黄昏に見た君の目は潤んでいた

天崎 剣

黄昏に見た君の目は潤んでいた

 その日、夕暮れの街に溶け込みそうなほど、彼女は酷く虚ろな目をしていた。溜め息をつくでもなく、何かを呟くでもない。ただじっとたたずみ、静かに笑った。

 商店街の灯が淡い色で辺りを照らし初め、彼女の沈んだ表情に影を作る。

 帰る方向が同じ、それだけが僕と彼女を繋いでいる。僕の気持ちをいつか伝えなければと思っているのに、今日もまた、いつものように二人並んで歩くだけだった。彼女は僕をどう思っているのか、学校からの帰り道に口をついて出た言葉は、どれも他愛ないことばかりで、きっと彼女は僕を異性とは見ていない、只のクラスメートに過ぎないんだと、改めて思い知らされただけだった。


「じゃあ、またね。明日、学校で」


 八百屋の前で止まった彼女は、肩に掛けたバッグを背に回し、身体の後ろで指をもてあそんだ。この小路から先に彼女の住むアパートがある。僕の家は通りの向こう、一緒にいられるのはここまでだ。

 はにかんで、彼女はまた視線を落とした。本当は何か言いたげだと、僕は根拠もなく思った。


「うん。また」


 気の利いた台詞も言えず、彼女にそう言うしかない自分。嫌悪感がひたすら胸を巡り、もやもやする。

 彼女は最近塞ぎがちで、まるで心が空っぽのように見えた。何とかしたい、何か話したいと、ここまで来たけれど、どうやら僕は彼女の自宅まで送っていくことすら出来ない小心者のようだ。

 さようならと小さく振る手が、どこか震えていたのに、それすら気付かない。

 八百屋の小路に消えていく彼女の後ろ姿を、僕はじっと見つめていた。

 一緒のクラスになって数ヶ月、只の一度もまともに名前すら呼ばれたことはなかったけど、「同じ方向なら、一緒に帰ろうか」と、彼女の方から声を掛けてきたんだった。気があるのかと、勘ぐったこともあるけど、そんなはずはない。彼女は只の一度も僕に手を伸ばしたことはなかったし、視線すら合わせようとしなかった。会話だってぎこちなかったし、何より、内向的な僕と、活発な彼女は話が合いそうになかった。

 何を考えて、彼女は毎日、僕と帰路を辿っていたんだろうか。ただ、からかっていただけなんだろうか。 



 次の日、彼女は来なかった。



「転校したらしいよ」


 後で聞いた噂話。お互い、何も言えないまま終わってしまったなんて、大人になったら笑って話せるだろうか。


 好き、って一言が、思ったよりも大きく僕にのしかかった。

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