最終話 新たな始まり

 「本当に良かったのか?マーレ達と共に行った方が良かったんじゃないか?」

 「・・・俺もそう思う。だが、どんなにマーレが俺を許し愛そうとも、俺は家族を傷つけ連れ去り見殺しにした張本人、打ち解けるなんて無理だ。それに、散々罵倒して来た他の奴らと今更仲直りなんて出来る訳ないだろ」

 人々が行き交う研究エリアの跡地、そこにパリシとインパはいた。人々は何も言わずとも自ら動き瓦礫を片付けている。二人はそこで的確な指示をして回り事故や問題が起こらない様に見回っていた。

 インパはもうガスマスクを付けるのをやめた。それは自分と言う存在を生み出したと人間に知らしめる為でもあり、自分を偽らず隠さない為でもあり、例えどの様な視線や言葉に晒され様とも耐えられるからだ。

 研究エリアは実質バアトの新人類誕生の為に作られた場所で、放射能除去や基本的な研究はミミルの塔でも行える。唯一の問題は既に作られていた命であったが、救う術はなかった。尊い犠牲などとは言いたくない。全ては己の責任、パリシには重く伸し掛かっていた。

 「それでも俺には、愛情はある。マーレのも・・・先生のもだ。だから俺はもう一人じゃないんだ」

 「愛か・・・バアト様が望んだのも愛なのかもしれないな」

 パリシの視線の先には、両親と共に瓦礫を片付けている子供の姿がある。両親は心配そうにし、子供は実にいい笑顔で瓦礫を持ち運んでいる。パリシはあえて止める様な事はしなかった。

 「それがウインドを殺さなかった理由か?」

 「かもしれないな。私にはわからないが、やはりバアト様にも親としての情と、誰かに頼りすがりたいと言う気持ちがあったのかもしれない。だから、ウインドを生きたまま保存したんだろう」

 「口には言わなかったけど、助けてほしかったんだよな。バアト様・・・何時帰って来るかな・・・」

 全ての責務から解放されたバアトは狂喜乱舞し、程なく正気を失った。自らの自室に閉じこもり、子供の様に絵本を読みおもちゃで遊び笑っている。それはとても楽しそうで、とても無責任で、とても哀しいものだった。

 「・・・今思ったんだが、人間って本当に自分勝手だよな。集団に帰属していても、結局自分の事だけしか考えていないんだからな。本当に他人の為に動いている奴なんて一握りだ」

 「私にもはっきりとはわからない。それでも言うなら、人は夢や目標がある限り何処までも子供なんだ。周りを気にせず自分の為に何処までも我が道を突き進むのは、自分勝手極まりない」

 「なら夢や目標を捨てて周囲に合わせて生きるのが大人なのか?」

 「・・・かもしれないし、違うかも知れない。自立する事も一人で行動出来る様になる事もそうだが、私が思う大人とは他人を助け支えられる人の事だろう。時に厳しく、時に優しくと言った感じだな」

 「そんな奴そうそういそうもないが・・・先生は大人だったんだな・・・」

 「私はそう言う大人になる様にするよ。正しいかどうかなどわからないが、少なくとも人々に寄り添って生きて行くつもりだ」

 「今更か?お前もう四十二だろ」

 「物事に遅いはないさ。やろうと思ったらとことんやればいい」

 子供達がパリシに向かって駆け寄って来る。手にはいくつかの資料を持っていた。

 「パリシ様!お掃除していたらこんなのが出てきました!」

 「ありがとう。これは預かっておくから、君達は休憩しなさい」

 「はーい!向こうで本を読もうよ!」

 更に遊ぶのかと思いきや本を読むと言う意外な行動。パリシは面白そうに笑った。

 「文明的じゃなくて、文化的な国にするのも悪くないかもな」

 

                   *


 「インパ・・・」

 マーレはただ海の向こうを眺めていた。チコモストクに残ると言ったインパを、強く誘う事が出来なかったのが悲しかった。

 愛していた。救いたかった。だが心の奥底に憎しみもあった。インパなそれがわかっていた。「家族を傷つけた俺はマーレ達とは行けない。だから、この国に残る。命ある限り人間の行く末を見守るさ」それはインパの覚悟であり決意。自分達を気遣ったインパの心遣いに、マーレは己の憎しみが憎い。

 「私も、私達も、人間なのだな」

 知識や知恵、身体能力などは大して問題にならない。肝心なのは心であり感情だ。

 「マーレ」

 呼びかけられ振り返るとフルールがいた。傍には子供達が付いてきている。

 「そろそろ行くわよ」

 「ああ、今行く」

 今から始まる事、それは悲しみであり、怒りであり、慈しみであり、希望であり、日常だ。

 家には飛行機に乗ってきた。チコモストク最後の機体はそれ程大きくはないが、それでも全員が乗る事が出来た。操縦はリンが行った。

 子供達と合流した後、二回に別けて家に送った。積み込んだ燃料がギリギリ足りたが、これでもう飛行機は動かない。今後は居住区として使う事にした。

 家に着き、しばらくして落ち着いた後、家の頂上に向かった。北の浜辺の方から斜面を登り目指す。子供であろうと、歩行が不自由であろうと、疲れていようと、誰一人弱音を吐く事はなかった。

 家の岩山の頂上、まるで主達の帰りを喜ぶかの様に風が吹いている。風が吹く岩山の頂上に、ウインドを寝かせた。自分のお気に入りの場所だとわかるのか、とても心地良さそうにしている。

 「本当にここに寝かしておくのか?風避けも作らんのか?」

 ロップスが心配そうに言う。ここはまさしく吹き曝し、遮るものは何もない。

 「これでいいの。ウインドは風、何ものにも遮られないから」

 照り付ける太陽は暖かく、肌に吹く風は健やかで心地いい。ウインドはきっと夢を見ている。風となって世界を巡る夢を。

 「ウインドさん、とても楽しそう」

 「きっと、楽しい夢を見てるんだよ」

 ケイルとカッサンドラは楽しい夢を見たことが無い。レリフの家でどれだけ楽しく暮らしていても、自分達には未来が見えなかった。見る夢は刻み込まれたトラウマだけ。だから、幸せそうに眠っているウインドの姿を見て、救われるのだ。

 「ええ、きっと。私達と一緒に夢を見ているのね・・・」

 ウインドはもう二度と目を覚まさない。生き長らえる方法もあるが、それではウインドをチコモストクに置いていく事になる。そんな事は出来ない。何より、生き長らえらせるぐらいなら自分の家で最後を迎えさせたいのだ。

 「ウインド。お前の弟のファミーユだ。元気はつらつで太陽みたいに明るいんだってな。是非ともお姉ちゃんと競争してみたかったよ」

 ウインドの隣に腰を下ろし、明るく、それでも悲しそうにファミーユは語り掛ける。

 「これから私達の新しい生活が始まる。ウインドには、ずっと見守ってもらおう。大切な家族と永久に過ごせれば、これ以上の幸福はないだろう」

 マーレが瞳に涙を溜めながらも、努めて笑顔で言った。悲しみは不要だ。

 「結局母さんもバアトも同じだった。だから、心から支えてくれる人が必要なのよ。

 ウインド・・・ごめんなさい、助けが間に合わなくて・・・。でも、これからずっと一緒だよ。風となって、大地となって、ずっと一緒に暮らそうね」

 リンの呼び掛けにウインドは答えず、ただ一筋の涙が零れ落ちた。

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再生と汚染の世界 @mukuwarenai

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