はい、あーんして。

満月 愛ミ

 はい、あーんして。

 晴天の空の下、私は屋上でうんと思いきり伸びをして、お弁当の入ったビニール袋を開ける。私の隣には高校に入ってからも相棒をしてくれている、空色のシャツを着たもとっちゃんが座ってお弁当が出てくるのを待機していた。


「えぇーっ! また“あなたの親戚コンビニ亭”で買ったお弁当ー?」


 色白の肌をした彼はしょんぼりして私とお弁当を交互に見てきた。栗色の髪がそよ風に揺らされていて、それがなんだか心ごと吹かれてそうな感じ。

 私の半袖のカッターシャツも、柔らかい風がゆったり揺らしていく。


「またって、今日は“豚肉親戚ハンバーグ弁当”なんだけど。それになんで文句言われないといけないの? あんたには関係無いでしょ」

「関係なくないよ。豚肉の親戚なんて別に考えたくもないし栄養よくないって。れんちゃんが心配だよ」

「あのね、どこもコンビニ売上の競争してる世の中だよ? お客の目を止まらせるインパクトのある名前つけないといけなかったんじゃない?」


 もとっちゃんはコンビニ弁当のフタを手に取ってそのラベルをまじまじ見つめていた。


「イノシシ弁当の方がシンプルでインパクトあるのにね。まぁそれよりも栄養大事だよ、蓮ちゃん」

「もしかしたらただの豚肉から、加工してミンチが親戚っていうことが言いたいだけだったら笑っちゃうけどね」

「あ、蓮ちゃんすごい、天才。多分そういうことだと僕は思う。案外ちゃんと栄養取ってたんだね蓮ちゃん」


 手を揃えてぱぁっと目を輝かせるもとっちゃん。あんたは乙女か。


「あのね栄養栄養って、もとっちゃん。近代のコンビニ弁当は栄養のバランス、ちゃーぁんと考えてるんだよ。それに現代の栄養学なんてどれもこれも説がありすぎて何をどうすればいいかなんて正直、あんまわかんないし」


 私はもとっちゃんへ大き口を開けて「ほら、食べさせてよ」とぱちくりとして見る。もとっちゃんは渋々私からお弁当を受け取り、ハンバーグを丁寧に切って小分けしていく。


「うー……。僕は蓮ちゃんが心配でならないよ」


 もとっちゃんは私の口にハンバーグをひとつ食べさせてくれた。

 ああ、口の中に広がる香りと肉汁、それにソース!

 たまんないっ。


「おいひー……! 勉強後のお弁当は最高っすな」

「……これが蓮ちゃんの手作りだったらもっと最高っすな」

「真似しないでよ」

「うー……蓮ちゃんつめたい」


 顔や髪だけじゃなくてお弁当を持つ手もしょんぼりするもとっちゃんが時々可愛いと思ってしまう私は意地悪なのだろうか。


「はいはい、もとっちゃん四の五の言わずに次、次っ」

「はぁいー……」

「はむっ。うん、うん! ハンバーグにチーズも乗ってるから最高!」

「まぁ……。蓮ちゃんが美味しそうに食べてるから、いいんだけど。あぁ、チーズがぽとって落ちるから食べさせにくいなぁ……」

「ハンバーグでチーズの糸くるくるしたらいいじゃん」

「ああ、こう、かぁ……なるほどー」


 ハンバーグに無事にチーズを巻くと、また私の口へと運んでくれた。

 さっきは、もとっちゃんがめずらしく真面目な男らしい声を出すものだから私はちょっと驚いてしまった。


 もとっちゃんって可愛い、女の子みたいな男の子だよねってばっかり思ってたから、意外。

 案外男らしいとこあるのかもね。

 もし私がちゃんとしたお弁当作ったら、もとっちゃんはどう思う?

 少しはびっくりして、見直したりしてくれるのかな。


「はい、蓮ちゃんもう空っぽになったよ」

「あ、ほんと。欲を言えばもっと量増やして欲しいよ、コンビニ弁当さんよー」

「まぁまぁ、お弁当に何言ったってしょうがないじゃん」

「まぁね」


「もう蓮ちゃんは」と、もとっちゃんが笑うとお弁当を静かに片付け始めた。


 手作り弁当、ねぇ。

 なんとなく空を見上げて、ゆったりと流れていく淡い雲を見ながら心の中で呟いた。


 私はそれから授業中に明日のお弁当の献立というものを考えていた。

 料理ってスクランブルエッグとかウインナーしか焼いたことないから、簡単なのがいいなぁ。

 スパゲティー……茹でて、あとは売ってるミートソースかけて食べたらいいでしょう?

 よし! これなら簡単! スパゲティ茹でるだけで簡単!


 私は「私ってば天才!」と机の下でガッツポーズを取っていた。まわりの子がちらっと見てきたけど、そんなの気にしない。

 明日、もとっちゃん驚くぞぉー。いっしっし。


 お弁当箱なんて持っていなかったから、まずはお弁当箱を買わないと何も始まらない。

 学校の帰り、近くのショッピングモールへ寄って、夕方特有の主婦ラッシュという混雑の中でやっと見つけた、白いうさぎのロゴが入ったピンク色の可愛らしい二段弁当を買って帰宅した。


「麺はどこだー……っと、あったあった」


 私が台所でスパゲティーの材料を用意していると家族の皆に見られて「蓮が料理!? うそ何事!?」と驚かれるばかりだった。家族でもそんなに驚くんだもの、もとっちゃんだって絶対驚く!

 私はにやける顔を家族に隠しながら沸騰した鍋に麺を散らばせた。


「めっちゃにやけてるけど蓮、良いことあったか」

「わ、わ、さえったら口に出さないでよっ」


 隣から背を曲げて覗き込んで来た彼。背が高くてスマート。でもしっかりとした筋肉もある。


「わりぃわりぃ。おお、今日はスパゲティか」

「そうだよー、今日は冴の出番」

「おう任せとけ。蓮がやけどしちゃ大変だからな」

「頼もしい! 冴は頼もしすぎる!」

「はは、ありがとな。今日は蓮が初めて料理するんだし、こりゃ大役だな」


 頼もしいんだよね、冴が居るおかげでお母さんも料理がすごく助かるって言ってる。


「熱いから気をつけろよ」

「うんっ、大丈夫大丈夫!」


 茹で上がった麺を、広げたお皿に盛り付けてくれた冴。

 茹で上がるまでの熱気で私は汗ばんでいた。少し茹でただけなのに、料理って大変。


「よし、盛り付け完了。よく頑張ったな、蓮」

「うぅう……ありがとう、冴ぇー……!」


 それでも褒めてくれる冴は天使だよ。

 ちょっと料理する気、上がるかも。


 次の日の朝、二段弁当の一段目にお母さんが作ってくれた昨日の夕食の残りを詰めて、二段目に私が作ったスパゲティーを詰め込んだ。


 ふっふっふ、お昼が楽しみだなぁ。


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り終わる。お昼休みだ。同時に私はお弁当バッグを持つと賑やかになった教室を抜けて屋上へ駆け上がる。


 屋上に着いて、思い切り伸びをしてから座り、お弁当バッグを開ける。


「ねぇねぇ蓮ちゃん、今日のお弁当なんか雰囲気違うね?」


 私が新しく買ったお弁当箱を見て、身を乗り出したもとっちゃんは明らかにワクワクした様子だった。


「ふっふっふ……聴いて見て驚けー……じゃじゃん! 今日はスパゲティ作って持ってきたのだぁっ」


 私が腰に手を当ててドヤ顔すると、意外にも「わー、そうなんだ……」と、どこか棒読みだし、少し表情が曇ったもとっちゃん。

 あれ。


 私達の間を、やさしく巻くような風が砂の香りをつれてきて、制服や髪をふわりと撫でていった。


「ど、どうしたの、昨日はあんなに私の手作りがどうのとか言ってたくせに」

「うん。確かに言ったよ」


 あれ。

 どうしたのもとっちゃん。なんだかいつにもまして不服そうな表情なんだけど……。


「……じゃあ、何?」

「ねぇ蓮ちゃん。スパゲティっていうことは、さ。冴と作ったんでしょう」


 あ、やっぱり、もとっちゃん。そこか。

 でもどうしてそう思うの。


「そうだけど……。だからって、何?」

「ううん……なんか、いいなぁて……」

「いいなぁって、理由言ってんじゃん」

「うん……」


 上目遣いで私を見てきたもとっちゃん。しょんぼりモードなんだけど、ああもう。なんて可愛いんだコンチクショー。


 これじゃ食べさせてもらえる雰囲気じゃないかなぁと思って一旦お弁当にフタをする。

 もとっちゃんが「え?」と小さく言って私を見た時だった。

 近くでガサガサというビニールがしわくちゃになるような音が聴こえたかと思えば、「バイバイ」という男女の声がして私達はその方向を見る。


 屋上には私以外の生徒がいたようで、そろりと覗いてみると私達が居るところだとちょうど死角になる場所にその女子は居た。

 その生徒が「バイバイ」と言っていたということはそれまで友達か誰かが居たはずなのだけど。

 彼女を見るまでそこまで時間はかからなかったはずなのに、そこには一人の女子とお弁当箱が入っていたと思われるビニール袋はあっても、他には誰も居なかった。

 その女子が立ち上がると私達の前を通って、そのまま居なくなってしまった。


 その姿を見て、もとっちゃんは更に表情を歪ませていた。


「あ……そう、か」

「え? 何?」

「ううん……捨てられちゃったんだなぁって」

「あー……」


 なるほどと、私は先程の女子生徒の後ろ姿を目で追うもとっちゃんを見た。


 もとっちゃん達は皆が皆、私みたいにパートナーが居るわけじゃない。

 お弁当の時間だけの付き合いになる人たちだって居るし、結構多いんだよね。


 私達は、彼らの本当の姿を知らない人なんて居ない。


「切ないよね。分かってたとしても」と、もとっちゃんは苦笑しながら話している。


「うん」

「僕はね、その……蓮ちゃんに相棒にしてもらうだけでも嬉しかったのに、ここまで大切にしてくれるなんて思ってもみなかったんだ」

「うん……」


 だって、もとっちゃんは私の好きな、持ち手が空色の可愛らしいお箸だったから。しかも丈夫だったから、かなりの長い付き合い。


「他のやつに、蓮ちゃんをとられたくないよ。その、捨てられたくないとか、えっと……そういうんじゃなくて……。あ、あと、蓮ちゃんに友達ができるのは僕、嬉しいからね!」

「もう、大丈夫だってば。それに友達のことは大きなお世話っ」

「うん……だけど……」


 ああ、冴のことだったよね、さっき話しに上がってたの。そういえば。


「私が料理する原因になったの、あんたなんだから」

「え?」


「原因って」と眉を八の字にさせたもとっちゃん。ああもう。日差しが当たらないように影に居るのに、素直に伝えようとすればする程身体がこんなにも熱い。


「だからっ。もしもとっちゃんがあたしの手料理がいいみたいなこと言わなかったら、絶対今でもコンビニ弁当だったってこと」

「……また“あなたの親戚コンビニ亭”で買ったやつだったってこと?」

「そう。それじゃ、喜んでくれないじゃん」

「え、誰が?」

「あんたよ。もとっちゃんだってば」


 もとっちゃんはわかりやすい程、みるみるうちに瞳が潤んでほっぺたがピンク色に染まっていく。肌が色白だからわかりやすいったらない。


「ほんと?」

「うん」

「ほんと……に!?」

「あーもうっ、冗談にして欲しいならそうするけど」

「嫌! 嫌です!」

「わ、わかったから……あっはは」


 わかりやすいぐらい必死になるもとっちゃんに笑ってしまう。


 使い捨てのお箸って、切ないから私やめたんだよね。

 もとっちゃんみたいな使い捨てのお箸がもしあっても、バイバイしなきゃなんないし。

 っていうかお互い最初からバイバイするつもりだから、せっかく出会えても会話もまともにできないし。

 それに、何回も“はじめまして”しなくていいし。


「あーもう、もとっちゃんのせいで笑いすぎちゃって、お腹すきすぎてやばい」


 もとっちゃんは気づいてないかもしれないけど、私だってもとっちゃんのおかげで一人で食べるお昼ご飯の時間、楽しくなったんだよ。


「もうー……。蓮ちゃん笑いすぎっ! 僕、こんなにも嬉しいのにさぁぁ……!」

「え? もとっちゃん泣いてない?」

「泣いてません!」


 全力で目をこすったもとっちゃん。それから私の作ったスパゲティーをくるくると器用に集めている。


「はい、蓮ちゃん。あーん」


 まだまだこれからも、いっぱい食べさせてもらうんだからね、もとっちゃん。


 記憶を持ってもらえることってこんなにも嬉しいことだったんだって、思ってもみなかったんだから。


「あーん……。んんっ! おいしっ」

「うんうん、流石蓮ちゃんの作った料理だね」

「ふっふっふー。もっと褒めてくれたまえぇ」

「ねぇねぇ、蓮ちゃん」

「なに?」


「僕、蓮ちゃんと相棒になれたこと、楽しいし……幸せだよ」


 ああ。もとっちゃん、そんな眩しい笑顔しちゃってさ。

 ほんっと、素直な奴だなコンチクショー。


 あたたかくそよぐ風が、私達を穏やかに包むように駆けていった。

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