Ep 01.5
夜。時間にして十九時。すでに日は沈み、灯火管制された街には明かりが灯ることはない。だが暗い街を瞬間的に照らす光は、先ほどから空中を飛び交っている。弾丸だ。機関砲などの弾丸に数発おきに混ぜられている曳光弾が、空中にビーム状の線を描く。
昼に攻勢に出た敵である首長国軍は、空港を制圧するシンバール社の部隊を襲う。銃弾の飛び交う量には波があるものの、すでに戦いは九時間以上続いている。
「まだ終わらないのか……」
比較的安全なところでずっと軟禁されているチヒロ。彼は止むことのない敵の攻撃に不安を強く感じていた。
『サックスチーム、CP。そのまま後退し弾薬を補給しろ。それ以上の交戦は危険だ』
『CP、サックス了解。後退する』
『サックス、オーボエチーム。オーボエ2を穴埋めに回す』
『サックス了解、頼むぞ』
チヒロを警護する兵士の無線機からは、先ほどから交信する声がやまない。チヒロには専門用語が混ざっているのですべては理解できないが、状況は芳しくないのだけは彼も理解していた。
「嫌な感じだなぁ……」
先ほどから続く攻撃は時間を置いて繰り返されている。恐らく波状攻撃である。詳しい戦況はわからないが、波状攻撃は攻める側のほうが有利であり、守る側は厳しい戦いなのは流石にわかる。しかし敵が攻勢に出てからもヘリは何機か着陸していた。つまり弾薬は補給できてはいる。しかし消費するのは弾薬だけではない。兵器を取り扱う人間の精神も消費している。だが戦場では容易に人員の補充は行えないと父さんは言っていた。既に長時間の戦闘で人員の疲労はかなり溜まっているだろうというのは想像がつく。現に戦っていない俺でさえすでに相当精神的に疲れている。
止まない砲弾の雨は、物理的だけではなく精神にも大きなダメージを与え続け、チヒロの疲れや恐怖もまたピークに達し始めていた。
「これは俺、このまま一夜ここで明かすことになるかな……」
一夜明かす。そうチヒロは呟くものの実際に考えていることは違った。そもそも生き残れるかさえも分からない。具体的なイメージがわかないが、抽象的に直感する何かがチヒロにはあった。
「最悪だ……何もかも……」
窓から外の戦況を見つめるチヒロ。目の前では終わること無い砲弾が、光の線を虚空に引きながら飛び交い続ける。その虚空に浮かび揺らめく影。その影は飛び交う光の中に四個の、こちらに高速で飛んでくるものがある。
「あれは……」
素人であるチヒロには光が何なのかは直ぐに理解できない。その光は突然遮られる。目の前に巨人――アームズのシルエット。
『さがれ! ATMだっ!!』
目の前にたったアームズは先ほどの女性――シオンの機体であった。目の前のアームズからはシオンの声が響く。
「ATM……? あっ対戦車ミサイル《Anti Tank Missile》か!!」
『御託はいいから早く下がれ!』
ATMの意味を理解したチヒロは部屋の奥へと逃れ、物陰に頭を守りながらしゃがんだ。
物陰にチヒロが隠れたのとほぼ同時に、シオンの機体は発砲。正面から迫る対戦車ミサイル四発を、頭部のガトリング砲と手にしていたライフル銃型の機関砲で迎撃する。四発のミサイルのうち二発は迎撃に成功。だが残る二発は弾幕をすり抜けシオンの機体に直撃。
「シオンっ!!」
爆炎に包まれシオンの機体の姿をはっきりと視認できない。だが、その爆炎がミサイルの直撃によるものなのは状況で分かった。チヒロは爆発の煙が収まるのも待たず、瓦礫まみれの床を構わず走る。そして壁に寄りかかるようにして動かなくなったアームズの背中に取り付く。
「ロボット兵器ってなら緊急開放レバーぐらいあるだろ……!」
チヒロはガンダムとかで得た知識を元に機体のハッチ開放レバーを探す。だがその必要は無かった。背部のコックピットハッチが空気の漏れるような音と共に開く。
「シオンっ!?」
チヒロは開放されたハッチを下から望み叫んだ。それから二、三秒置いてから
「痛つつつ……」
ハッチの内側からヘッドギアらしきものが外に投げ捨てられ、それから人影。
「大丈夫なのかっ!?」
「これくらいじゃ死ぬわけないでしょ……」
シオンは頭をさすりながら這い出るようにコックピットから出てきて、床に飛び降りた。
「まあ、とりあえず無事でよかった……」
「無事なんかじゃないわよ。両腕ともに完全損壊、満身創痍よ」
「怪我したのか!?」
「私じゃないエレイオン(機体)の事」
シオンは大破している機体を指さした。
「ああ、なるほどね……」
どうやらチヒロの早とちりだったようである。
「で、私を心配してくれるのは有難いけど」
シオンのことを心配するチヒロ。そんな彼に対して彼女は言った。
「けど?」
「いつからあなたは私をラストネーム(姓名)ではなく、ファーストネーム(名前)で呼ぶように?」
そうだ。言われてみれば咄嗟に呼んでしまった。そのことを後から気がついたチヒロは
「あ、ええと……」
と返す言葉を無くす。
「まあいいわ。あんまりファーストネームで呼ばれないから驚いただけ。気にしてはいないわ」
「あーまあごめんなさい。ミレーヌって言いにくかったから……」
だがキツイ言葉の割には、さして気にしている様子ではないシオンの姿を見て、チヒロは内心でホッとする。それより彼女は
「それより、機体をどうするかしら」
大破し建物に力なくもたれ掛る、先ほどまで乗っていた機体を見ながら言った。
「まだ戦うつもり?」
チヒロはシオンに聞いた。
「当たり前よ。首長国軍側(敵)はここを諦めていない。放っておけばどんどん敵は侵攻してくる」
「でも機体は……」
「だから機体の補充を頼む」
シオンはそう言って近くに駆け寄ってきた兵士の無線機を手にし
「CP、サックス2。機体にクラスA(行動に深刻な影響)の損傷を受け放棄、脱出した。補充機を要請する」
と無線の相手に言った。すると時間を空けず
『CP、サックス2。了解している。既にHQ《作戦司令部》は補充機としてAMX8の派遣を決定。
と応答があった。
「AMX8? 格納庫の隅にあった奴だな。使えるのか」
『そうだ。整備は完了している。整備中隊長から使用には問題ないとの回答』
「まぁいい、サックス2了解。交信終わり」
内容を要約すると補充機は直ぐに来る。そういう意味の返答が聞こえ、シオンはそれに答えた交信は終わる。
「一九五五時……あと四十分くらいか」
シオンは腕に巻かれた腕時計型の何かを見ていった。
「すぐ来るんだ」
「準備は事前に済ませていたから、すぐに離陸してこっちに向かってくるわ」
「なるほどね」
チヒロは少しだけ苛立ちを含んだ表情をしているシオンの横顔を見て思った。彼女の事を何が戦いに向かわせるのだろうと。平穏な日本に住むチヒロには理解できない。
「なに?」
シオンがチヒロの視線に気づく。
「い、いや何でもない!」
誤魔化す。
「? まあいいわ」
今、この場の空気は少しずつだが変化している。具体的に何が変化しているかは理解できなくても、雰囲気からチヒロは変化を感じ取っていた。だが実際に生じた変化は少しなどではない。しかし、まだチヒロはそれには気がつかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます