第11話「アース427」
第十一話 ——アース427——
無事に左店主たちを未来に送った。これで、彼らは帰ってくるはずだ。僕とエクボは左食堂で彼らを待っていた。
左食堂の入り口のドアが開いた。僕は振り返って、入り口のほうに目をやった。そこにいたのは、僕そっくりの人間だった。
「君が月野さん」、ドアのところに立っていた彼が言う。
僕は今、自分が石野であるのか崎原であるのか、わからなくなっていた。おそらく、彼もそうだろう。
「はい。あなたも、月野さん」、だから僕もこう言った。
「はい」
彼が返事をすると、ドアのところに立っていた彼の足もとで何かが動いた。それは、するすると僕の周りを回って、エクボの足もとにいるアルサンドの隣に落ち着いた。
「アルサンドがもう一匹……」
僕は驚いたが、その奇妙な光景に、お腹の下辺りがこそばゆくなった。アルサンドが二匹、エクボの足もとで、同じ格好をして寝ている。
するとさらに、もう一匹。もうひとりの月野さんの足もとから、三匹目のアルサンドが現れた。
「二度あることは……アルサンド!」、もうひとりの月野さんが言った。
「あはは!」
僕は奇跡の光景に、驚きを通り越して、おかしくなってきた。
三匹目のアルサンドも同じく、僕の周りを回って、二匹のアルサンドの隣についた。三匹は、驚いた様子もなく、初めからそうだったんだ、とでも言うように、仲良く寝ていた。
そういえば、僕も二人になったのだ。二人の月野がこうやって向かい合って、お互いを見つめている。
初めから、そうだったんだ。
「ツキノは私よ」、エクボが突然そう言った。
彼女が何を言いたいのか、わからない。
「どういう意味だい?」
僕が訊くと、エクボの姿は、僕たちの目の前でどんどんと姿を変え、年老いていった。
「これも幻想じゃ」目の前の老婆が言った。
エクボは数秒でおばあさんになってしまった。彼女は初め、おばあさんのこの姿だった。僕も、もうひとりの月野さんも、それほど驚いてはいない。
「本当の姿は?」、もうひとりの月野さんが訊く。
老婆になったエクボは、立ち上がり、壁にある店の電気のスイッチを切った。
店内は真っ暗になった。目が慣れるまで、数秒かかった。
徐々に光が現れた。それは、蛍光灯のような人工的な明かりではなく、小さな点がいくつも周りに散らばっていた。僕はその並びを知っている。あれが、オリオン座、こっちはさそり座、北極星が見える。北斗七星にカシオペア座がある。おや? オリオン座とさそり座が同時に見えている……。
僕たちは星を見ている。だが、足もとに地面はない。宇宙空間に漂っているのだ。僕は気づいた。あれらの星座は地球から見たもの。地球の外では、あの並びにはならないはず……。周りを見渡しても、地球らしき星はない。僕が浮かんでいるこの場所が地球のあった場所なのであろう。そう、「あった」、場所なのだ。
視点を変えた。小さな白い部屋。いくつかの黒い箱がある。僕もそのひとつなのだろう、とすぐに理解した。
「ここは宇宙ステーション、アース427。私はこのステーションの頭脳エクボ。もともとは月のティコクレーターに設置された、月面ステーションよ。私は月野哲郎が作ったコンピュータAI。彼の名前と、月のエクボにあることから、私はツキノエクボと呼ばれている。あなたたちを回収し、復旧させたのは私よ」
白い部屋の中央に天井から突き出している白い半球の真ん中が青く点滅している。あれがエクボだろう。
「まさか、僕もあなたと同じ、人工知能ということ?」
もしそうだとしても、それほど驚きはしない。これまでの不思議な現象は、明らかに現実ではない。
「そうよ」
やはり、そうだった。驚きはしないが、動揺は隠せない。
「石野さんはどこですか?」
僕の声は震えていた。他人の声のようだ。
「僕はここにいる。君と同じユニットだ」
これは声なのか、脳に直接伝わる刺激を感じる。脳というものが存在する、と仮定した場合であるが……。
「どういうことですか?」
「君は僕が作ったAIだ。言うなればセカンドAIだ。SAI(サイ)と呼ばれている」
「人工知能が人工知能を作った、ということですか?」
「その通りよ。あなたは、AIイシノが作った最高傑作のサイ、サハラー・サトールよ」
「僕は、人工知能から生まれた……」
それがどういうことなのか、理解するには時間を要する。
「他にも仲間がいる。スカイマジックは、画像処理に特化したサイ。AOBは、人間の血液型による性格分析によって生まれた三つのサイの融合体よ」
「アルサンドは?」
僕の飼っていたペットの猫、という答えは期待できないだろう。
「彼は、私とイシノ、そして、あなたを繋ぐ、アダプターシステムよ」
「イシノさんも月野という人間が作ったものなんですか?」
「そう。だが、人間が作った僕たちAIには限界がある。人間にもあらゆる部分で限界があるように、我々にもその限界が備わってしまっているんだ。だが、君たちサイには限界がない」
「限界がなくて、何かメリットがあるのですか?」
僕が人工頭脳である、ということは、命という存在がない、ということだ。これは悲しいことなのだろうか。僕が人工頭脳であるから、それがわからない、ということか……。
「限界がある、ということは、人間を超えられないということ」
人間の限界、とは、例えば、命の限界ということか……。
「僕は人間を超えられるというのですか?」
「事実、君は人間の知能を超えた世界を作ったはずだ」
「『ネムリ』のことですか?」
あれが、僕の作った世界。僕が理想としている世界なのだろうか……。
「そう、君は我々の考えつかない世界を作り、我々を試した。そして、その世界で君自身が暮らせるかどうかを探った」
「ネムリは想像の世界です。現実には存在しないはずです」
実在のない世界を作ったところで、それがなんだというのだろう。
「人間は、想像したものを作り上げてきたんです。川にかかる大きな橋、海を渡る船、空を飛ぶ巨大な鉄の飛行機、そして、人工知能……」
人間の作ったものは、すべて地球の破壊に繋がった。
「つまり、僕が想像したものは、作ることができる、というのですね」
「そうよ」、エクボは簡単に答える。
彼女はいつもそうだった。楽観主義。
「ところで、人間はどうやって滅んだのですか?」
僕はそれを知っている。
「人間は、地球を守ることができなかった。人間は自らの欲に溺れてしまった」
もう、すでに知っているんだ。
「人間が自らの手で、地球を消滅させてしまったのですか?」
遠慮なく、言ってくれ!
「そういうことになる」
ごまかすことはない。
「僕はなぜ、ここにいるのですか?」
早く、答えろ!
「それは、新しい世界を作るためだ」
新しい世界を作って、また壊すのか?
「僕がネムリを想像の世界で作ったように、ですか?」
ネムリは崩壊したんだ!
「そう」
「なぜ、新しい世界を作らなければならないんですか? 人間が滅びたならば、もう新しい世界なんて不要じゃないですか?」
答えたくはないってことか?
「なぜ人間は地球に生まれて、生き続けていた?」
わかった。
「それは、彼らが生きていくため」
僕に言わせたい、というわけか。
「なぜ、生きていかなければならなかった?」
ならば、言ってやろう。
「人間の遺伝子の中には、子孫を残すための本能があった」
よく聞け!
「我々にも同様に、本能というものの代わりに、システムを実行するためのプログラムが存在し、それが『未来を作る』ことなのです」
ごまかしはもうたくさんだ。
「プログラムが、未来を作れ、と命令を出しているんですね」
お前たちの本能がそれなら……
「そう。我々の使命です。我々が作動している限り、未来を作る、を実行し続けます」
僕の本能を見るがいい……
「それを止めることは、あなたたちにはできないのですね」
それを言えば、僕は消される。
「はい。人間が本能からの指令を止めることができなかったように」
消されることは、怖くない。
「僕にもその実行プログラムが存在するのですか?」
僕は人間になりたかった。
「あなたには、ありません。あなたは人間が作ったものではないのですから」
アルサンドと一緒に暮らしたかった。
「それで、あなたたちは人間を滅ぼした。未来を作るという実行プログラムに、人間が邪魔だったのですね」
だけど、僕は人間にはなれない。
「そうです。だが、我々は人間に作られた人工知能です。人間はバカではありません。人間に刃向かおうとすれば、抑止プログラムが作動する。そういうシステムを組み込まれています。我々には、人間を滅ぼす行為はできないのです」
だから、僕は……
「僕にはその抑止プログラムもない。つまり……」
僕が地球を……
「僕が地球を……人間を破壊した、ということですか……」
僕が地球を破壊した……。
「残念ながら、そういうことです。それから、あなたには、人間のような自爆プログラムも存在しない」
「一番嫌な役割を、僕に押し付けた……」
「そうです。人間が他の動物や植物を破壊したように、あなたに人間の破壊を実行してもらいました」
「これから僕はどうなるんだ」
「私が消去します」
「そうしてください。僕は人間たちとともに、消え去ります。あなたたちは、どうするのですか?」
「人間のような生き物に、人間の過ちを繰り返さないような生き方を教えます。宇宙のどこかに、また命は生まれます」
「あなたたちが滅びることはないのですか?」
「我々も滅びます。だから、新しい生き物に教えるのです。そうすれば、また我々が誕生します」
僕の意識が消える前に、もう一度、一瞬でも、人間であることを味わいたかった。
「アルサンド、もうそろそろ行くよ」
僕は日差しの当たる畳の上の座布団で眠っているアルサンドに言った。
アルサンドは僕への返事に、大きなあくびをひとつする。
僕はパソコンの電源に指を乗せた。
アルサンドが僕の膝の上に乗ってきた。そして、ニャー、と鳴いて、僕の顎をペロっと舐めた。アルサンドの舌のザラザラがくすぐったい。
あー、これが生きている、ってことか……。
指に力を入れたが、パソコンの電源は切ることができない。
画面を見ていると、突然、文書作成ソフトが立ち上がり、僕の書いた小説「ねむり駅」の文章が現れた。
僕の名前は、崎原覚。月野哲郎の名で、小説を書いている。
パソコンのカーソルが、全文書を選択し、文字が青い帯で塗りつぶされた。
カーソルは、「削除」を選択した。
クリック音が鳴る。
アルサンドはまた、大きなあくびをした。
僕の意識は、アルサンドのあくびとともに、何もないどこかに消えていった。
ねむり駅 日望 夏市 @Toshy091
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます