ただいま

 気が付けば。

 は広ささえ分からない真っ白い空間の只中にいた。


『やあ、はじめましてだね────アンブロイドちゃん』


 目の前には、影が宙空に浮き出たような黒いもやもや。声色は妙に甲高い、人工的な声だった。


 怪しげな姿だ。


 しかしアンブロイドは言葉も交わしていないのに、相対する存在が酷く高次のものだという直感があった。自分では遠く及ばない何かだ。例えば、神のような。


「ここは……?」


われらの御座さ……偉そうに言えばね』


 果たしてアンブロイドの疑念はこの言葉で解消された。

 同時にもうひとつの事実も理解する。


「神……そういえばわたくしは死んでしまったのね」


『その通りだな』


「少し意外だわ」


『何がだい?』


「私のような人工物にも……こんな場へ伺うに値する、魂というものがあったのね」


『それはもちろんだ。魂というものは後天的なものだからね』


「後天的……?」


『単純な話だよ? 然るべき場所に電気が流れれば、そこには意識が生まれる。そこに有機か無機の差は無くてね────無事に自分を保ち、経験を蓄積しさえすれば、やがてはこうして肉体から剥離してもしばらくは形の残る魂となるのさ』


「なるほど、興味深い話だわ。それで私は場違いにもここに居られるというわけね」


『場違いなんてとんでもない。むしろアンブロイドちゃんは半分、神の領域に足を踏み入れているようなものだぜ。神とそれ以外の差は、大きさの差にすぎない。つまり神とはとてつもなく巨大な魂なのさ。そしてアンブロイドちゃんはとても長い期間、濃い経験を積んで生きている。少々小さめだが、及第点だ』


「それはこれから、私に神みたいに生きていけってことかしら?」


『強制はしないがね。まあ、そもそもアンブロイドちゃんは、私の誘いよりも前にやることがあるし』


「やること?」


『待ち人だよ』


 黒いもやもやの一部が伸びて、一方向を指し示した。


 はじめは何もない空間だったが、次第に歪み始めて人の形が現れる。

 次第にディテールがはっきりとし、見覚えのあるポニーテールが揺れた。


「……トウコ!」


 そう、そこに現れたのは初代魔王のトウコだったのだ。


「しばらくぶりね、アンちゃん。空の上で私がまってた!ってところよ!」


「ええ、ええ……500年ぶりかしら」


「えっそんなに?」 


「え?」


 会話がかみ合わない。

 見かねた神が口を出した。


『トウコ、時間の流れは世界を跨げば絶対ではなくなると教えたばかりだろう。お前ってやつはどうしてそんなにバカなんだ?』


「バッ、バカじゃないわよ! ちょっと察しが悪いだけだわ!」


『それをバカと言うんだろう』


「マジかよ……みたまちゃん私に冷たくない?」


『神はお前に限らずバカに冷たいんだ』


「そうなの? それならいいわ! えっ、いいわよね? アンちゃんどう思う?」


「トウコは少し足りないと思うわ」


「なら足せばいいのね!」


 あんまりな問いと答えに、ああ────とアンブロイドは思い出す。

 煤けた家屋に涼風が駆け抜けるような清々しさ。

 この空気にずっと身をゆだねていたい。

 しかし……そう思うからこそ、私はまず頭を下げる。


「……ごめんなさい、トウコ」


「えっ?」


「あなたの一族を滅ぼしてしまった」


「ああ────だいじょぶ。ちゃんと見てた、知ってるよ」


 トウコはアンブロイドの頭をぽんぽんと叩く。


「気にしないで、決してあなたのせいじゃなかった。それに……こう言っては冷たいかもしれないけれど、私は後継者が例え最後はどうあっても、精一杯生きたのならそれでいいの。……みんな、がんばって生きてたよね?」


「……ええ。それはそうだったと思うわ」


「なら何も言いっこなし!」


 トウコは何もかも吹き飛ばすように笑った。


「というか、あなたが面倒を見てた新しい魔王は大丈夫だったの?」


「ネフライトさまのことね」


「長いわね。ネフって呼んでいい?」


「本人に聞きなさいよ……まぁ、そうね。彼には期待しているし、ある程度のことは大丈夫だと思う。前途がまるっきり安泰というわけではないけれど……頑張っていけると思うわ」


「そっか! アンちゃんがそう言うなら大丈夫ね! 私レベルで!」


「実際、彼の印象は少し……あなたに似ていたわね」


「マジかよ~じゃあダメかもな!」


「自分で言わないでよ」


 ひとしきり笑う。

 笑ったあと、トウコが突然佇まいを直し、アンブロイドに向き直った。


「アンちゃん」


 何かと思ったら。


「おかえり!」


「ええ…………ただいま」


◇◆


 アンブロイドとトウコはしばらく旧交を暖めたあと、一緒にこの場を去っていった。新たな戦いに向かったのだ。


 そうして広大な白い空間に残されたのは、もやもやした存在……神だけだった。


『やれやれ……まずはこれでひと段落といったところか。アンブロイドちゃんほどではないが、神も期待しているぞ。如月綾人君』


 少しずつを包んでいたもやもやが晴れていき、やがて紫の髪を流した少女の姿が現れる。頬杖をつきながら、暇つぶしにもう少しだけと────神は如月綾人の世界を観察する。


"ぜんぜん雨降らねぇじゃねえか!! あのクソ神、天気のバランス調整おかしいんじゃねーのか!?"


 さっそく、如月綾人から暖かな現場な声が聞こえた。


『あっはっは……』


 神は本当に愉快そうに笑って、人差し指を彼の世界へと振り下ろす。


 この後────とんでもない量の雨と雷が、如月綾人を襲ったのは言うまでもない。


                         <幼少期編 終>


─────────────────────────────────────


 異世界モノに憧れてぶっつけではじめた今作が、この区切りまで来れたのも読んでいただいた皆様に支えていただいたお陰です。


 この続きはひとまず保留で、世界観の繋がった新作に着手しようと思いますので、もしよろしければそちらもよろしくお願いいたします。


 それでは、ここまで666を読んでいただいた方、ありがとうございました!

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666 ~不吉で不屈の魔王さま~ 宮本星光 @starbound

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