ルームミラー
新成 成之
京都へ
聞き慣れた緑のアプリの通知音で、俺は目が覚ました。
うつ伏せの格好で寝ていた為か、顔の右側に違和感がある。俺は体を仰向けにし、ゆっくりと起き上がった。伸びと欠伸を同時に行い、充電の完了したスマホを手に取る。
「こんな朝早くから何の用だよ」
時刻は午前8時37分。言った後に気付いたが、朝早くはない。画面のロックを指で解除し、アプリを開く。
『起きろ!!
どうせ暇だろ?出掛けるから準備しろ!』
という何とも一方的なメッセージがあった。寝起きで頭の回らないながらも、
『暇じゃねえし、今日デートだし』
と、送ってやりたいと思った。しかし、実際はそんなメッセージ送れない。何せ、彼女がいなけりゃ、デートの予定も無い。ましてや、バイトも無いので今日は実際暇なのである。
曜日は土曜日。天気は晴れ。出掛けるには丁度良い。
『分かったよ。いつ頃こっち着く?』
とメッセージを送った。あいつが着く頃までに身支度でもしよう。そう考えたが、
『もう着いて、家の前にいる!』
そのメッセージに驚いて、南側のカーテンを開け窓を開けると、一台の見慣れた青の軽自動車が停まっていた。
*****
時速は80キロメートル毎時。右側の車線の自動車がこちらをどんどん追い越していく。
「今日はどこに行くんだよ?」
あの後、急いで顔を洗い歯を磨いて、着替えただけでこの車の助手席に乗った。その為か、まだ欠伸が止まらない。
「今日はね、京都の金閣寺に行く予定」
「はあ?!」
余りの遠さに驚いた。しかし、運転手は気にせずに運転を続ける。
運転席でハンドルを握るのは、俺の大学の友人である遠藤だ。今朝、メッセージを送った本人である。遠藤とは、大学で知り合った。俺が経済学部、遠藤が文学部という学部が異なりはするが、俺の友人の一人である。今回の遠出も遠藤の車で行く。遠藤と俺は、よく二人で出掛ける。毎回今朝のような感じで唐突に、出掛けるぞ、と言われ、遠藤が迎えに来る。なかなかすごい奴である。必ず俺を誘う日は俺の用事が無い完全に暇な日を選んでくる。それに、遠藤は千葉で実家暮らしをしている。俺達の大学は東京にある。勿論、俺は東京で一人暮らしをしている。それなのに、遠藤は毎回俺のアパートまで車で来る。すごい奴である。
今回の目的地が、またかなりの遠出と聞いて俺は余計に眠くなった。
「大丈夫なのか?かなり遠いぞ?」
「まあ、時間は掛かるけど、ちゃんと着くと思うよ」
俺が言いたいのはそういうことではない。
しかし、今回はまだいい方である。この前の冬には、いきなり北海道に連れていかれた。あの時は本当に疲れた。俺があれほど疲れたのだから、遠藤はもっと疲れていたはずである。しかし、遠藤はいつも楽しそうに運転をしながら俺に家族の話をしてくる。毎回毎回聞かされている為か、遠藤の家族について、会ったこともないのに詳しくなってしまった。今日は従姉妹の話をしている。俺はいつも話を流し聞きしている。特別何かを言うわけでもなく、遠藤がひたすら喋り俺がそれに適当に相槌を打つ。それがいつもの車内での会話である。会話と呼べるかどうか不安でもあるが。
一番印象に残っているのが、遠藤のお父さんの話である。俺と趣味がいくつか同じで、実際会ったら仲良くできそうだと思えるそんな話だった。
「…それで、その子が部屋で…」
俺は適当に相槌を打っている。
*****
時速は50キロメートル毎時。運が悪いのか、信号に毎度の如く捕まる。
「もう!何で毎回赤になるんだよ!」
「そう怒るなって。もうすぐ着くんだろ?」
「まあ、もう少しかな」
信号が青に変わり、発進する。窓から見える景色は何処と無く落ち着いた雰囲気が感じられる。休憩を挟んでいるとはいえ、よく七時間も運転してるなと、遠藤に感心した。
「そろそろさ、結婚を考え始めたんだよね」
遠藤の突然の発言に、不覚にも驚いた。
「そろそろいい歳じゃん?真剣に考えないといけないと思わない?」
はっきり言って、俺にはよく分からない。結婚なんて考えていない。頭の後ろで腕を組み深くシートに座った状態で俺は、んー、としか言えなかった。
「
「いないね。いたら苦労はしねえよ」
「苦労してんだ」
「うるせえな!そういう遠藤こそ、いねえのかよ?!」
「うーんとね…」
少し考え込んだのだろうか、
「おい!そこ右!!」
カーナビが右折を示す交差点を、車は直進してしまった。
「あ、やっちゃった」
「またかよ、お前運転上手いのに、こういうところ抜けてるよな」
遠藤は必ずカーナビの示すルートを一度は外れる。しかし、外れたからといって、特別困るものでもない。直ぐ様カーナビが新しいルートを検索してくれるのだ。ちゃんと目的地には着く。
「まあ、こっちの道に何かあるかもしれないじゃん?」
遠藤に反省の色は見えない。寧ろ、楽しそうだ。確かにルートを間違えた先に毎回いいお店や、スポットを発見している。運がいいだけとも言えるが、今回も何か見つかるのだろうか。
「みたらし団子、四つ下さい」
俺達は休憩として、甘味処に寄った。丁度おやつの時間でもあるし、甘いものが好きな俺には嬉しかった。店内は沢山のお客さんがいる。偶々寄った店であるが、どうやら有名な店なのかもしれない。団子を貰って俺達は車に戻った。
休憩を終えるとまた目的地に向かって発進した。もう少しで着く。分かってはいるが、俺は眠い。
「さっきの話でさ、雄二は結婚する気あるの?」
またこの話になる。分からない話だから切りたかった。
「分からないな。なら聞くけど、お前はどんな奴と結婚したいんだよ?」
俺は、そう聞いた。これで俺が話をする必要は無くなった。安心していたが、遠藤から面白い話が聞けた。
「そうだな、こうやって車で遠出してくれる人がいいな。」
「なんだよそれ。難しいな。そんなん俺位しかいねえんじゃねえ?」
一緒に出掛けてくれる人。確かにいいかもしれないな、そんな風に俺も思えた。
「そうだね…。あっ、看板見えてきたよ!!あそこだ!」
どうやらやっと目的地に着くらしい。
駐車場に車を停めて、俺は車外に出た。大きく伸びをする。この遠出が嫌いではないから自分でも不思議だ。遠藤が車から降りて、鍵をかける。ピンクのハンドバックを後ろ手にくるりと回ってこう言った。
「やっと着いたね。さあ、早く行こう雄二」
回った拍子にロングスカートがふわりとなびいた。白の服がよく似合う奴だ、そんなことを思った。
目的地に着く度にいつものああやって子供みたいに楽しそうに笑って俺に言う。よほど、ここに来たかったのか、と俺は毎回考える。
ルームミラー 新成 成之 @viyon0613
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます