落ちた先は
違和感
第1話
高速で上へ移動する風景を目にして、初めて自分が落下していることに気がついた。
ここは、何処だろうか。
周りの風景に見覚えはない。そもそも、これを風景と呼んでもいいのだろうか。何処が果てなのかもはっきりとしない、淡い色の空が無限に広がっている。障害物はない。
ふと下を見るが、底は見えず、ただただ広い空。
これまでの人生では間違いなく味わったことのない浮遊感は不思議と怖くなかった。昔初めてジェットコースターに乗った時の記憶が、ちらりと脳裏を横切った。なぜだろう、とてもドキドキする。この深い空の底に何が待っているのか、一切の見当もつかないのに。いや、だからこそ心が躍るのだろうか。それとも、この落ちている感覚そのものが、僕を高揚させているのだろうか。
わからない。
僕が落ち始めてどれくらいの年月が経っただろうか。
依然、胸の高鳴りは止まらない。
しかし変化はあった。
僕が落ちている間、周りの風景は時折その色を変えている。最初の淡い空の色から綺麗な桜色へ、そしてくすんだ灰色、ある時は真っ赤に染まったこともある。
きっとこれは空ではないのだろう。ただの空にしてはあまりにも表情が豊かすぎる。だがこれが何なのか、僕にはまだそれがわからない。
底が、見えた。
この変化は僕を初めて不安にさせた。
暗い、黒い底が僕に迫って来る。
ただただ不安で、怖い。
今まで僕を包み込んでくれていた表情豊かな風景も次第に色あせて、徐々にその明度を落としていく。
気のせいだろうか、寒くなってきたような気さえしてきた。
終わりが近いのだろう、と僕は心の何処かで察した。
いつのまにか始まったこの墜落する旅路は嫌いじゃなかった。できることなら続けたいとさえ思える。しかし段々と迫って来る地面がそれは決してできないことだと嫌という程訴えかけていた。
底に、着いた。
固そうに見えたその地面は、意外と優しく僕の体を受け止めた。
意識を失う。目が覚めたら僕は一体何処にいるのだろうか。
目を覚ますと僕は病院のベットの上にいた。
掛け布団の上に投げ出されている僕の腕は、落ち始めた時に比べて随分と細く、衰えている。
「おじいちゃん」と呼ぶ声。
体は動かない。目線だけベッドの横に移すと、娘夫婦と孫が心配そうな目で僕を見ていた。
記憶が鮮明に戻って来る。
娘が大事そうに抱えているフォトフレームが僕の目を離さない。
そこには最愛の妻の写真が。もう随分と昔にこの世を去った妻の写真があった。
ああ、そうか、やっとわかった。
僕は、恋に落ちていた。
頭上に広がる淡い思い出が、僕の最期を看取ってくれた。
落ちた先は 違和感 @iwakan0803
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