最終話 アナタのタメにミツギます
『あの』
「はい?」
その日も、彼女は開店と同時にやってきた。
ぼくは勇気だして──それはマニュアルに反することだったけれど──彼女に、問いかけた。
『これを、受け取ってもらえますか……?』
ぼくが差し出したそれを見て、彼女は目を丸くする。
それから、くすりと笑って。
「ああ、やっと使い方が分かったわ。ありがとう、ATMさん」
ぼくに、そう言ってくれた。
ぼくは嬉しさで、それは舞い散らかしてしまいそうになったけれど──彼女がそれを受け取るのを待った。
これがぼくの、最後の仕事。
ミツグくんであるぼくは。
彼女の手に。
老婆の手に、そっと──札束を握らせたのだった。
§§
古いATMが、銀行から搬出されていく。
耐用年数を過ぎた、一世紀は前の代物で、製品名は〝無人キャッシング・ミツグくん〟。
ぼろぼろではあったが、〝ミツグくん〟はどこか誇らしげでもあった。
それを見送る影が一つ。
老境の女性。
彼女の手には、今しがたそのATMから引き落としたお金が、封筒に入れられ丁寧に握られている。
「お金の降ろし方、ずっとわからなかったのよね。AIさんって、使ったことなかったから……」
そう不満を口にする彼女は、しかし笑顔だった。
ときは2119年。
多くの企業は窓口にAIを採用し、大手の銀行もその例に漏れなかった。
人々はキャッシングの手続きをAIに依存していたのだ。
しかし、年老いた彼女にはその仕組みがわからない。
毎日通ってみるものの、店員など居はしないし、時には時代遅れの銀行強盗がATMを壊そうとしたりして、いよいよ手持ちの財産がなくなった今日──
それでも無事にお金をおろすことができた彼女は、軽い足取りで帰途に就く。
自分と同年代に発売されたATMを見送りながら。
そういえば、黄色いハンカチでディスプレイを拭いてあげたこともあったなと思い出しながら。
「ああ、本当に今日降ろせてよかった」
彼女は笑顔だった。
それそのはず。
なにせ今日は、彼女の──
「孫の誕生日ぐらい、盛大に祝ってあげなくちゃ。四十年もふらついてる、ヒモみたいな孫だとしてもね!」
老婆の願い。
ATMの願い。
あと、ヒモの願い。
広大なようで狭い世界で繰り広げられた物語は。
こうして、すべての願いが叶う形で、幕を降ろしたのだった。
世の中には、ATMと呼ばれる人種がいる。
これは、本当のATMが、人に恋した物語──
アナタのタメにミツギます 了
ATM ~アナタのタメにミツギます~ 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo
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