Ep 01.4

「間近で聞くとすごいエンジン音だな……」


 続々と着陸してくるプロペラ輸送機。その数はすでに四機目である。さらにヘリコプターも先ほどから飛来するようになり爆音となって鼓膜を震わせている。


 どこかの兵士に囚われていたチヒロは、上空から突如、飛来したロボット兵器に救出され、飛行場で保護されていた。つい二十分ほど前までは散発的な戦闘が起こっていたが、今は沈静化している。その頃から輸送機が着陸を始め、カーゴの内容物を運び出している。輸送機のカーゴからは武装した兵士や、コンテナ、車両などが搬出されていく。その雰囲気からこの空港を制圧しているということはチヒロでも理解できた。


「なんだか、思いもよらない展開になってきた……」


 捕らえられたと思えばロボット兵器が出てきて、俺をかっこよく助け出す。あまりにも非現実的である。


 そう思うチヒロであったが頬をつねると痛い上に、そもそもさっき兵士に銃で殴られた所は未だに鈍い痛みを神経に伝達している。この事実がチヒロを余計に困惑させている。現実的な戦争と、非現実的な兵器。フィクションとノンフィクションの中間。そこに取り残されるチヒロ。状況が認識の上を行く。先ほど死に掛けたチヒロだったが、どこかでフィクションであると認識し、遠い出来事の一つとして片付けようとする心理が働いている。だがチヒロはまだその自身の思考に気がついてはいない。


「現実なんだよなぁ……」


 外の光景を眺めながらチヒロはぼやいた。とりあえずは一安心できると外にいる俺を助けた女の仲間は言っていた。それも今の俺の扱いを見る限り、とりあえずは信用していい。だがどこまで信じられる。いや何を信じればいい。何を信じてはいけない。それらの判別を行うにはあまりに手元には情報が少なすぎる。だが周囲の感じや空気は、俺を自由に行動させる気がないのが分かる。つまりは結局のところ、多少扱いがよくなっただけで本質的に状況は変わらず、手詰まりなのは何も変化していない。身動きが取りたくても取れない。そういう辛さをチヒロは初めて味わっていた。

チヒロは腕時計を見る。時刻は昼時。拘束されたのが七時頃。まだ時間にして三時間程度しか経っていない。だが既に精神的な疲労はかなり溜まっているのが分かる。だが眠いというわけではない。むしろ目は冴えており、頭は思考を止めていない。


「さっきのビジョン……」


 疲れている原因。それは思い当たる節ばかりである。その思い当たる節の中でも、特に置かれている状況が異常なのは大きい。だがそれ以上に気がかりな事がチヒロにはあった。それはあのビジョンである。


「未来……だったのか……」


 チヒロが見た巨人が装甲車を攻撃するビジョン。それは数秒後に現実に起こった。それに体の痛みがある間は現実に起こったことなのだと理解はしていた。だが


「未来予知だって……? そんな非現実的な事があり得てたまるか」


 とチヒロは一蹴しようとした。普段の彼なら喜んだことだろう。だが今はそんな余裕は心には無く、状況も許さない。第一、未来予知などができれば苦労などしない。チヒロはそう考えた。非現実的な事が重なっている中で、チヒロは確定した事実を本能的に渇望しているのだ。


「ああ、クソ……。頭こんがらがりそうだ、全く……」


 チヒロ自身とその周囲で短時間に様々なことが起こった。それも理解できる許容を超え、どこから考えればいいのかわからない。そもそも何が解っているかもチヒロには殆ど把握できていなかった。


 軟禁に近い状態で保護されているチヒロ。誰もいない部屋の中で彼は悩んでいる最中、ドアがノックされ


「チヒロ・北原はいるか」


 とドアの外から声がした。女の声だ。


「いますよ……」


 チヒロは不愛想に答える。それに対して女は


「なら入るわよ」


 と言い、大きな音を立てて入ってくる。


「まだ入っていいとは言ってないんだが……」


「そう。まあいいわ。あなた、チヒロ北原でいいかしら?」


「……そうだよ」


 彼女はチヒロの不服そうな態度は特に気にする様子もなく

「で、体の具合は?」


 と会話を勝手に始めた。


「……お陰様で助かりはしたけど、全身痛い」


「痛いだけ?」


「そうだね」


「なら生きてる証拠よ。我慢しなさい」


「は、はぁ……?」


 なんだ。何しに来たんだ、この女は。チヒロは彼女の反応を見て思わず声に出かかるも、すんでのところで抑え込こむ。そして言葉を一度咀嚼し、当たり障りのない会話を考える。結果


「え、えと……まあいいや。あなたの名前は?」


 と相手の名前を尋ねた。


「シオン・ミレーヌ。あなたを警護するよう命令を受けている」


「で、ミレーヌさんは何しにこちらに?」


「休憩がてら様子を見に。それとこの後のあなたの扱いについても」


「話の本命はそっちか……」


 今の先ほどの会話はただの話しかける口実だったらしい。女は一拍ほどの間をあけてから口を開き説明を始めた。


「まずあなたの身柄は我々、シンバール・グローバル・セキュリティ社が確保し、保護下にある間の安全を保障する。この空港周辺の安全確認が取れ次第、あなたを後方へ移送、身辺確認を行う手筈となっているわ」


「シンバール……セキュリティだって? この装備で警備とは」


「ちゃんと認可を得ている民間の安全保障企業よ」


 英語のセキュリティの日本語訳――警備という単語には程遠い装備。パラシュートによる空挺降下で展開。そして装甲車を一撃で葬れる装備をした組織を安全保障企業、すなわち警備会社Security Serviceとは訳さない。正しい訳は軍事会社Military Serviceだ。父親の職業柄、そういった軍事面への知識は若干多いチヒロ。その彼の知識で見て、彼らの装備は警備ではなく、軍隊のそれに準じた規模なのは明らかだった。軍事という言葉は世論から反感を買う事もある故に、警備と言って実態を誤魔化すことはよくあることだが、このレベルは擁護できる物ではない。安全保障といえば聞こえはいいが、彼女らは民間軍事会社である。


「で、そんな軍事的な警備会社が俺をなぜ保護する? 保護されるほどの高級な身分じゃないぞ」


「警備じゃない、安全保障。そしてそれは私の知るところではないわ」


「あ、そうですか……」


 すごく話しにくい。掴みどころがない、というより俺という人間に向けて話していない。興味の範囲にない。目の前の人間である俺に話をしていないとチヒロは感じた。


「俺はどうなる。後方に送ってどうするつもりだ」


「それも私たちにはわからないわ」


「なんだそりゃ」


「私たちの任務はあなたの保護し、後方移送。その間の警護が仕事。その命令を遂行するのに必要な情報以外は与えられていないわ」


「あぁそうですかい……」


 要するに話すことはない。そういう事だ。先ほどからの彼女から感じる掴みどころの無い雰囲気は、興味がないとかではなく、そもそも俺を仕事の一部程度にしか認識していないからだ。それが分かったチヒロは、改めて無情な周囲の環境と状況に落胆するだけだった。


「……俺の移送はいつ頃になる?」


 少しでも話の中で何か自分の周囲に変化を求めていたチヒロは彼女に尋ねた。


「わからない。状況は流動的だから絶対的な安全は保障できない。だから少しでも安全性が確保されたら、それが失われる前に移送する」


 平然と恐ろしいことを言う彼女。彼女の言うことはここが危険地帯だと言い切ったのと変わらない。


「それって……ここはつまり危険地帯ってこと?」


 チヒロが恐るおそる彼女に聞く。その背後で


『ATM三発、エネミーコンタクト!!』

『敵が攻勢に出ている。防御戦闘』

『ROEに基づき反撃する』


 軍事関連の用語の混ざった英語の会話が、無線機から引っ切り無しに続く。外からはロケットの燃焼音、甲高い空気を切る音、爆発音などが轟いて部屋に響いている。


「……」


 外ではミサイルと砲弾が飛び交いうこの状況は危険地帯という表現でも遠く、適切なのは戦場という言葉だった。


「危険かどうかなんて、節穴の目じゃなければ、わかるんじゃないかしら?」


 シオンは腕を組み、チヒロに冷ややかに言い放った。


「……中にいます」


「そうするのが賢明ね」


 彼女はチヒロの答えを予想していたかの様な態度。だが実際にここが戦場なのは間違いない。外に出るほうが危険だ。


「まあ安心なさい。そう簡単には死なせない。仕事だからね」


 彼女はそう言って部屋を後にした。

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