にゃんこ法廷
猫目 青
にゃんこ法廷
「はぁ……」
ぴょんと猫耳を立ち上げ、カット王子はため息をついていた。周囲を見回し、カットはアイスブルーの眼を嫌そうに顰める。
カットを取り囲む、猫、猫、猫の群れ。
その猫たちが後ろ足でちょこんと立ちあがり、カットを一様に睨みつけているではないか。猫たちの前方にはひときわ大きな赤毛のノルウェージャンフォレストがいて、潤んだ翠色の眼でカットを睨みつけている。
ノルジャンのモフモフな毛に顔を埋めたい欲求にかられながらも、カットは口を開いていた。
「レヴ……。これは一体どういうことなんだ?」
「煩い! 心当たりがないとは言わせません! 俺たちはあなたに毎日、毎日苦しめられているんだ!! 今日こそはその恨みを晴らしてやる!!」
ぴんっと愛らしい前足をカットに向けレヴは叫んでみせる。その声がカットたちのいるすり鉢状の法廷に響き渡った。
そう、ここは動物たちの裁判所。
カット王子は今まさしく、猫たちによって裁判にかけられているのだ。
――セクハラという罪状によって。
ぴっとっとレヴの髪に顔を埋めると、モフモフの猫毛を体感できる。それを発見したときのカットの喜びようと言ったらそれはそれはトンデモナイものだった。
彼が人の姿になっていても、彼の柔らかな毛並みを楽しめるということなのだから。
人の姿をとったレヴの体温は人間のそれというより、猫のそれに近いのでカットはレヴを抱きしめることも忘れない。
「だから人の姿のときに俺を抱きしめるなって言ってるだろうが! このクソ糞猫耳王子!!」
怒声と共にレヴの肘鉄がカットの腹部を直撃する。うぐっとカットは呻いて、レヴから腕を放した。そのままカットは力なく床にへたり込む。
「そんな……俺はレヴが可愛いから抱きしめただけなのに……。酷いよ、レヴ……」
へにょんと銀灰色の猫耳を力なく垂らし、カットは涙目でレヴを見あげた。
自分より背の高い青年に変身したレヴは、美しい赤毛を翻してカットを睨みつける。その眼がほんのりと潤んでいることに気がついて、カットはうっとりと眼を細めていた。
「レヴってば、俺に抱きしめられたのが嫌で泣きそうなのか……。女の子みたいでかわ……」
「だからそういう言動をやめろって言ってるんだよ!」
カットを怒鳴りつけながらも彼は腰を折り、カットに手を差し伸べてくる。
「本当、猫の姿のときは我慢すますけど、俺が人の姿になってるときはそういうのやめてくださいよ……。周囲の眼があなたをどう見るか……」
レヴがため息とともに吐き出した言葉に、カットは苦笑していた。
カット・ノルジャン・ハールファブルは猫の王である。
王子であるカットが魔女の呪いによって耳を猫耳に変えられたことにより、すべては始まった。
国を継ぐ王子に猫耳が生えた。それは幼いカットを混乱させたし、王族の間に激震が走った出来事でもあったのだ。
古来より、王族は魔女との婚姻を義務づけられている。その魔女の血により王族に所属する者たちは祝福され、呪いから護られるのだ。その守護の力が強ければ強いほど、その者は王を継ぐ人物に相応しいとされている。
それなのに、王位を継ぐカットが魔女の呪いにかかってしまった。
魔女である亡きカットの母は彼の猫耳を元に戻そうとしたが上手くいかなかった。苦心の末、王妃である彼女は猫たちとある契約を交わすのだ。
猫耳の呪いによって半分猫になったカットを、猫たちの王にするという契約を。猫たちは魔女の使いであり、魔女と同様に魔力を持つ生き物だ。
そんな彼らに王妃は嘆願した。
人間たちが王国をあげて猫たちを保護する。代わりに呪いにかかった王子を王として守って欲しいと――
カットが猫の王になれば密かにこの国を狙っている近隣諸国への牽制にもなる。なぜなら、彼に何かあれば国中の猫たちが彼のために動き出すのだから。
「お前が守ってくれるから大丈夫……」
立ちあがったカットはレヴに抱きついていた。
「だからっ!」
「レヴ、俺の事嫌いか?」
顔をあげ、カットはレヴを見あげていた。彼に嫌われているのではないかと不安になって、眼が潤んでしまう。
「嫌いな訳ないでしょう……」
困惑した表情を浮かべながらもレヴが猫耳をなでてくれる。そんな自分たちに向けられる眼差しにカットは気がついた。
廊下に立ち自分の部屋を守っていた近衛兵の1人が、扉からこちらを見つめている。彼はげんなりした眼差しをカットとレヴに送っていた。その彼の背後から女性の近衛兵たちが顔を覗かせ、小さな悲鳴をあげながら何やら話し合っているではないか。
ぱっとレヴが自分の体を放し、彼らを睨みつける。こちらを覗いていた近衛兵たちは慌てた様子で持ち場へと戻っていった。
「また噂になるな。俺たち……」
ふっとレヴの耳に息を吹きかけ、カットは囁いてみせる。レヴの耳が赤くなって、振り向いた彼はカットを睨みつけてきた。
「あなたって人は……」
「いいだろう? 俺たち恋人同士なんだし――」
「それは噂でしょっ!」
「まぁ、その噂を流したくてお前にじゃれついてるってものあるけど――」
背後からレヴを抱きしめ、カットは彼の耳元で囁く。
「お前が人の姿のままでも、可愛すぎるってのがある……」
「ひぃいいいいぃぃ!!」
「あれ?」
レヴが悲鳴をあげる。彼はカットの腕を振りほどき、きっとカットを睨みつけてきた。
「だからセクハラはやめろっ! 俺だけじゃなくて、人の姿になってあなたを見守ってる城内の猫たちにもあなたは同じようなことしてますよねっ!? あなたは俺たち猫の王様なんですよ! 少しは自覚を持ってください!!」
城内には、レヴのようにカットを守るために人の姿をとった猫たちが密かに紛れ込んでいるのだ。レヴの仕事はカットの護衛だが、そんなレヴ以外の擬人化猫たちにもカットは同じような仕打ちをしている。
例えば、急に抱きついたり。ちょっとした仕草が可愛いと耳元で囁いたり。
「それの何がいけないんだ?」
レヴがどうして怒っているのか分からず、カットは首を傾げてみた。困惑したようにカットは猫耳をゆらしてレヴを見つめる。
カットにしてみれば可愛い猫の臣下たちにじゃれついているだけなのだ。猫の姿のときはいくら抱きしめても、お腹をモフモフしても、猫たちは甘えてくれる。
なのに人の姿になるそれらを拒絶して、みんな冷たい態度をとってくる。
人の姿になった猫たちの冷たい眼差しを思い出して、カットは眼に涙を浮かべていた。
「俺はお前たちが可愛いから、可愛くてしょうがないから抱きしめたり、なでたりしたいだけなのに――」
「いやーーー!!」
カットの言葉にレヴが頭を抱えて悲鳴をあげる。その悲鳴に呼応するように、にゃーと城内のいたるところから猫の鳴き声が聞こえてきた。
カットの発言に抗議するようにその鳴き声は大きくなり、城を包み込んでいく。
「な、なんだっ!?」
「ああぁ、もう限界だ! 我慢できない!! こんな職場やってられっかぁ!!」
ぼんっとという音と共にレヴの体が煙に包まれ猫の形をとる。しゅたっと彼は床に着地し、しゃーとカットを威嚇してきた。
「訴えてやる!! 法廷にあんたを引きずり出す!」
「法廷っ?」
「容疑はセクハラだ―!!」
レヴの叫び声と共にカットの視界が暗転する。ぐわんぐわんと回る視界を見つめながら、カットの意識は遠のいていった。
気がつくと、カットはすり鉢状の法廷にいて、その被告人席に立たされていた。手にはマタタビで作られた手枷が嵌められ、傍聴人席にはにゃーにゃーと非難の鳴き声をあげる猫たちが座っている。
「これより法廷を開始するっ!!」
聞きなれた声が法廷に響き渡る。驚いてカットは自身の前方を見つめた。法衣服に身を包んだ猫姿のレヴが、裁判官の席に座っているではないか。
「レヴ可愛い! この前着せた猫用のドレスも可愛かったけど――」
「うるせぇ! 雄猫の俺にフリフリのフリルとレースがふんだんにあしらわれた特注の雌猫用ドレスなんて着せやがって!! それもセクハラ容疑の1つとしてここで訴えてやるぅ!!」
『にゃー!!』
レヴの叫び声に呼応し、傍聴席の猫たちが非難の鳴き声をあげる。レヴはカンカンと槌を打ちつけ静粛にと猫たちに呼びかけた。
こほんと咳払いをして、レヴは厳かに口を開く。
「被告人カット・ノルジャン・ハールファブル。貴殿は我ら猫の王でありながらその臣下たる猫たちに度重なるセクハラ行為をおこなってきた。その罪は重い。よってこの法廷にて貴殿の罪を明らかにし、罰を言い渡す」
『にゃあああああ!!』
レヴの言葉に猫たちが賛同の鳴き声をあげる。何が何だか訳が分からず、カットはきょとんと片猫耳をたらしていた。
「俺の罪って何? セクハラって、何でお前たちを可愛がることが罪になるんだ」
しんと法廷が静まりかえる。猫たちは唖然とカットを見つめてくるではないか。何だか居心地が悪くなって、カットはあきれ顔のレヴを睨みつけてみせた。
「レヴ、俺の何が気に食わないんだよ! お前だって猫のときは俺に体をすりつけてきたり、ご飯を食べたあとなんて、夢中になって俺の唇を舐めてくるじゃないか。人間の姿のときだって酒飲んで酔っ払うと俺に抱きついてきて、上目遣いで陛下大好きです。捨てないでって甘えてくるくせに……。それに一緒に寝るときはいつも……」
レヴと寝ているときのことを思い出し、頬が熱くなる。恥ずかしさのあまりカットは両手で顔を覆い、猫耳をたらしてみせた。
「駄目だ……お前が可愛すぎて、その……」
「いやぁああああ!!! 話さないで陛下!! 恥ずかしいから! やめて!!」
前足で猫耳を折りたたみ、レヴは叫ぶ。そんなレヴを傍聴席の猫たちが睨みつけてきた。
「陛下にそんなことをしてもらっているのか? レヴ殿は」
「私、陛下と一緒に寝たことないです」
「そうだよ。たまに陛下を譲れと言っても、護衛という自身の立場を利用してレヴ殿は我々猫を陛下から遠ざけている……」
「私たちの王様を独り占めしている」
「独り占めしている……」
「そう、独り占め……」
にゃあああああああと傍聴席から猫たちの非難の鳴き声があがる。その鳴き声を浴びるレヴはびっくりした様子で猫たちを見つめることしかできない。。猫たちは牙を剥き出しにしてレヴに襲いかかっていく。
「何でー!?」
「レヴっ!」
悲鳴をあげるレヴのもとへとカットは駆けていた。両手を拘束するマタタビの手枷を千切り、カットは愛しい飼い猫のもとへと迫る。にゃあにゃあと同胞たちによりぷにぷにの肉球を押しつけられ、体を甘噛みされ、背中に乗っかられ、しっぽでぺしぺしと額を叩かれているレヴの元へと。
「やめてぇ! ごめん。ごめんなさい。でも、俺だって陛下のことが大好きで、この中で陛下を1番守れるのは俺だけで……陛下を守るためには常に側にいなくちゃいけなくて……あぁ、やめて、背中に乗っからないで。首筋をはみはみしないでぇ……」
「レヴっ!」
レヴに群がる猫たちを押しのけ、カットはレヴを抱き上げる。そんなカットにレヴはいひしっと抱きついてきた。
「陛下―! 恐かったよ! なんでみんな急に怒るの!? 俺だって好きで陛下を独り占めしてるわけじゃないんだ!! そうじゃないと陛下を守れないから、そうしてるだけなのに!!」
涙で眼を潤ませながらレヴはカットの顔を見あげてくる。ぷるぷると震えるレヴの姿がなんとも愛らしく、カットは思わずレヴを抱き寄せていた。
「ヤバい!! レヴ、めっちゃ可愛い!!」
「あぁ、レヴがまた陛下を独り占めしてる!!」
「ズルいぞ!!」
そんな2人の様子を見て猫たちから非難の声が上がる。びくりと体を震わせるレヴを抱え直して、カットはそんな猫たちを睨みつけてみせた。
びくりと眼を見開いて、猫たちが鳴くのをやめる。
「じゃあ、俺が独り占めされないように、今夜はみんなで寝よっか!!」
固まる猫たちに、カットは満面の笑みを浮かべてみせた。
「で、何でこうなるんですか?」
人の姿をとったレヴが整った顔を歪めカットに問いかける。そんな彼の額に自分のそれを押し当て、カットは微笑んでみせた。
「だって、猫の姿のお前と寝てたら、みんながお前に嫉妬して、またお前に襲いかかるだろ?」
得意げな笑みを浮かべ、カットはレヴに答えてみせる。レヴは呆れた様子でカットから視線を逸らし、周囲を見回した。
自分たちが寝そべる寝台を所狭しと猫たちが埋め尽くしている。猫たちはぐるぐると喉を鳴らし、体を気持ちよさそうに主人のカットに擦り付けていた。何を考えているのか、にゃぁと人の姿をしたレヴに甘えてくる猫もいる。
「いいじゃないか、みんなの嫉妬心も収まったことだし一件落着。なんの不満があるんだ?」
ふいんと猫耳を動かしカットは笑顔を深めてみせた。はぁとレヴはため息をついて、カットを抱き寄せていた。
「ありがとうございます……。その、お陰でニャンモナイトの刑は免れましたし……」
「なんだ、その刑?」
「何でもないです……今日はもう疲れたから、眠りたい……」
カットの胸元に顔を埋め、レヴはだるそうに声をはっする。そんなレヴの髪を優しく梳いて、カットは彼の耳元で囁いていた。
「愛してるよレヴ。だから命令だ、これからも側にいろ……」
かっとレヴの耳が赤くなる。長い赤毛の間から顔を覗かせ、彼は不機嫌そうに吐き捨てた。
「当たり前でしょ……。そんなの……」
潤んだ彼の眼が何とも愛らしい。カットは導かれるようにレヴの髪を掻き分け、その額に唇を落としていた。
にゃんこ法廷 猫目 青 @namakemono
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