれば礼の一つでも言おう。チヒロがそう思った矢先だった。

着陸を始めていたヘリコプターとその周辺に爆発が広がる。直撃である。ヘリはメインローターを破壊され、低高度で着地に向けて下降していた事もあり、地面に叩きつけられ、打撃音と共に墜落。そしてさらに追撃のミサイルらしきものが複数発撃ち込まれ、周囲は爆炎に包まれる。


「くっ!」


 爆音、爆発。同時にチヒロの網膜と鼓膜を刺激した。爆風が部屋に一気に押し寄せて、体を押す。少し姿勢を崩してしまう。


「またかよ……!!」


 爆発の煙が少しの間立ち込めるも、時間はかからずに晴れてくる。それだけならまだ良かったが、その煙の中に横たわる人影。チヒロはその影を見てから先ほどまでたっていた人がいた事を思い出す。そして次に誰だったかも思いだす。そう、あそこにいたのはシオンだ。それ以外は誰もいない。まさか今の爆発で吹き飛ばされたのか。


「いや……さっきは生きてたんだ……」


 そう簡単に死ぬか。そんなことを言っていたシオンが死んだとは考えにくい。いや考えたくない。


 シオンの無事を祈るチヒロ。だがその思いは無駄に終わる。


 爆炎が晴れシルエットが実体となる。その実体。それはシオンのものであった。


「あぁ、クソ!」


 力なく横たわるシオン。視線に映った瞬間にチヒロは部屋を駈け出していた。衝動である。助けなきゃ。そういう強い感情であった。


「何やってんだよ……!っ」


 階段を駆け下りて外に出る。


「おいっ大丈夫か!?」


 横たわり動かないシオンに駆け寄り、肩から抱き上げる。


「返事をしてくれよ……」


 揺さぶる。だが反応はない。


「さっきは大丈夫だったじゃないか……」


 反応はない。ぐったりとしたままである。


「嘘だろ……」


 こうも死というのはあっけないのか。


 現実として浮かぶ死。そして恐怖だけではない、危機感、異様な興奮が全身のいたる所から体の内に入り込んで、混ざり合う。


「あぁ……」


 駄目かもしれない。何かがそう思わせた。いや何もかもである。チヒロは力なくうなだれる。そして悲憤する。


「俺は何をしたって言うんだ……」


 目の前で続く戦闘。なにも彼らには構いもせず、ただ続く。


「何を……」


 チヒロのすぐそばに着弾。爆発し、破片が飛散する。その破片がチヒロの頬の肉を切る。



 叫ぶ。力いっぱい目の前に対して叫ぶ。


 死にたくない……


 脳裏に浮かんだ強い生への執着。それがトリガーになった。


「ぐぁっ!!」


流れ込む。何かが入り込んでくる。


「くぅ……っ 何だこれ……!!」


 イメージ。何かのイメージ。


「かぁっ…… 痛いっ!」


 脳が割れそうな強い痛み。それと共に莫大な何かのビジョンを直感する。だがそれを認識するたびに強い炎に焼かれるような痛みを脳に受ける。それに悶えチヒロはシオンを左手で抱いたまま覆いかぶさり、額を地面に擦る。それでも痛みは和らがない。


「何の……? コックピット……これは……」


 脳が焦げ上がりそうな感覚に苦しむチヒロ。しかし次第に虚像としてのイメージが、実像として構築されていく。チヒロは見ていない。だが何かのコックピットを見ている。記憶で再現するように見える。正確には分かる。理解できる。知らない事を知っている。知りえない事を知りえている。


「まさか…………?」


 地面に擦っていた顔を痛みに耐えながら上げる。そしてぼやけた視線を、どうにか墜落したヘリのほうに定める。


 ヘリは大きなコンテナを腹に抱えており、コンテナは撃墜のダメージで大きく歪んでいた。その歪みで生じた大きな隙間は、いまだ残る爆発の炎で照らされていて、中に巨人――アームズの姿を薄っすらと浮かび上がらせる。


 なぜかそのアームズのシルエットが、アクセリアの名を持つ機体であることをチヒロは理解していた。脳はまだ焼け焦げる感触が残るが、一気に痛みは収まり始める。

そして痛みが殆ど引いたときチヒロは先ほどまでの恐怖が消え去っていて、異様なまでに頭が冴え冷静に、そして同時に高まる脈拍を感じている。


「おい、お前大丈夫か!?」


 建物の中にいた兵士が、まだシオンを左手で抱いたまま、アクセリアを注視するチヒロに駆け寄ってきた。


「ここは危ない。下がるぞ」


 兵士がチヒロから動かぬシオンを、半ば奪い取るように引き取り、そう言った。


「……」


 チヒロはアクセリアを注視するだけで答えない。そして突然に立ち上がり数瞬空けて、駆け出す。あれほど怖かった戦場をチヒロは何の迷いも無く走りぬける。


「おいっ! 待てどこに行く!」


 兵士の呼び止めも聞かず、墜落したヘリに駆け寄り、コンテナの中を見る。

「やっぱり……俺はわかる。コイツが何なのか……」


 俺にはこれが使える。いや誰かが使えと言っている。


 何処からとも無くチヒロは確信する。コンテナの奥に鎮座し存在感を示すアクセリアを扱えるということを。


 チヒロは歪んだコンテナの間に無理やり体を滑り込ませて機体の足の方から機体を見る。


「動かせるか……俺に……」


 チヒロは呟きながら機体の腰の辺りに近づく。コックピット開閉用の操作盤は腰の辺りにある。チヒロは炎の明かりを頼りに操作盤を見つけ、蓋を開けて慣れた手つきで操作する。スイッチを押すと機体の背中のほうからハッチの広く音がする。

それを確認してから操作盤の蓋を閉じて背中のほうに回る。ハッチは開放されきっており搭乗する事ができる。チヒロは機体の突起に手をかけてコックピットに入り込む。コックピットは機体の姿勢上、どうしても背中側に傾いてしまっている。そのためチヒロは一旦滑り落ちそうになるが、どうにか足をフットレバー周辺に引っ掛け、上体起こしの要領でコックピットに座る。


「結構キツイなぁ……」


 知っているイメージと実際の感覚に戸惑う。だが贅沢は言えない。


「ハッチ閉鎖は……これか」


 チヒロは座席の横両側にあるレバーを下にシフト。ハッチが静かな音を立てながら閉まり、同時に背もたれも降りてくる。


「やるしかない……」


 チヒロはハッチが完全に閉まってから袖をまくり、もう一度座りなおし、シートベルトを止める。保安灯の赤いかすかな光で照明されるコックピットの中。それを頼りに首と腕に筋電位測定用のベルトを巻きつける。それから全電源のスイッチであるキーを回す。次に機体の電源投入に必要な補助バッテリーをコックピットに接続。するとメインモニターに反応があった。メインモニターには<boot up now…>と表示され機体に火が入ったことが分かる。


「MFDのスイッチは……コイツか?」


 さらに操作を続けMFDの電源を入れる。それからメインモニターに視線を戻して<boot up comp…>の表示を待ってメインモニターを起動、機体の外部映像を出力させ、操縦に必要な水平位置指示器などの画面表示や、RWRやTDLS装置の電源も入れる。機体のコンピューターの電源が全て入ったことを確認して、それから今度は操縦システムを設定する。


VCボイスコマンドにて命令。JMRアクティブ2、MCモード、コンバットで設定しろ」


 チヒロは設定を続ける。この機体にはAIに近いものが実装されており、操縦系の設定やレーダー設定などはスイッチ操作だけではなく、音声指示でも可能である。


《JMR set active2. MC run mode combat. BPL Shift power Military. EMG signal detector. FHCD contact.》


「レーダーはレンジ1、SCILS小規模戦闘情報共有システムはオート」


《set radar range1. SCILS auto.》


 チヒロは操縦する際の機体の反応に関しての設定をする。

アームズはロボットアニメのようなレバーでの操縦ではなく、脳波と筋肉の動いた際に生じる電流を検知して動作する。端的に言えばイメージで操作できる。JMRやMCというのはそれらを司るシステムの設定である。


 チヒロは何の苦も無く設定を進める。


 勿論、ロボット兵器に乗ったことは無い。それどころか兵器そのものを操作したことすら過去に一度も無い。だがチヒロは何の違和感も無く操作している。知らない単語が口からどんどん発せられていく。その事実に驚くチヒロ。やはり違和感は無い。それどこか、できて当然くらいに感じている自分さえもいるのをチヒロは認識していて、まるで自分が別人に感じていた。


 何かが自分を突き動かしている。いや違う。なんだ、この感じは。


 チヒロは考える。抵抗の無さ、違和感のなさ。それの正体を考えるが分からない。言葉にできない。


「だけど……」


 セットアップが完了する。


「死にたくはない……」


 自然にサイドスティックを握る力が強くなる。そうだ生き残るにはこうするしかない。この行動が正しいと俺にはわかる。


「だからこうするしかないっ」


 チヒロはアクセリアの足を目一杯蹴らせコンテナを勢いと質量で破壊して離脱。だが


「ぐわぁっ!」


 加減をせずに機体を動かしたため、コンテナからは出られたものの、頭部から首筋を軸にうつ伏せの姿勢に回転してしまう。


「痛ぁ……」


 頭を強く強打し痛みでさするチヒロ。想像を遥かに超えるパワーであり、瞬間的に彼の意識を飛ばす程であった。


「なんてパワーだ……」


 今の自分では間違いなくアクセリアの力に振り回されてしまう。今のでそれがよく分かった。だが、それでも扱うしかない。暴れ馬であろうとも、手足として隷属させなければ死ぬ。


「焦るな……」


 立ち上がるイメージを頭に浮かばせる。


「コイツを使いこなすんだ……」


 両手を使って上半身を浮かせる。だが機体は初めて立とうとする赤子のごとく、細かく震えている。力の入り方が適切ではなく、アクセリアは再び上体を地面に打ち付けてしまう。


「ぐぅっ!」


 また頭を打ってしまうチヒロ。


「くそ!」


 もう一度立ち上がる動作を行い、膝を地について上半身を起こす。

「ロボットっていうなら立って見せろ……」


 今度はゆっくりと、しかし確実な動きで少しずつ立ち上がるアクセリア。軋む装甲が鋭い音を発し、チヒロを威嚇する。


「黙れ……俺の言う事を聞くんだ……」


 まだ少し歪さは残った動きだが、その巨体が戦場に降臨した。

「立てた……」


 RWRレーダー警報受信機から警告音、続いてAIからミサイルの情報。正面の戦闘ヘリコプターから一発の対戦車ミサイルが放たれ、このアクセリアに向けて飛翔中、着弾まで七秒。


「回避……!」


 回避しようと考える。しかし、どう避けるかわからない。と思ったが回避の仕方は自然に頭に浮かんでくる。ひきつけて左右どちらかにサイドステップで幅跳びをして、ミサイルのロックオンを外せばいいのだ。


 チヒロは思い浮かんだ方法でギリギリまでミサイルを引き付け、それから右サイドステップによる回避を行う。直後、瞬間的にアクセリアは急速に加速して、一気に一〇〇mほどを一飛びする。


「かはぁっ……!」


 殺人的なGがチヒロの体を襲う。シオンの着ていたような専用のスーツであれば多少は楽になるが、学生服のままで操縦していたチヒロは、もろにGを体に受ける。当然軍人ではないチヒロの体は悲鳴を上げる。しかしアクセリアの機体は、何の問題もなくミサイルを易々と回避。当然のことを当然のようにこなして着地した。ロックを外されアクセリアに着弾するはずだったミサイルは迷走し、最後は自爆した。


 再び警報。MAWSミサイル警報装置が敵のミサイル発射を警告している。


「何か武器は!?」


 兵装の搭載状態を表示するTMFD接触操作型多機能表示機を確認。右側のウェポンラックには、LM31というライフル型の機関砲が懸架されている。


「これか!」


 兵装選択スイッチでLM31を選択。指示を受けたコンピュータがLM31の装備を始めるも、その最中に敵から攻撃。対戦車ミサイルが飛翔中。着弾まで六秒。チヒロは再び同じ要領で回避機動を行う。激しいGが再び体を襲う。その力にチヒロは意識がつぶされそうになる。だがそうなれば死ぬのは明確である。チヒロは懸命に意識を保ちつつ装備完了を待つ。


「まだか……?!」


 AIから装備完了のメッセージ。すかさずターゲットサイトを操作し、ミサイルの発射母機である敵戦闘ヘリコプターを照準。


「喰らえ!」


 発砲。弾頭が数発おきに弾丸に混ぜられた曳光弾が闇夜に光線を曳いて敵に吸い込まれていく。三秒ほど射撃を続け、敵戦闘ヘリコプターは小さな爆発を起こした後、回転し始め墜落する。


「やった!」


 敵を撃破。そういう実感より的を落としたというほうが正しい感触。だがその感触を長くは意識していることはできなかった。


 再びロックオン警報が鳴る。その方角を確認しつつ回避。再び戦闘ヘリコプター。今度は二機である。二機のヘリコプターは機関砲を左右に、ロケット弾を縦に斉射。厚く逃げ場の無い攻撃。だが後方に小刻みでバックステップし、攻撃を回避。急制動をかけて右方向にサイドステップ、格納庫の内部にアクセリアを退避させる。戦闘ヘリは勿論追撃を仕掛けるべくアクセリアの後を横に並んで追う。彼らは格納庫ごと爆撃を行うつもりである。だがそうなる前にアクセリアは再び格納庫から飛びだした。


「これなら!」


 アクセリアは姿勢をあえて崩し、速度と機体の質量に物を言わせたスライディングで二機の下を潜る。その際にチヒロはLM31を右の機体に向けて発砲していた。二五ミリの機関砲弾を喰らった戦闘ヘリは、運悪くテイルローターのブレードを損傷、不規則に回転しながら墜落。さらに残った左のヘリに対しても、相手が反転する前に制動をかけて立ち上がり、振り向きざまにLM31を発砲。だが二度も都合よくはいかない。


「だったら……」


 反転し終わった戦闘ヘリは、獰猛な強面で睨みつける。それに対して怯まずに突撃するアクセリア。


「これでどうだ!」


 ヘリが機関砲を発砲する直前に跳躍したアクセリア。ヘリの滞空する高度まで巨体が跳ぶ。タンデム方式であるヘリのコックピットに、アクセリアの左腕が叩きつけられた。ヘリのコックピットは重機関銃の直撃にも耐える強化防弾仕様のポリカーボネート製キャノピーで保護されている。しかしそれでもアームズのチタン合金装甲が持つ大質量を一切の手加減なしにぶつけられれば、いくら頑丈であっても粉々に潰れる。機体の主であるパイロットを失ったヘリは制御を失い、よろよろとして、最後は地上に向けて急降下。そのまま地表に墜落。機首が粘土のように変形し、横転。回転していたメインローターが地面に接触して弾けるように吹き飛ぶ。墜落の衝撃で歪んだボディから燃料であるガソリンが漏れ始め、アクセリアが着地した際の火花で引火、爆発した。


「敵ヘリコプター撃破。次は……」


 チヒロは周囲を見る。だがその前にコックピットのディスプレイに変化があり、チヒロはそれを確認した。変化があったのはデータリンク画面。そこには上空を偵察しているUAVが捕らえた敵影が表示される。アームズ四機。しかも戦術マップ上では最も手薄な場所である。チヒロはすぐに機体を敵が現れた方向に転換し、急行させた。


「くっ 走るだけでも凄いGだ……」


 激しく揺れるコックピット。加速のGや、振動、プレッシャー。あらゆるものがチヒロの体力を奪う。


 三十秒も走らせると敵影が見える。四機のうち一機が大きな大砲(榴弾砲)を装備しており、周りの機体はその護衛のようだ。


「させるか!」


 LM31を発砲。狙うは大砲榴弾砲を装備した機体。だがそれは護衛機体が前に出て防いでしまい、直撃しない。また手空きの機体がこちらに向けて発砲してきて、チヒロは攻撃をやめて回避するしかない。


「くそっ!」


 あのまま砲撃を許せばロングレンジから味方は仕留められてしまう。そうなればまずい。素人のチヒロにもそのことはすぐに分かった。しかし護衛に二機がいるとなると突破は容易ではない。回避機動を取りながら建物の陰に隠れ、敵の動きを見る。やはりこちらから攻撃しない限り護衛は動くつもりが無いらしい。だが大砲を装備した機体は現在進行形でその砲を組み立てている。すぐに撃てるわけではない。そこに勝機がある。


「強行突破しかないか……」


 チヒロは武装を確認。アクセリアは現状ではシンプルに、頭部のガトリング、右手に持ったLM31、そして左腰にナイフ。この三つだけだ。この装備ではできる事は少ない。


「こういうときロボットアニメなら、かっこよく格闘戦かな……」


 少ない装備で確実に倒す。そういうことを可能にできる装備といえば、真っ先にナイフを使うことをチヒロは考えた。先入観は強いが間違いでもない。そう思い攻撃法を思案する。数秒考えて思い浮かんだのはシンプルな戦法であった。最初に敵の視界に入り攻撃を誘う。敵が反撃をしてきたら回避機動を行いながら大砲を装備した機体に向けて接近。蹴りを入れて突き倒し、ナイフで止めを刺して離脱という一撃離脱しか思い浮かばない。


「やってみるか……」


 サイドスティックを握りなおす。


「いくぞっ!」


 建物の影から出て敵に対して姿を晒す。勿論敵はこちらに気づき銃口を向けてくる。そして次の瞬間には発砲してくる。ここまでは予想通り。


「ナイフを装備……」


 回避しつつ左手に格納していたナイフを装備。完了。後は接近するだけ。その予定だったが


《Alert, enemy radar spike.》


 AIから警告メッセージ。同時に大砲を装備していた機体がこちらにその巨大な砲口を向けているのが見えた。


「まずいっ!」


 行っていた回避機動を止めて、直ちに別な機動へ変える。その後すぐに敵の砲撃が先ほど着地した位置に着弾。爆発する。


「あっぶねぇ……」


 直撃していたら間違いなく死んでいた。しかし休む暇を敵はチヒロに与えない。砲撃の次は護衛の機体がチヒロの回避先を読むようにして狙い、攻撃をしてくる。機関砲くらいでは、当たり所が悪くなければ数発は問題ない。だが問題はそこではない。敵の攻撃は回避先を狙っている以上どうしても、チヒロの回避機動は限定されてしまう。いわば砲弾の鳥かごの中に閉じ込められている状態にあるのだ。数秒の間、機関砲弾に晒されてから再び砲撃。二回目も回避には成功。だが破片が飛び散り被弾する。


「くそっ!」


 敵の攻撃の鋭さはどんどん増しており、それにつれて鳥かごも狭まる。さっきは砲撃をすれすれで回避できたが、次は無理だ。だが逃げ場も無い。


「どうすれば……っ!」


 回避しかできないチヒロ。大砲を持った敵アームズが砲を再びこちらに向けた。マズイ、死んだ。せっかく生き延びたのに。チヒロが悔しさを脳裏で浮かべ考えた時だった


『そのまま左に回避しろ!!』


 無線機から男の声がした。チヒロは瞬間判断が遅れるが、考えずに言われたとおり左に機体をステップさせる。直後、回避前に立っていたあたりを機関砲弾の光線が通り抜ける。その砲弾は大砲を装備していた敵に直撃。敵は姿勢を崩し砲撃を中断した。さらに二発のミサイルが高速で通過。護衛の敵アームズに迷うことなく命中し、全て撃破する。今の攻撃で大砲を装備した機体は完全に無防備である。


「今ならやれるっ!」


 相手が態勢を立て直す前に仕留めれば勝てる。 チヒロは状況を見て直感。LM31をパージし、ナイフのみで突撃。行ける。そう思ったが相手が姿勢を立て直すのはチヒロの予想よりも早かった。敵は砲を構える。まだ距離は500mもある。だがここで足を止めれば間違いなく狙い撃ちにされてしまうことは明白だった。


「こなくそぉぉぉ!」


 相手の発砲をするタイミングを、勢いと異様なまでに先鋭化している勘で読み、タッチの差で回避。そのまま速度は落とさず頭部ガトリングを連射。一秒もしないで銃身加熱の警報が鳴るが無視。既にアクセリアは相手が大砲を撃てるロングからミドルの間合いではなく、何も対処できないクロスレンジに侵蝕していた。


 懸命にも生存しようと敵機は腕を振るいバックステップで回避を試みる。だがその腕の振るいを相手の目の前でしゃがみ込んで回避、そして脚部に力を溜め一気に解放。バックステップで後ろに下がった敵機に喰らいつく。左手で敵機の頭部を保持しながら押し倒し、そのまま地面に落着した。


「堕ちろぉ!」


 アクセリアが右手のナイフを逆手に保持し、そのまま頸部からコックピットまでを貫くコースを狙う。そして左手を添え両手で一撃。突きぬいた。敵の機体は一度跳ねる様に仰け反る。が、それは兵器の上げる断末魔だったのか、そのまま一切動かなくなり停止した。


「ハー……、ハー……」


 チヒロはアクセリアを立たせ、数歩後退し、敵を見下すような位置で停止させた。


「やった……のか」


 敵機を見ながらチヒロは呟く。相手は動かない。撃破したのだ。


「はぁ……はぁ……」


 汗を拭う。


 生き延びた。生き残れた。俺は生きている。

初めてと言えるほどの生への充足感。生きているという事をチヒロは強く熱く脳に感じていた。


『サックス1、サックス2。応答しろ』


 無線機がコールされる。チヒロは醒めない昂ぶりをどうにか抑えつつ答える。


「俺の事か?」


『そうだ。お前は誰だ。ミレーヌ少尉ではないな?』


 無線の相手は男だ。先ほどチヒロに避けろと指示したのと同一のものだ。無線の相手はアクセリアの後ろに既にいた。


「俺は……北原チヒロだ」

 チヒロは機体を背後に立つ無線の相手と相対させる。相手の機体はシオンがエレイオンと呼んでいた、彼女の乗機と同じであり、自分の味方である事はすぐに分かった。


『北原か……。誰だか知らんがお前は運がいい』


「何故だ、いやそれよりも敵は?」


『全くお前は運がいい。とても運がいい』


「話を聞いているのか」


『ああ、聞いているとも。だがお前には関係の無い話だ』 


 エレイオンはゆっくりこちらに接近してくる。一歩ずつ、不気味なほどに慎重にも思えるほど低速である。そしてお互いの機体の手が、腕を上げればすぐ届く距離にまで迫る。


「何が言いたいんだ?」


 チヒロは妙なプレッシャーを感じ身構えながら、聞いた。だが次の瞬間


『さぁな』


 という声と共にアクセリアは左に突き飛ばされる。


「ぐっ……!」


 咄嗟のこと過ぎて反応が遅れる。その隙を相手は逃さない。間髪いれずにタックルを相手のエレイオンが仕掛けてきて姿勢を崩すアクセリア。さらにエレイオンは脚部の膝部装甲を使って膝蹴りをアクセリアに加え、そのまま地面に勢いを落とさせず突き倒した。何をされたのか。何が起こったのか。何も分からない。だが、何かが起こったことだけはチヒロにも分かっていた


「かぁっ……!?」


 勢いを殺すことができないまま、アクセリアは仰向けでコンクリートの地面に倒される。異常な衝撃。交通事故レベルの衝撃が学生服のままのチヒロを襲う。何の防御も受身もできなかったチヒロは、その衝撃で意識を奪われた。



Ep 01 End

to be continued...

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―機動史伝アクセリア― 篠原 章 @yashimainc

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