Ep 01.6
オールン連邦ミシップ州
ミッドルース湾沖合メリエール号艦内
夜。波も風も穏やかなミッドルース湾。その沖合にタンカー型のコンテナ船の姿が一隻あった。船名はクイーン・メリエール。だがそのコンテナ船は明らかに不自然だった。コンテナ船でありながら、本来積むべきコンテナは積んでいない。代わりにヘリコプターを一機載せているだけで、碇を沖合で降ろし停泊していた。
その不自然なコンテナ船の船内一室。青色の光でうす暗い部屋。その部屋の壁には大きなディスプレイが設置されており、それ以外にも多数モニターが設置されている。それらのモニターは、うす暗い部屋の中では浮かび上がる。モニター類の前にはナビゲーター席が設置されていて、それらの席は部屋の壁に沿ってコの字状に配置されており、そこに座っているオペレーター達の報告をする声が部屋には響いている。
「連邦軍空軍のFS-11が帰投、FORCAPを第三波のFS-24に引継ぎを確認」
「第44任務班展開完了。二十秒の行動遅延を確認。
「テルニカ沿岸侵攻部隊から報告。戦車連隊並びに歩兵連隊がテルニカ市街に進行。敵の同市街地からの撤退行動を確認」
ディスプレイにはオールン大陸内陸に位置するエリス・エッダ飛行場周辺など、作戦が行われている地域の地図が表示されている。地図上には複数個のシンボルが表示されていてそのモニターの動きは数秒おきごとに変化し、移動する。このシンボルの意味するのは、味方の部隊の位置と状況である。この情報はオペレーター席のモニターにも表示されるが、一番見やすいのは部屋の壁に取り付けられたものである。
その見やすい画面を一番見やすい位置で椅子に座り陣取る一人の少女の姿があった。この部屋の中で唯一の女性で、子供である。背格好は周囲の隊員たちと比べれば、最低でも頭一つ分は小さい。髪はショートボブで、暗い部屋の中でも絹糸のように艶があるのがわかる美しいブロンド。そして小柄な体に大人という言葉は連想できない顔。彼女の存在がこの部屋の空間においては異常であるほどに子供である。
「沿岸地域の制圧は順当そうね…… 8TCTへ後退指示。
彼女がディスプレイを見て誰に向かってでもなく言う。その言葉を
「了解。
「
と彼女が発した命令の内容を担当するオペレーターが該当する部隊に伝達する。
この空間、この船では彼女のことは誰も子ども扱いはしない。それどころかこの戦闘指揮所の中では彼女は一番の高階級である。この部屋の主と言っての差支えはない。それほどに彼女はこの部屋においては重要な存在なのだ。彼女の名はルーナ・エッダ・チャンドラー。この戦闘指揮所の、実務管理部作戦立案官と作戦進行管理官という、どちらも極めて専門的な職務を若干、十四歳で兼任する少女である。
「ここまでは問題はないわね……」
彼女はディスプレイからは目を離さず、そばに置いていたマグカップを手にし、コーヒーを体に入れる。喉が渇いているのではなく、癖である。本来なら作戦行動中の飲食は原則として指定時間以外は禁止される。だがここでは彼女を責める人間は誰もいない。
「全体の雰囲気も問題は無さそうだな」
ディスプレイを見つめるルーナの後ろに、戦闘指揮所に入ってきたスーツ姿の男が立ち、言った。
男の名は
「予想通り進んでいるわ」
ルーナは振り返る素振りはせず背中越しに返答する。
「そうじゃないと困る。君の能力が『彼』の到来を予見した。だからここまで戦力を割いたんだ」
彼。それは他でもないチヒロの事を示している。だがあくまで主語は伏せたまま、ある種の隠語のように御澄とルーナの間ではチヒロの事を彼と呼ぶ。この戦闘指揮所の中で「彼」と呼ばれて、それをチヒロの事と理解できるのは、この艦でルーナと御澄だけである。他の隊員たちは空挺部隊を保有しない連邦軍支援の作戦としか説明を受けていない。しかし実際には違う。この作戦は遂行可能であるならば効果は見込める程度の重要性しか本来はない作戦である。それを承知の上で別な目的を達成するために、わざわざ作戦は行われているのだ。
「そうね、章…… エリス・エッダ飛行場の方はどう?」
コーヒーを片手にルーナが聞く。
「現在も交戦を継続中」
オペレーターの一人が答える。
「損傷した機体は?」
「サックス2がクラスAの損傷。パイロットは生存。他の損失機は今のところはありません」
「思ったよりも首長国軍もやるわね……」
ルーナたちの敵はルーナの指揮のもと飛行場に展開したチームサックスフォン、チームオーボエ、チームティンパニの三チーム。彼らが交戦する首長国軍である。そしてその敵は即ちルーナたちの雇い主である連邦軍の敵でもある。
「やはり全部隊を投入したのは無理があったんじゃないのかな?」
御澄がルーナに向けて言った。予備戦力を一切残さず今回は作戦に投入した。それも連邦軍、首長国軍ともに保有できない、現状では最も新しく性能的に大きく相手を上回る機体である。だがそれでも飛行場周辺が厳しい状況なのは変わりない。補給が続かない状況ではいくら性能が高い機体であっても、戦うための装備が動かなくては意味がない。それにその兵器を扱うのが人間である以上、戦闘を続ければそれに比例して疲労は溜まる。飛行場で展開する三個小隊は既に九時間以上、戦火の中に身を置いている。無論、彼らの戦歴や能力は並みの特殊部隊に所属するアームズオペレーターの技量は優に超える。それに作戦遂行に必須な最低限の補給は辛うじてではあっても続いている。となれば能力的に考えれば、疲労がたまっていても決して作戦遂行不可能ではない。しかしあまりにも無理が過ぎるのも事実である。御澄はそのことを遠回しに指摘したが
「でもアームズ三個小隊全力投入でもしないとエリス・エッダ飛行場の制圧は難しかった。それに彼のテストも必要だから仕方ないことよ」
ルーナは意に介する様子はない。むしろ当然と言わんばかりの態度である。
「まったく、君のその冷酷ともいえる冷静さには恐れ入るよ」
御澄は肩をすくめる。
「こうでもしないと、ここじゃ生きてなんかいけないわ。それに章だって、そんなこと言う割には『彼』用の機体なんかしっかり調達したりして、人の事言えないんじゃない?」
ルーナは反論とまではいかないが御澄に言い返す。
「まあ……それはそうだな」
「そういう事よ。というわけで出すわよ? アクセリア」
「許可する。うまく使ってくれよ」
「それは私に言わないでよ」
そこまで言って一旦会話を切ったルーナは少し間を開けてから
「補充としてアクセリアを出す。サックス2にはそう伝えて」
と戦闘指揮所の隊員たちに命令を放つ。隊員たちが彼女の言葉を基に命令を下していく。それをルーナは確認し
「さあ始めるわよ。うまくやりなさいよ……」
そう戦闘指揮所の暗闇に向けて呟いた。
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