交換条件

「狼女——レッド・ベリルは——どこ——ですの。隠し立て——すると——身の保証は——致しませんわ」

 蝶人が赤絨毯の上を二歩進み、左足を上げてポーズを決める。角度は百五十度……丸見えだった。また二歩進み、次は地面に頭が付くほどに大きくった。角度は百二十度、またもや丸見えだった。次は宙に浮かんだまま回転して腰を捻り——。

 透き通った羽は触れば割れてしまうと思えるほどに薄く美しく、しなやかなポーズは異界のモデルさながら……などと。呆れ顔のミストナは尻尾の毛先さえも思ってはいない。

(なんかイラつくわね!!)

 周囲の冷たい眼差しもどこ吹く風。蝶人は視線を合わせる素ぶりすら見せない。クソダサポーズを取りつつ、カウンターの前を通って行く。

 ミストナは思う。こいつはきっと羽化する時に、羞恥心と他者への尊敬の念をまゆの中に置き忘れた変態仮面女だと。

(まさか緊急報道で発言していた想い人が、うちの馬鹿狼だったなんて……。嫉妬してる訳じゃないけど一体どういう関係よ。嫉妬じゃないけど。本当に)

 小脇に抱えている花弁が回る緑の鉢植えを、ミストナは膨れっ面で睨んだ。

「早くプシュケのこの“”を受け取っていただかないと。花も愛も有限の美しさ。愚民には理解し難いでしょうけど」

(……イライラしてない。全くイライラしてない)

 いつのまにか厨房に隠れていたベリルが「おい、離せっ、バカかお前ら!!」と、獣人メイド達に押しやられてプシュケの前に姿を現した。

 面倒臭そうな顔で地面まで尻尾を下げている。

「チッ、あいつら覚えてろよ。——よぉプシュケ。えっと、そいつはなんだっけ、あぁ、竜輪草りゅうりんそうだっけか。良く死なずに採れたな」

「あ、あ、あっ、レッド・ベリルーーーーッ!!!」

 馬鹿狼の姿を見るや否や、抱き着こうとしたプシュケ——が、宙で固まった。距離を置いて、また寸前まで近寄るが伸ばした指先を胸元に戻した。

 対象的なのはミストナ。目の下を痙攣けいれんさせながら、指を折り込んだ拳を胸元で震わした。

 悩める乙女の全力表現を目の前で見せつけられる。それも全力で世話と金を焼き尽くし続けている自分の所有物に対して。

「確かに。本物の竜輪草だな」

「当たり前ですわ。最高の採取師を使い、最上の保管師と最堅の運搬師を雇いまくりましたの。これこそ正に、史上の愛の結晶ですわ!」

 プシュケがベリルに鉢を握らせて、潤んだ瞳を向ける。

「あぁ、金と暴力の権化ごんげだぜ。確かに受け取った」

「また思ってもない言葉が出まくりですわよ。それこそがレッド・ベリルの良さでもありまくりですけど」

 改め直したプシュケが魔術陣を浮かべた。

 蝶の刻印を取り囲むように大量の仲間の名前が浮かび上がった。隙間を扇子でつつき、間を広げる。

「これで——、約束通り私のパーティーに仮入隊して頂けますわね? 陣の焼印をここに」

「「「……は?(です?)」」」

 チームの脱退など聞いていないミストナ達は尻尾を丸めて、それぞれの顔を見合わせた。

「ちょっと、どういう事——」

 問い詰めようと足が出た矢先。ベリルの欠けた犬耳がピクッと動いたのをミストナは見逃さなかった。

 知っている。いつもの悪巧みを思い付いた時の仕草だ。

「はーーあぁ」

「どうしましたの?」

「なぁプシュケ。確かにこれは竜輪草に間違いないけどよ、あたしが出した条件は“七十年物のの竜輪草”だぜ?」

「そんなっ!!!」

 わなわなとプシュケの口元が歪む。

「これは五十年物だ。若すぎる」

「あ、有り得なまくりですわっ!! 確かに五十年物の緑色って聞きました!!」

「知らねーよ。物が違うんだからこの話は終いだ。あ、勿体ねーからこいつは闇市に————大切に貰っておくけどよ、へへっ。分かったらさっさと本拠地ホームに帰れ」

「このプシュケ・ノイラーゼが聞き間違える訳がありませんわ!!」

「あたしはちゃんと言ったぞ。七百年物だって」

「増えてますわ!?」

 息を吸うようにベリルの嘘が連発する。

 傍若無人にもほどがあるが、プシュケの脳内はまだ乙女そのものだった。親指の爪を噛みながら、

「だからと言って話を流されるのは困りますわ……。七十年と七百年の竜輪草ですわね。あと一ヶ月下さいですわ。このプシュケ・ノイラーゼ、ホワイトウッドの大樹に誓って全総力を使役し、希望の竜輪草を持ってきますわ!」

「別に良いけどよ。次は無いからな?」

「はい! 頑張りますわ!!」

 ミストナは大筋を理解した。ベリルの口八丁にプシュケが踊らされている——いや、自ら踊っているのか。

(次は七千年物の竜輪草を要求するわね)

 こうやってベリルは誰かをたぶらかして、あぶく銭を稼いでいる。全方面から恨みを買うのも納得出来る話だ。

 貢がせた物資もどうせ本拠地ホームに戻るまでに換金して、くだらないギャンブルに使い果たすのだろう。

 他人のフリをしていたミストナがツバキを手招きする。

「ねぇねぇ、あの変態仮面のこと知ってるの?」

 珍しく薄目を開けてプシュケを睨んでいるツバキ。

「プシュケ・ノイラーゼ。大量の甲虫族を従える大隊の統率者。そして……わたくし達と同じアニマルビジョン所属になります」

「悲しい。ついに鹿野はの意味すら理解できなくなったのね」

「種族というより所属審査が固有魔術の有無にあるのかと」

 試しにミストナは胸元のブローチに指を置く。

 ホワイトウッドの電脳ベースに繋ぎ、アニマルビジョンの一般開示されている個人登録所にアクセス。浮かび上がったプシュケ・ノイラーゼの個人情報に目を通した。

「げっ!?」

 ミストナの顔が引きつる。目に飛び込んできたのは長ったらしいが、今のミストナには輝かしい経歴の数々だ。

 所属していたのはアニマルビジョンだけではない。五大組織の他の二つにも席を置いていた。

 ケールニッヒ商業総合組合——異界貿易交渉課、五番街相談役。

 大魔術院——“異界森林開発局、五番街支部長。

 傘下に収めているパーティーは五十組。総勢千名以上の昆虫族を従える大型チーム、“蹂躙の知らせバタフライ・エフェクト”のリーダーと記されている。

 極め付けは、

(前年のホワイトウッド全ての地区における、新規ダンジョン踏破率第五位!? アニマルビジョン第八かん——“ダンジョン尖兵せんぺい部隊隊長”ですって!? こんな変態蝶仮面がっ!?)

 ダンジョン存続主義のアニマルビジョンでは花形に当たるポジションだ。ミストナがこの街に訪れて最初に憧れていた仕事の一つである。

 そして第八檻とは序列のこと。つまりプシュケはアニマルビジョンの上から八番目に貢献している。

 合法と違法の境界を綱渡りして生きている賞金稼ぎとは真逆だ。

 ちなみにミストナ率いる“星屑の使者”はアニマルビジョンランク四千二十九位……。ベリルのせいで万年最下位である。

 最後に“異界物流蝶会、ノイラーゼ商社——代表取締役”という肩書きを見て、ミストナはまぶたを重く閉じた。

「ま、まぁ同僚としては誇らしく思うべきなのかしら」

 うわずった声で感想を述べるが、

「同僚……ですか。お世辞にも肩を並べたくない存在ですが」

 ツバキの言い方には棘があった。

「なに怒ってるのよ」

「怒っていませんよ。ただ、プシュケは度重なる忠告を無視して、わたくしベリルに付き纏う不審者。はっきり言いましょう。嫌いなのです」

 ツバキが嫌悪感を剥き出しにしてプシュケの前に相対した。尻尾を逆立て、黄金色の魔力が体面から立ち昇る。

「ちょっと!?」

 気付いたプシュケがギョッと目を見開く。

「シシシ、シチダイラ・ツバキがどうして店内に!? 店先に居ないから今日は別行動と思いまくりでしたわ!」

(いやいや、ずっと近くで立ってたでしょ。どれだけ都合の良い目をしてるのよ)

わたくしのベリルに何用ですか? 返答によっては戦闘行為も致し方ありませんが」

「あ、あなたには関係ないですわ! これはプシュケ・ノイラーゼとレッド・ベリル。二人だけの密約! たかだか野良狐の威圧如きにビビる訳にはいきませんの!」

「承知致しました。表に出なさいプシュケ。美味しそうに見えませんが、まずは羽から毟り取りましょう」

「や、やってやりまくりますわ!!」

 威勢は良いがプシュケの内股はガクガクと震え、腰が引けている。勝敗は誰の目にも見えているが単身でここに来たとは考えにくい。きっと店の外に仲間がいるのだろう。

「抑えなさいツバキ。ここで暴れたら出禁になってまた食べる場所が無くなるわよ」

「それは困りますがミストナも見たでしょう。屋敷を踏み潰した野蛮な行動と横暴な態度を。プシュケは相当な曲者です。ベリルと接触させ続けるのは爆弾の側で芋を焼くようなもの」

「確かに……そうだけど……ん?」

 考えるがツバキも似たような大騒ぎを何度もしている。

 と、そこにベリルが加わり、

「ここのピザはめちゃくちゃ美味くて出前もやってる。この店で暴れるのは用心棒のあたしが許さねー。ツバキもプシュケも全員ブッ飛ばしてやる」

「誰のせいで揉めてると思ってるの! 殆どあんたのせいよ!」

 ツバキとベリルがまた口喧嘩を始める中、プシュケが首を傾げて近づいて来た。

「あなたは——」

「自己紹介が遅れたわね。一応アニマルビジョンに所属してるミストナよ。初めまして」

「ああ、あなたが噂のレッド•ベリルのパーティーに加入したド新人の雑巾係ですわね」

「……誰が雑巾ですって?」

 明らかな挑発に、尻尾を二度揺らした。

「あと、間違いがあるわ。私とラビィのパーティーにベリルとツバキが加入したのよ」

「ふーん」とミストナの周りを一瞥いちべつするプシュケ。

「なによ」

「いたって普通ですわ。悪童のレッド・ベリルと、瞑目泰然めいもくたいぜんのシチダイラ・ツバキの上に立つ者には見えませんわ」

「瞑目泰然って……」

 ベリルはともかくとして、ツバキの通り名は初めて聞いた。

「他にもありますわ。所構わず結界を広げて無関係の冒険者を閉じ込めることから“袖振り監獄狐”や、短期間に暗殺者を返り討ちにしすぎて“殺し屋殺しの大狐——ひゃっ!?」

 ツバキの視線がこちらに動いた気配を察知して、プシュケがまた縮こまった。

「ととと、とにかくですわ。ただの猫人は私のパーティーには必要皆無。門前払いですわ」

「ふん。だーれがあんたのパーティーなんかに加入するか。それに私は猫じゃなく虎人よ」

「あらそうでしたの。さん」

 目の下がヒクついた。取っ組み合いを始める気は無かったが、意に反して鉄腕カイナを召喚してしまった。

 プシュケは動じない。ゆっくりとアゲハの羽を動かして、鉄腕カイナを扇子で突いた。

愚下ぐげも愚下。繊細さの欠片もない脳筋丸出し召喚武器ですわ」

「……」

「猫人はパーティー内の戦力バランスを考える頭も無くて? あなたがこの程度ですと、あのロリ兎人も大した固有魔術ではなさそうですわね」

 不意に扇子で指されたラビィはテーブル付近でオロオロした。ロップイヤーを引っ張り、恥ずかしそうに縮こまった。

「ラビィはハイブリッドよ。頭が良くて優しくて可愛い。あんたなんかよりよっぽど強いから。見る目ないわね」

「そこまで言うなら調べさせて貰いますわ」

 プシュケの羽ばたきで鱗粉りんぷんが舞い上がった。集中し、ゆっくりときらめきの道がラビィに伸びていく。

「ラビィに触るな!」

 躍りかかって爪で鱗粉を遮断。牙を剥き、低い唸り声を上げた。

「ま、良いでしょう。などごうが多過ぎて、扱いにくい愚民に間違いありませんわ」

「……踏んだわね」

 カウンターに並べてあったコップに次々と亀裂が入った。

「あら? さっき踏み潰した愚民達のこと——」

「違う。もっと凶悪で暴風のような危険色の虎の尾よ!!」

 ボルテージが大破した。

 訂正しなければならない。大人しくこの場をやり過ごそうとした数秒前のおしとやかな自分を。

 現れた鉄腕カイナは気付いていたのだ。この変態仮面は大切な家族を傷付ける悪党。宿敵! 恋敵!!

 鉄腕が宙に浮き、プシュケに狙いを定めた。

「ツバキ臨戦態勢! こいつは地上げ屋よ! 今すぐに追い出す!」

 振り向くとベリルが札で簀巻き状態になっていた。その上に馬乗りになっていたツバキが困り顔を向ける。

「数分前に言っていた内容と真逆ですが」

「ラビィを怖がらせる奴は全員悪党なのよ!!」

「それもそうですね。ミストナの指示とあらば思う存分に戦いましょう」

 ツバキの名前を出した途端、やはり。プシュケが及び腰になった。

「ススス、ストップですわ!!」

「今更怖気ついても許さない。徹底抗戦するわよ」

「愚挙な戦闘行為より、もっと有益な話をしませんこと?」

「呪詛魔術が来るわ。あんた達、耳丸めときなさい」

「パーフェクトオーダーの話について——ですわ」

 思ってもいない名前が出て来た。恐らく標的登録をチェックしてきたのだろう。

「それがなんだっていうのよ」

「あなた方の獲物でしょう? 黒幕はチィク・チィライト・タクトアーチェ。“万物の声を聞く者達”のリーダー」

「どうしてその名前がサラッと出てくるのっ!?」

「オーホッホッホ!! プシュケ・ノイラーゼの情報網を舐めないでくださるかしらー。街に墜落した間抜けな貨物用飛竜の一匹が、子会社の病院に流れて来ましたの。どうしてかは知りませんが、記憶操作に粗がありましたわ」

「あんたも狙ってるの?」

「まさか。泥臭い賞金稼ぎなんてプシュケに似合いませんわ」

 内心でホッとした。資金も数も桁違いの大型チームと賞金首リストの取り合いをしても勝算は薄い。

「その元パーティーメンバーが潜っているダンジョンを教えて差し上げなくもないですわ。プシュケはみみっちい金貨など要りませんから」

「本当に!?」

「代わりに条件がありますの。レッド・ベリルを三日間レンタルさせて頂きますわ」

「うん。良いわよ。早く持っていって」

 即答だった。考えすらしなかった。

 蓑虫みのむしのようにもがくベリルの声がモゴモゴと聞こえる。

「オイコラ! 勝手に決めるな!」

「誰の支払いで今回の報酬が消えたと思ってるのよ。感謝はするけど、あんたの獣人権は私のものよ。この先もずっと」

「ふっざけんじゃねぇ! あたしはレンタルペットじゃねーぞ!!」

「自分で蒔いた嘘でしょ。パーティーに迷惑かけないで」

 すかさず反発したのはツバキだ。

「正気ですかミストナ。仲間を売るとは」

「言い方が悪いわよ。たった三日くらい良いじゃない。あんた達も幼なじみだけど、何年間か別々に行動してた時期があったんでしょ?」

「それはベリルの見聞けんぶんを広めるため。修行であって……」

 歯切れ悪くツバキが顔をしかめた。

「知らないの? 最近流行ってる寝取られパーティー編成ってやつよ」

「はて、ねとられとは?」

「他のパーティーに仲間をレンタルする今風の俗称よ。良い経験になるし、何よりお互いにとっての立ち位置や価値観を見つめ直すことが出来るわ。そして帰ってきた時に、より強い絆を確認出来る——とかなんとか。マンネリしたパーティーが良くやってるらしいわ。それにプシュケだってこれだけ入れ込んでたらベリルを人体解剖するって線はないでしょ。交渉より無言でさらった方が早いし。ねぇ、ちょっとツバキ聞いてる?」

「ベリルが他の方に蹂躙じゅうりんされ、私の元へ帰ってきた時に愛を再確認する。『やっぱり華奢なツバキの方が抱き心地が良いぜ……』ふぅ。なんと素晴らしき愛物語——」

 ベリルの口から『華奢なツバキ』という単語の組み合わせを聞いた覚えは無いが。

 惚け固まったツバキを見てミストナは「よしっ」と、拳を握る。

「メンバーの承諾も得たし、早く情報を寄越しなさいよ」

「このプシュケ・ノイラーゼ。愚民共と違って約束を反故にした実績は皆無ですわ」

「もったいぶるな」

 プシュケが扇を広げて耳打ちをした。鱗粉か香水かは分からないが、趣味の悪い匂いで頭が痛くなりそうだった。

「直行型ダンジョン——【断割の大地】 物体転移装置オブジェクト場所は、五番街ギルド第二支部付近、封鎖区域の地面の割れ目ですわ。そこに“万物の声を聞く者達タクトアーチェ”の残党が潜ってます。探してごらん遊ばせ」

 残った仲間達を残党と呼ぶのは行き過ぎな気もするが。第二支部ならここからそう遠くない場所だ。

「適当なこと言ってたら地の果てまで追いかけ回すわよ」

「どうぞどうぞ。プシュケの美貌は光の速さ。追い付けるものなら、ですわ」

「あっそ。情報元は? 出入ゲートの個人管理記録を盗んだの? あれはギルドの管轄でしょ」

 ミストナが危惧していたように、ギルド本部の電脳ベースに侵入するとなれば実刑は免れない。命に関わるような処罰ではないものの、数ヶ月の牢獄入りに加えて、街での行動に様々な制限が課せられる。

 小馬鹿にした笑みで、プシュケが扇子をパチンと閉じた。

「愚脳も愚脳。タクトアーチェの一味はダンジョンの救出活動家。ここ最近で五番街に存在するダンジョンの死亡者数と例年の平均死亡者数を見比べると、激減しているダンジョンが一つだけ浮かび上がりますわ」

 その手があったか。ミストナは自分の知識の不甲斐なさを反省したが、膨大な資料を一つずつ掻い摘んで読み比べる時間などない。

 大勢の傘下を従える者にしか出来ない力技だ。

「分かった。交渉成立——と言いたいところだけど、ちゃんとラビィに謝ってからよ」

「良いでしょう。プシュケは愚民共と違い、心に余裕がありまくりですわ」

 自信満々に言ったプシュケが無関係の客席に飛んでいき、新しく生えてきた植物人の頭の花を根こそぎブチ抜いた。

「差し上げますわ。遠慮せずに受け取りなさい」

「あ、ありがとうですです」

 偉そうだが花を送る事が昆虫人にとっての謝罪の仕方なのだろう。きっと。

「じゃあ現時刻を持って三日間うちのバカメイドを貸し出すわ。煮るなり焼くなり死なない程度に扱って良いから」

 何度も瞬きしたプシュケが小さく唸り、両手を胸の前で合わせ「やった! やったわ!」と、少女のように小さく跳ねた。

「普通の女の子のリアクションも出来るじゃない」

「や、やりまくりましたわ! オーーーホッッホッホ!」

「言い直さなくても」

「それでは行きますわよ。レッド・ベリル。まずはプシュケ・ノイラーゼが厳選したダンジョンに向かいますわ。あなたの嘘を見抜く特殊技能、しかと見極めさせて…………」

 ベリルが居た方に振り向くプシュケ。巻き髪を撫でて、余裕しゃくしゃくで右手を差し出す——が。その手を掴むベリルの姿は居ない。というより、あの騒がしい狼女の気配は店内からすっかり消え去っていた。

「レッド・ベリルはどこに行きましたのっ!?」

 店内に居る誰かの含み笑いが弾けた。

 釣られて、ミストナもしたり顔で笑い虎縞尻尾でカウンターを指した。

「プププッ。さぁね、厨房にある裏口から逃げたのかもね」

「お待ちなさい! レッド・ベリル!!」

 後を追いかけようとしたプシュケの前に。瞳を光らせた獣人メイド達がチャンスとばかりに立ち塞がった。

「ご主人様、この店はワンオーダー制ですニャ。注文は何にしますかニャンニャン?」

「注文なんてしませんわ! このプシュケ・ノイラーゼが愚民と同じ栄養を摂る必要が——って、あなたは誰ですの!? 勝手に羽を弄りまくらないで下さります!?」

「クンクンクン。羽の生えた猫もいい感じニャニャー」

「ニャアニャアニャンニャンと泣き声が棒読み過ぎますわ!」

「四ニャア入りましたー。店長、バクバクコスプレスペシャルセットメニューお願いしまーす」

「頼んでないですわ! どうしてプシュケ・ノイラーゼが愚民の格好をしまくらないと————あっ」

 抵抗していたプシュケが羽交い締めにされた。恐る恐る振り向いた先に、二足歩行の熊女将が凄んでいた。

「プシュケちゃん、この店で暴れたり客に迷惑かけるのは目を瞑るよ。冒険者のさがだからね。だけど、オーダーの取り消しだけは許さないよ」

「理屈がおかしいですわ!?」

 どれだけ抵抗しようが女将の剛腕には敵わない。金切り声をあげながら、プシュケはフィッティングルームに引きずられていった。

「ニシシッ。まずは脱走犬を探すところからね。猫のコスプレ姿で」

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荒唐無稽(こうとうむけい)のアニマルビジョン! パンドラキャンディ @pandora-candy

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