最終回 六時間目 道徳4

「はい、俺の勝ち」

「あーっ! 惜しかった!」

「……どの辺が?」


 徹頭徹尾、押していたのは石原……もとい、マオ魔王だったと思う。しかし柳瀬は「どこを変えりゃ、勝てたかな……」とか呟いて、一人反省会を開いている。その表情が、思いつき、期待、喜び、失態、絶望とコロコロ変わるから、見ていて非常に面白い。

 やがて一つの結論が出たのか、柳瀬が真剣な表情でこちらを見る。


「魔王、能力チートすぎない? 勇者との地力が違いすぎる」

「いや、勇者と魔王ってそういうものだから。勇者と魔王の地力に差がなかったら、それもうRPGじゃないよね。地力に差があるからこそ、勇者って尊敬されるんでしょ?」


 魔王の能力が低かったら、それはファンタジーじゃなくて軍記物だ。石原としてはそういう戦術合戦も好きなのだが、たぶん柳瀬は軍記物とか読んだこともないだろう。


「ね、石原! もう一回! もう一回やろう。次は俺が勝つから!」

「やだよ。お前勝つまでやめないじゃん」

「一回だけ! 一回だけでいいからさ!」

「やだって。それにもう授業も始まるでしょ?」


 ふっと時計を見る。……あれ?


「もう授業時間、始まってる……」


 石原の呟きに、柳瀬が反応する。


「あれ、ほんとだ。まあ今回は結構長いこと、異世界転生してたからなぁ」

「先生、どうしたんだろ」

「さあ? トイレじゃね?」


 柳瀬は誰かが急いでたり消えたりすると、必ずトイレに駆け込んでるとでも思っているのだろうか。

 その時、ガラガラと音がして、担任が入ってきた。その表情が珍しく真面目そうで、石原は居を正す。


「全員、席につけ」

 先生は教卓の前まで来ると、一つ息を吸った。

「今日は授業はなしだ。部活もな」

「えっ!?」


 教室のあちこちからざわめきが起こる。柳瀬もそのうちの一人だ。もちろん授業じゃなくて、部活がなくなったことに対する文句だろうが。

 先生は手を叩いて生徒たちを黙らせる。


「はい静かに。

 いいか、鳥飼公園に、刃物を持った不審者が出た」


 その一言に、クラス全体が別のざわめきに包まれた。

 腕に小さな刺激を感じ、そちらを見る。柳瀬がシャーペンで石原をつついている。


「鳥飼公園って、あれだよな、レンタルビデオの側の……すげぇ近いじゃん」

「じゃない? こんだけ騒いでるんだし」


 部活のない月曜に、石原と柳瀬もよく行くレンタルビデオのすぐ近くに、その公園はあった。


「よって今日は授業は中止。集団下校にする。今日はなるべく外に出ないようにな。

 はい、ほら準備しろ」


 ざわざわしつつも、授業が切り上げられることを喜ぶ生徒の方が多い。実際に自分が被害に遭うなんて考える人はそうはいないから、空気は緩んだものだった。


「なあ、柳瀬。不審者だってさ。しかも刃物持ってる」

「それが? ……あ、もしかしてお前、俺を怖がらせようとしてる? 残念でしたー、ホラー以外は怖くないですー」

「いや、そうじゃなくて」

「じゃあなに?」


 石原はニヤリと笑って、小声で言った。


「勇者ユウイチは、通り魔に刺されて異世界に行ったんだろ?」

「……それが、なんだよ」


 柳瀬が不安げに眉をひそめる。石原が言いたいことはわからなくても、なんとなくヤバいことを言いだしそうな雰囲気は察したようだ。


「集団下校抜け出して、行ってみる? 鳥飼公園」

「……は?」


 柳瀬が面白いくらい目を丸くしている。


「近いうちにするんでしょ? 異世界転生」

「え、うん……いや、え?」

「どうする?」

「え……っと……」


 柳瀬の目が面白いくらい泳いでいる。逡巡が窺える。いや、どちらかというと、行きたくないけど、そう言い出せないような感じか。

 やがて柳瀬はおどおどしながら言った。


「今日は……やめとく、かな。

 ほら、引退試合も控えてるし、異世界転生するなら、それが終わってからの方がいいかなー、なんて……」


「……ぷっ。

 あっははははは!」


 石原は人目もはばからず爆笑した。笑いすぎて目尻に涙が浮かぶ。


「な、なんだよ!」

「いや、お前ほんと馬鹿だなって」


 涙をぬぐいながら石原が言う。柳瀬はやや憮然としてこちらを睨んでいた。


「今日の集団下校、不審者が出たからでしょ? 先生が見回るに決まってんじゃん。抜け出すなんて、はなから無理だって」

「んなっ! お前っ!」


 石原はひとしきり笑うと満足して、リュックを背負う。柳瀬とは住んでいる地区が違うから、集団下校をするなら、帰る団体は別だ。


「じゃ、明日な。柳瀬」

「……おう、またな」

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異世界転生について真剣に話し合ってみる 佐倉 杏 @an_s

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