2話 『自由の身へ』

「 キミ達にはやってもらいたい事があるんだ。まずは手始めに、ある敵を相手に"宝玉”を奪い取ってほしい」


 白い長身の男の言葉を聞き、コザックはその言葉が意味する事を考えるよりも先に口を開く。


「そんな事より、お前ら誰だよ」

「やっぱり、自己紹介の方が先に必要だったみたいかな」


 コザックの言葉に、白い長身の男は底を見せない柔和な笑みを崩すことなくそう答えると、また錫杖で地面を突いた。


「僕の名は、ホワイト。白の魔法士さ」

「私はイーアよ」


 白い長身の男ホワイトと少女イーアはそう名乗る。


「お前は……イーアは、魔法士じゃねえのか?」

「自称魔法士と一緒にいるけど、脱獄したての元囚人よ」


 ホワイトとイーアを交互に見てから納得。

 こんな薄汚いとこにいたのならボロボロの服を着込んでいてもおかしくないし、何より一緒にいたのならホワイトだけ綺麗な格好をしていてもう片方がこれでは違和感がありすぎる。


「何だお前ら?こっから出してくれんのか?ええ?」


 ふと、他の牢にいる囚人が問いかけてきた。

 あまりにも静かに彼らを見守っていたようで、他の囚人達の存在そのものまでも忘れてしまっていた。

 1人が口を開くと、他の囚人達が1人、また1人と口を開いていき、それは飛び火するように牢獄の全土へと感染していく。

 鉄格子がはめられた小さな窓があるとはいえ、牢にいる囚人達が一斉に騒ぎ出せば、耳を塞ぎたくなるほどの騒音にまでなってしまった。


 このままでは騒ぎに気付いた見張りの騎士がやって来てしまう。


「はい、ちゅうもーく」


 すぐさま声を出そうとしたコザックよりも早くホワイトが間の抜けたような声と共に錫杖で床を突いた。


 じゃらん、と一際大きな鐘の音が牢の中で響き渡る。

 騒いでいた囚人達もその音を境に一瞬で口を噤むと、錫杖を突いたホワイトへと一斉に視線が集まった。

 辺りを見渡して、視線が集まった事を確認してから、わざとらしく咳払いをする。


「えー、こほん。キミ達を解放するには、一つ条件がある。簡単な条件だ」


 柔和な笑みを浮かべ続けたまま、指を一本立てて、あまり大きくもない声で囚人達に告げた。


「牢のカギが開いたら騒ぐことなく、迅速且つ穏便に脱出路を皆で協力して確保してほしい。どうかな?」


 ホワイトは立ていた指を口元に当てて首を傾げる。

 静かにこくこくと頷いて応じる囚人達を見渡して、一層満足そうに微笑むと、錫杖で床を二回突いた。

 牢獄に響く錫杖の鐘の音と連動するかのように、鉄格子に付けられた牢のカギが、ガチャガチャと乱雑な音を立ててガチャリ、と一際大きな音を上げて鉄格子の扉が自然と開かれた。


「さあ、約束通り手筈通り脱出路の方は頼んだよ?迅速且つ穏便にやり遂げてくれたまえ」


 両の手を広げて高らかに宣言するように囚人達へ告げると、一人、また一人と鉄格子の扉を開けて牢の外へと解放されていく。

 ホワイトはそんな彼らの姿を眺めた後、再びコザックの方へと向き直る。


「さて、それじゃキミの答えを聞かせてもらえるかな?」

「選択肢にイエス以外の回答が用意されてねえだろ」


 他の囚人達は解放されたが、唯一コザックの牢のカギは、囚人を外へと出さぬために今も尚しっかりと仕事を果たしていた。


 これではもう脅しだろ。

 内心で悪態を吐くコザックに、ホワイトは今一度問い掛けてくる。


「どうする?僕のお願いを聞きいれてくれるかな?どう答えるかはキミの自由だけど、回答次第じゃ自由の身とはおさらばになってしまうけどね」


 ホワイトは微笑みを崩さぬまま言い切るその姿が、コザックは狡賢さを感じで嫌気がさしてしまう。


 コザックの返答を促すように、ずっと眺めてくるホワイトに思いっきり嘆息して見せた。


 決意を固める、とかそんなものではない。

 ただただ本当にホワイトのやり方に嫌気がさした、それだけ。

 だから仕方なしにとコザックは、


「答えは一つしか用意されてねえし、それ以外の正解を残してねえだろ。ならイエスだよ」


 やれやれ、とせめてもの意趣返しのつもりで大きな溜息を吐きだして見せつける。


 コザックの嫌々ながらのイエスに満足そうにホワイトは頷くと、


「よし、契約成立だね。これでキミも晴れて仮初の自由の身さ」


 そう嬉しそうに言い放った。


 コザックは、ホワイトの言葉の意味が理解出来ずにしていると、イーアと視線が交わる。

 彼女に気の毒に同情する表情と肩をすくめる仕草を返されて、ようやくコザックは理解した。



「はあ!?お前、今ので契約成立とか悪徳にも程があんだろうがっ!!」


 選択肢を一つしか与えずそれで契約など、あまりの理不尽さにコザックは声を荒らげる。

 納得いかないとホワイトの襟元を掴んでを拳を振り上げるが、拳が打ち出されるより素早くコザックの目の前に剣の切っ先が向けられていた。


「ごめん、これも契約だから…」


 剣を突き付けて悲しそうにするイーア。

 丸腰で剣を突き付けられれば、コザックには何も出来なく、憎々しげにホワイトを睨みつけてやる。


「そんな怖い顔しないでよ。こうやってキミが殴ってこようとするのは目に視えていたから、その保険だよ。そう邪険にしないでね」


 相変わらず底の見えない笑顔を貼り付けて話すホワイトに向かって嘆息して、しぶしぶ行き場を失った拳をおろすと、イーアも向けていた剣を下げて重いため息を吐き出した。


「若者二人揃ってため息ばかり吐いてると老けちゃうよ?」

「誰のせいだ」

「誰のせいよ」


 ホワイトの苛つく軽口にコザックとイーアの二人の声が重なった。

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マジック・ワンダー・ワールド 比名瀬 @no_name_heisse

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