記憶探査 -MemoryProbe-

@fugazzi

第1話 適合 -adaptation-

「対象のキューブへ侵入......該当クラスタを確定......メモリーセクタの固定化完了......アンカーの打ち込み完了......記憶への降下開始......」


 どこか機械のような感情を感じられない声が聞こえてくる中、麻酔にかけられたような微睡みに包まれる。この一種の気怠さを伴う感触は少し気持ちがいい。

ふと、これまで暗闇だったまぶたの隙間から僅かばかり光が漏れる。


「記憶深度5へ到達......対象との同期完了......」


 声の後に続く静寂の中、気怠さはもう感じられない。そっと目を開けるとそこは多くの調度品で彩られた英国調の部屋の中だった。今の時代には珍しいアンティークな振り子時計。その振り子が一定のリズムを刻み、窓からは少し暗い外光が差し込む。初めて来たはずなのにどこか懐かしさを感じ、次の瞬間どの棚に何が入っているのかが分かる。

 記憶と認識の矛盾が生まれる中、あることが頭をよぎった。


”記憶への侵入”


それも他人の記憶へ侵入しているという認識。そしてここへ来た理由が。


 あたりを見渡すと一つの封筒を見つけた。御丁寧に封蝋してあり、その印章はどこか見覚えがあるがはっきりとは思い出せない。封を開け、中を見てみると


”記憶の中の私は君の知っている私だろうか”


そう書かれた一枚の紙と一つの鍵が出てきた。もちろんこの鍵が何の鍵かはすぐに分かった。それは部屋の片隅にある、この部屋には似つかわしくない無機質な金庫の鍵だ。金庫へ近寄り鍵を使って開けるとそこには、タツノオトシゴを模したペンダントがただ一つ入っていた。

 恐る恐る手を伸ばし手に触れた瞬間、視界に歪みが生じ走査線のようなものが周りを覆い尽くす。雷が落ちるが如く一瞬視界が明るくなり、たちまち暗くなった。


「探査終了......アンカーを回収します......」


 先ほどと同じ声が聞こえ視界が鮮明になってゆく。そこに現れたのは打って変わって白を基調とした病室のような部屋。

 ふと、ガラス越しの部屋にいる白衣を着た男性が笑いながら手を振ってきた。


「適合試験はこれで終了です。お疲れ様でした。」


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