飴と傘

涼月

***


 悲しみの雫のような透き通った小さな飴を、そっと舌先にのせる。

 ほんのりと塩気を纏った甘味が、ゆっくりと溶け出して口内に広がるのを、ぼんやりと味わいながら、小さなため息をついた。


 どのくらいの時間、このベンチに座っていたのだろう。

 行き場のない悲しみを昇華できないまま、ずっと動けずにいた自分が嫌になる。


 子供達の声がいつの間にか聞こえなくなっていて、空はうっすらと黄昏のオレンジ色を含み始めていた。


 小さな公園はもう人影が無く、夜へ向かおうとしているようだ。そんなことをぼんやりと思いながら、まだ動けない自分にもうひとつため息をつく。


 ふと気づくと、人影が無くなったのにまだ店仕舞いをしていない、べっこう飴細工の自転車屋台があった。


 昔、夏祭りの出店で見たことがあったと懐かしくなる。

 琥珀色の飴を、あっという間の早業で様々な形に変えていく飴細工師は、魔法使いのように見えたっけ。


 なんとなく懐かしさに誘われて、私はベンチから立ち上がり、飴細工に熱中している男性に歩み寄った。


「こんばんは」


 近寄ってみると予想に反して、飴細工師は若く童顔の青年だった。

 躊躇いがちに声をかけると、愛想の良い笑顔を向け、彼は出来上がったばかりの飴細工を私へと差し出した。


「……え、私に?」

 

 戸惑う私に青年は照れたように笑った。


「どうぞ。本当は上向きにしたかったんだけど、細工が難しくて。これで勘弁してね」


 爽やかな笑顔に、私は差し出されたべっこう飴を受け取る。

 

 持ち手を上に開いた傘の飴細工。

 開いた傘の中には、小さな飴と思われる粒がたくさん転がっている、凝ったデザインだ。


 割り箸の先端に開いた傘を、私は不思議な気持ちで見つめた。


「どうして……」


 思わず漏れた呟きに、片付けをしながら青年は静かに答えてくれた。


「どしゃ降りの雨みたいな顔をしてたから、傘をさしてあげたいなって……キザですけど。それ僕からのプレゼントです。明日は晴れますように」


 ペコリと会釈をして、青年は自転車を走らせ去っていく。

 夕闇に紛れていく後ろ姿を見送ったあと、私は藍色に変わり始めた空に飴細工の傘を翳した。


 明日は、晴れますように……


 一日の終わりの光のように、傘はキラリと優しく透けた。

 



 

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飴と傘 涼月 @ryougethu-yoruno

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