1億人が見ている強制ランナーに選ばれたら

ちびまるフォイ

みんながひとつになるためのただひとりの生贄

それは何でもない日のコンビニの帰りだった。


「え!? なになに!? 誰だよ!?」


素早く後ろに回られて腕を拘束され、目隠しをされたまま車に載せられ大移動。

目が覚めたら山中にでも埋められているのかと、これまでの行いを反省していた。


目隠しがとられるとまばゆいライトと沿道にたくさんの観客がいた。


「え……ドッキリですか?」


「あなたはチャリティランナーに選ばれました! おめでとうございます!」


お立ち台には「52、チャリティランナー」と書かれている。

嫌な予感が全身をかけめぐる。


「つきましては、これからあなたに取り付けたナビに沿って走ってください。

 走った距離に応じて、チャリティが寄付されますよ!」


「俺には?」「チャリティですって」


報酬何もナシで走れというのか。

すぐにやめようと思ったが、沿道に集まる人の期待の目が痛い。


「さぁーー、もうすぐスタートです!」


「え、もう行っちゃだめなんですか?」


さっさとこの場を去って、誰もいなくなったところで諦める作戦を進めたいのに。


「ちょっと待ってくださいね。もう少しなので」


「そっちの都合もあるんですか」


「いろいろあるんですよ。あーもうちょっとです」


スタッフはお立ち台の後ろのついたて越しに何かごそごそ取り出していた。


「お待たせしました。このタスキをどうぞ!」


「汚っ! なんかヨレヨレなんですけど!?」

「年季入ってますから」


バンという号音とともに、慌ててスタートを切った。

気分はまるで暴虐な王様により走らされているメロス。


沿道の人は俺を見るたびに「がんばれ」と声をかけてくれる。


それ自体はうれしいものの、さっさと道を外れて休みたいので

正直この衆人環視の状況はわずらわしい。


「はぁっ……はぁっ……もう誰もいないな……」


スタートからしばらく走って誰もいない路地に到着した。

やっと中断できるポイントを見つけた。


と、思ったとき、カメラ付きドローンが飛んできた。


『チャリティランナーさん、どうしたんですかーー!?』


ドローンにはモニターが付いていて、おそろいのTシャツを着た人たちが

期待いっぱいの目でこちらを見てくる。


「え、いやぁ……ちょ、ちょっと息が上がっちゃって……」


『ゴールはまだまだ先ですよ! 行けそうですか!?』


アナウンサーやスタジオにいる観覧のお客さんがモニターに映る。

その眼には俺がこの場であきらめる可能性など皆無の目をしている。


「あーー、ちょっとダメそうかもーー……」


『頑張ってください!! まだまだあきらめるには早いですよ!』

『そうだ! みんなで元気が出る歌を歌いましょう!!』


『それでは聞いてください! 山崎ハコで"呪い"!!』


「選曲が怖すぎるよ!」


恐ろしい歌の大合奏により、慌ててマラソンを再開した。

まさかドローンで追われているとは思わなかった。

これじゃ本当にゴールするまで追われないじゃないか。



ゴールまで半分を切ったところだった。


「はぁ……もう……もう無理……」


完全に体が限界を超えてしまった。


メディカルスタッフがかけつけて手厚い処置と、荒いドーピングを行っても

俺の限界を超えた体はもう動かなくなっている。


『どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?』


「見てのとおりですよ……もう一般人の限界なんですって……」


『それではここで、5歳の女の子・初音ちゃんから応援メッセージです!!』


「いいって、そういうの……」



らんなーさん、わたしたちは

せいいっぱいおうえんしますおとうさんや

おかあさんもおうえんしていますく

るしくてもあきらめずにゴールし

てください  はつね



『元気出ましたよね!?』


「いえ全然……」


『みなさん、ランナーは思った以上に重篤のようです!!』


「ええ、だから諦めても……」


『歌で励ましましょう!!』

「またかい!!」


スタジオや中継先を巻き込んでの『スキャットマン(feat.スキャットマンジョン)』をうたった。


『どうですか!?』


「耳までガンガンしてきました……。本気で無理なんです……」


『それじゃ、あなたを応援していた沿道の人たちはどうなるんですか!?』


「俺の力足らずということです……すみません」


『この中継を見ている全国1億人のみなさんはどうなるんですか!?』


「いやほんと申し訳ないです……」


『今、あなたの家で両親に銃口突き付けられている犯罪者は

 あなたがもしここであきらめたらどう思うでしょう!?』


「ちょってまて」


『ここまでグチグチ言いながら、たいして面白い返しもしてないのに

 いっぱしのタレントぶって引っ張ったあげくに

 もうできませんとか諦めた、住所と顔と名前が割れている一般人を

 この中継を見ていた人はいったいどう思うでしょうか!?』


「わかったよ!! 走ればいいだろ!! 走れば!!」


メディカル用の車を飛び出して再び走り始めた。


すでにこのマラソンは俺だけのものじゃなくなっている。

ありとあらゆる人が巻き込まれて、個人の意思でどうこうできない。


俺がたとえ死んだとしても、引きずってでもゴールにぶち込んでくるだろう。


「ぜはぁっ……ぜはぁっ……!!」


足の感覚はなくなり、体は今にも空中分解寸前。

頭には「死」という文字がネオンにびかびか輝いて、

俺の心臓のカラータイマーが警告音をひっきりなしにならしている。


視界もかすんできたとき、ついにゴールのついたてが見えてきた。


「あ! 来ました! チャリティランナーです!!」


スタジオから割れんばかりの拍手が巻き起こる。

足をもつれさせながらステージへと向かった。


「おめでとうございます! よくゴールしましたね!!」


「あ、ああ……ああ……」


ゴールの安心感から足元がふらついてしまい、立てかけてあったついたてに倒れこんだ。

ついたてが倒れると、向こうにはお立ち台が用意されていた。


「53、チャリティランナー」


お立ち台の上に立つランナーは絶望的な表情で倒れた俺を見て言った。



「どうして……どうしてゴールしちゃったんだよ……。

 どこかであきらめていれば、つながらなかったのに……」



俺の体からタスキが取り外されると、次のランナーに付け替えられた。



「チャリティリレー開始です!!」



楽しそうな声とともに、53番目のランナーが走り出した。

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