作戦会議

「なんと!? ついに諸悪しょあく根源こんげん“あらもーど卿”を討伐する時が! わたくしはこの瞬間を心から待ち侘びていました!」

 皿の山を左右に掻き分けてツバキが顔を覗かせた。

 目の前の巨大プリンの揺れに合わせて、狐耳も右に左に踊っている。

「何言ってるのよ。ただのクソデカプリンでしょ」

 あれだけの量を平らげてまだ余裕があるのかと、ミストナは半目を向ける。

 諸悪の根源=脂肪の塊と変換するなら、食べない事こそが乙女防衛戦の攻略方法なのだが。ダイエットという言葉はその細い身体が示すように(背はデカいが)ツバキとは無縁のものらしい。

「一人で仕留めるには勿体ない好敵手。ラビィも手伝ってはくれませんか?」

「はいですっ!」

 防御指数皆無の諸悪の根源が、スプーンで取り分けられていく。

 胃袋をときめかすツバキと、クソデカプリン討伐隊に参戦したラビィはさておき。近くの丸椅子を引ったくってテーブルに加わったベリルを、ミストナはジロリと睨みあげた。

「あんたは早くバイトに戻りなさいよ」

「店員じゃねーって何度も言ってるだろ。あたしはここの用心棒様だっつーの」

 牙を立てるベリルがピザの一ピースを丸めて口に放り込む。伸びたチーズを揺らし、ガラスの向こうを指した。

「……なによアレ」

 いつのまにか。大通りのど真ん中に気絶した半裸の男が三人重なっていた。

「おーい、シャンテ。こっちにチーズ三倍増しのミックスピザをあと二枚。葡萄酒も持ってきてくれ。一番高いやつだぜ。代金はミストナこいつに付けとけ」

「葡萄酒は一種類しかないでーす」と、厨房から声が返ってくる。

「約束だったからどれを頼んでも別に良いけど。で、あの変態達はなに? あんたの露出仲間?」

「な訳ねーだろ。鼓舞祭りの時にこの店を貸せと脅してきたチンピラだ。だからご退店を頂いた」

「どこがよ。乱暴に、の間違いでしょ」

 ゲラゲラと笑いながらベリルが男達をいやらしく見つめる。身体中にある事ない事が書かれた——大半が卑猥な——ラクガキがあり、通行人からは悲鳴が起きたり、写真が撮られている。

 これならギルド職員に捕まった方が数倍はマシだったはずだ。

「ギルドには通報しなかったの?」

「新参のお前は鼓舞祭りを見た事ねーもんな。簡単に説明すると、舞台メインは冒険者通りの端から端までだ。異界の金持ちもわんさか見にくる。いつもは冷やかしの客すら来ねぇ骨董店ですら勝手に金が転がり込む。となれば、冒険者通りに面した場所の奪い合いは必然って訳だ。ギルドに連絡したって他の店のトラブル処理で、到着する頃には日が暮れてる」

 そう言えば……とミストナは思い返した。この店に来る途中で馬鹿騒ぎしていた連中を。

「想像していたより大きなイベントなのね」

「五番街の三大フェスティバルの一つって言われるくらいだからな」

「それでも通報だけはしときなさいよ。あとで調書は受けたくないし」

「呑気に通報なんてやってられるか。あいつらあぁ見えてガーゴイル種の半魔人だぞ。くっせーツバが髪にかかったら三日は絡まったままだ。お前はそれで良いんだな?」

「……前言撤回。口開いた瞬間に顎を砕くわ」

「だろ? ダァーハッハッハ!!」

 正しい用心棒稼業の作法は真偽不明として、賞金稼ぎでまともに食っていけないベリルとツバキは副業をしている。ならず者が出入りしやすいこの店では、勝手気ままに暴れ回るベリルが人気者だ。

 ちなみにツバキはこの店の前に露店を開き、よく分からない奇怪なお面を売っているらしい。

「それよりどうして用心棒のあんたが、一番肌の面積が多いのよ。他のメイド服より軽装じゃない。ガチガチに固めなさいよ」

「これだから生娘はどうしようもねー。誘ってんだよ。見て分かれ」

 と、胸の谷間をわざと開いて見せてくるエロバカ狼。

「蛾以下の男を誘っても無意味でしょ。むしろ女性としての品格が下がるわ」

「男の気配すら寄ってこないペチャトナに言われたかねーな」

「誰がペチャトナよ!!」

 条件反射でフォークを投げる。が、開いた胸で上手く挟まれた。

「へっへー。今のお前の攻撃がこの麗しのメイド狼様に届くかよ。ペチャトナあらためヘニャトナだな」

 谷間に着いたクリームをベリルはいやらしく指ですくって舐めとった。盗られたフォークを使われて、パンケーキの半分が奪われる。

 ミストナはテーブルをドンと叩き、隣のラビィに泣きつく。

「悔しいっ! 悔し過ぎて何かとてつもない別の生き物に進化しそうだわ!」

「はううぅ!? ミストナさんがナマコさんやクラゲさんになっても一緒にいますです!」

 甘い匂いのするラビィに慰めてもらっていると、早くもクソデカプリンを平らげたツバキが狐耳をピンと立てた。

「————ベリル。わたくし達は弱っているミストナを護衛しなければならない立場です。危険の多い超獣戯化ちょうじゅうぎかを率先して発動させたのですよ? 意地が悪いのもほどほどに」

「あぁ? お前は食い散らかした皿で自分を守ってるだけだろ。皿の城でも建てて一生引きこもってろ」

 ツバキの叱咤に、ベリルが挑発を返す。

「軽口が過ぎます。馬鹿狼」

「あたしは全世界を代表して悪口の消費をしてやってんだ。感謝しろ。このデカ狐——ッ!!」

 ふがふがとベリルが口ごもる。

 目にも止まらぬ速さでツバキが投げた術札が、ベリルの口と鼻を塞いでいた。

「オイコラ! 窒息させる気か!」

「心配せずに。死んでも愛していますから」

「このあたしがタダで死ぬと思うか? 返り討ちにすんぞ」

 椅子を蹴り飛ばしたベリルが鉄パイプを召喚。肩に担いで、ツバキを顎で誘う。

 静かにスプーンを置いたツバキはテーブルから跳んで離れ、ベリルの前に降り立った。薄眼を開けて、狼を真っ直ぐ睨みつける。

 この構図。とんでもない大食漢から店の食材を守るバカ用心棒……と見る事も出来るのでは。

 妄想を膨らませてる場合でもなく、ミストナはのそのそとラビィの膝の上を通り、二人の間に立ち塞がった。

「あんた達いい加減にして。食事の席よ。喧嘩するな、とは言わない。やるなら来週……そうね、十日後くらいにしなさい」

「そりゃ喧嘩じゃなくて決闘じゃねーか。バカかお前は」

「なんですって!?」

「近頃のベリルの態度は目に余るものを感じていました。ミストナもそうでしょう。この機会に再教育致します」

「それはそうだけど……ベリル、謝りなさい。ツバキもよ」

「しゃしゃり出て来るんじゃねーよ新米ペーペー。お前が来てからのこの一ヶ月、ツバキとはガチでヤリあってなかったからな。目ん玉かっぽじってよく見とけ。澄まし顔の女狐がブッ飛ぶシーンをよ」

「私をダシにして口実を作るな」

 言って、言葉を間違えたと気付く。

 煽ってどうする? このパーティのリーダーとして、二人を仲裁しなければならないのに。

 ミストナが頭を抱えている間にも、金色と灰色。二人の魔力が目に見えて高まっていく。

「ぶっ飛ばす? 床の間ではわたくしがいつも勝ってますが。一週間前も始めて快感を知ったうぶのような声を上げて——」

 ハッとしたベリルがわなわなと鉄パイプを震わした。

「一週間前だと? あれかっ!? 酒飲んで起きたら裸でテーブルで寝てて、ミストナにクソシバかれた時の!? てめぇ……酒に変な薬混ぜやがったな!」

「知りませんね。狐につままれたのでは?」

「答えが出たぜ。その女狐はお前だろうがっ! 薬飲まして好き勝手して、気色悪いこと抜かしてんじゃねーよ。ブッ飛ばすじゃなく、ブッ殺す!」

 ヒートアップする両者の戦闘が今にも始まりそうだ。それなのに……ミストナは周りをうかがった。客は誰一人として不安がっていない。

 獣人メイド店員達など、フライパンや鍋を片手に厨房から目を輝かせてこっちを見ている。

「まだ祝勝会のスピーチは終わってないわよ」

 ベリルの左腕を力なく掴むミストナ。

「離せミストナ! 説教なら牢屋で聞いてやる!」

「あんたねぇ! どこまで被害を及ぼす気よ!」

 ベリルの腕力に振り回されるが、長い尻尾を太ももに絡め動きを封じた。開けた胸に顔を埋めて、がっちりと掴んだ。

「猿みたいに引っ付くな! つーかシマシマをどこに入れようとしてんだよ!」

「してないわよ! 不可抗力でしょ!」

 尻尾に力を入れるほど、ベリルの太ももの上に滑り混んでいき、

「ッッッ!?」

 身をよじらせたベリルの足が滑る。

 そのまま——ミストナはベリルの上に倒れ込んだ。

「いってーなぁ!…………おい、とっとと離れろ。投げ飛ばすぞ」

「全く。キャンキャンうるさい狼なんだから」

 マウントポジションで上体を起こすミストナ。

 その手がベリルの頬に添えられ、再び力無く倒れ込んだ。

「おいっ、どうした? マジで気絶したか? だからまだ本拠地ホームで寝てろって言ったじゃねーか」

「気絶してないわよ。言いそびれちゃってたから」

「何がだ」

「ソフロムと戦ってる時に駆け付けてきてありがとう。声が届かなかったらどうしようって不安だったの。……あんたの姿が見えた時、本当に嬉しかった」

「あぁ?」

「だから……、感謝を伝えるわ」

 優しくベリルの頬に、ミストナは頬を擦り付けた。

 信頼する者に対する獣人特有の愛情表現。

「やめろっ! 気色悪い!!」

 嫌がりつつもベリルの灰色の尻尾は揺れていた。その尻尾の大きな振動が体に伝わり、ミストナは「ニシシッ」と笑みを浮かべた。

「たまには素直になりなさいよね」

「うるせー! あたしはいつだって素直だろ!」

「尻尾だけでしょ。嘘つき狼」

 ノミの大群に襲われたように悶え苦しむベリルは放っておき、次はツバキとラビィを呼んだ。

「助けてもらってばっかりでツバキには頭が上がらないわ。ありがとう」

「ミストナ……それはわたくしが言わなければならない言葉ですよ」

 神妙な顔付きでツバキが瞼を閉じた。

「じゃあ相思相愛ね。今日はケンカしちゃダメよ。わかった?」

かしこまりました」

「よしよし」

 と言ってもツバキの頭までは手が届かないので、かがんでもらって頬を擦り付ける。

「ラビィも看病してくれてありがとうね」

「当たり前です。ラビィは……ラビィはいつまでもミストナさんの従者なので」

「もぅ。大親友で良いのに」

 抱擁を交わしていると、立ち上がったベリルが「見世物じゃねーぞ!」と客や店員を威嚇していた。珍しく、顔を真っ赤にさせながら。

「あっ、帰りはあんたの背中に乗っていくから。安全運転で頼むわよ、タクシー犬」

「……ケッ。駄賃は別だからな」




 一通り食べ終り、食器を下げてもらった。ほとんどはツバキが平らげた皿ばかりだが。

 ミストナはテーブルの端に備え付けられたボタンを押す。四人を包み込むように簡易結界が出来上がり、これで声や姿が外に漏れる心配は無くなった。

「この前よー、これ使って中でおっぱじめたカップルがいやがって。しかも触手が——」

 くだらない話を始めるベリルに、ミストナは口を尖らせる。

「さっさと本題に入るわよ。十五分を超えたら追加料金を取られるし」

「へいへい」

 ポケットをまさぐったベリルが情報媒体魔石をテーブルの中央に転がした。情報屋に頼んでいた個人資料だ。

 浮かび上がった透過映像に、魔族の女児とスーツ姿の女が浮かんだ。

パーフェクトオーダー完全なる幸福の届け人の正体はこいつらで決まりだ」

 名をチィク・チルライト・タクトアーチェ。パーティー名:万物の声を聞く者タクトアーチェの元リーダー。

 人間ノーマルで例えると十歳くらいの女児だろう。備考欄には宝玉ほうぎょく人と書いてあった。希少な魔族らしい。証拠に黒目の中心は普通の瞳では無い。エメラルド色の宝石が埋まっている。

 屈託の無い笑みで秘書風の女とツーショットで写っており、ギルドにDNAのサンプルも提供している。この野暮ったい街においてはかなり友好的な印象を受けた。

「生粋の魔族と見受けられますね」

 ツバキの発言を受けて、ミストナは腕を組む。

「実年齢は分かる?」

「推測になりますが、角の螺旋模様が五週半なので百五十歳前後かと」

「見た目は子供みたいなのにね」

「純粋な魔族ほど、肉体的成長は遅い傾向にあります。わたくし達とは真逆になります」

「ツバキとベリルは早熟過ぎると思うけどね」

 戦闘職ジョブはベリルの報告通り。ガロンが言っていた付与術師エンチャーターで登録している。

 半年前までは五人パーティーで活動しており、現在は並んで映る秘書風の女——メトロノームと共に除名済み。

「ねぇベリル、本当にこいつがパーフェクトオーダーなのよね?」

「間違いねぇ。あの時にソフロムが隠した嘘はこの二人だ」

「魔術で姿を偽ってる可能性は?」

「それもありえねぇな。あたしが見る嘘は第三者視点の風景じゃない。透過魔術を使った後のソフロムの記憶像だ」

「……そう」

「想定通りの付与術師エンチャーターだったな。だけどよ、どうしてこいつはギルドの捜査対象から外れてやがった。第一候補じゃねーか。能無しか、ギルドの奴らは」

「これだけ善行してたら確たる証拠無しに捜査出来ないでしょ。民衆から石やら魔術やら、その他もろもろが飛んでくるわよ。本拠地ホームも持っていないみたいだし、突入ダンジョンが分かっても高難度の奥まで潜入してたら捜索は難しいわ」

 理由は備考欄を見れば分かる。

 述べ五千人以上。この数は、過去三年間でチィクがダンジョンで助けた冒険者達の数だ。その救出記録も分刻みで事細かに記載されていた。昼夜問わず、まとまった休みもない。

 人生を賭けて冒険者を救っている善人が、急に悪人となり冒険者を再起不能におとしいれる訳がない。例えミストナがギルドの治安部隊にいたとしても、最優先で容疑者から外していただろう。

 残った万物の声を聞く者タクトアーチェの三人は、細々と救助活動を続けているようだった。マニマニアという女がリーダーを引き継ぎ、この三ヶ月間はダンジョンに籠りっぱなし。

 少し訂正。神官職の女の一人が、定期的にダンジョンとホワイトウッドを行き来しているギルドの出入記録が残っている。おおやけな出入履歴を残さない冒険者が多い中、やはりこのパーティーは真面目な救出活動家なのだろう。

「ベリル、もう一度聞くわ。本当にこの二人が見えたのね?」

「しつこいぞ。あたしは嘘つきだけど、困った時しか嘘はつかねー」

「そっちの方がタチが悪いけど」

「その……」と、恐る恐る口を開くラビィ。

「どうして犯人さんは危険を犯すような行動をとったのです?」

 続き、ツバキが手を挙げた。

わたくしも疑問に感じていました。これまでの完全なる幸福の届け人ぱーふぇくとおーだーは対象者の記憶を完璧に操作——抹消してきたはず。ですが、あの兵士達は薄っすらと覚えていたようなのです」

「そうね……」

 ラビィとツバキの質問は当然だった。今までの犯行履歴からして不注意が過ぎている。

「なりふり構うのをやめただけだけだろ」

「根拠あるの?」

「ねぇーよ。ただ、ソフロムの記憶像では焦っていたように思える。写真の切り抜きみたいで確信はねぇが」

 そうまでしてモルメス国にこだわった真意は不明だが。

「何かの準備が整ったのかもしれないわね……」

 これまでの被害経緯をまとめる。様々な種族、飛竜などの抗体の強い魔獣、異界からの新参者、そしてあの神族の男と暴走屋敷。

 無機物にまで化け物じみた魔術が及んだ。

 当初のミストナの推測が、現実の物と成りつつあった。パーフェクトオーダーは実験じみた行動を繰り返し、何を起こそうとしているのか。

 その核となるであろうキーワードを、ミストナは呟く。

「ダンジョンのクリア恩恵を与える異能……か」

 少し虎耳が折れ曲がる。

 同業者達より大きなアドバンテージを取った、と言えるのだろうか。逆ではないのか。強大過ぎる敵と戦っても身を滅ぼすだけ。

 だが——、危険が増すほどミストナが手を伸ばし続けている理想に近付く。

「これだけの力よ。あの六芒星の術印がに間違いないわ。だとしたらギルドが魔術解析出来ないのもうなずける。だってキボウの瞳は魔術じゃない。勇者の遺産だから」

 ミストナはあえて口に出した。

 小さな頃に夢見た絵本のストーリーが現実に存在して欲しい、という願いを込めて。

「ケッ。あんなガキの寝付け用の話をまだ信じてんのかよ。これだから温室育ちはいけすかねー。いいか、この際だからはっきり言ってやる。あれはフィクションだ。妄想、創作、事実無根のお伽話だ」

 この手の話になると、ベリルはいつも否定的な態度を取る。明日になれば知らない種族が増える混沌の街だというのに。

「もし実在したらどうするのよ」

「どうするもこうするも、手にしたところであたしらには使えない。実際に被害者の中にだって獣人は一人もいない。獣人が新しい魔術を覚える訳がねぇーからな。だからパーフェクトオーダー様はあたしら劣等種族に興味がねぇーとさ」

「正論だけど……それは実際に手に入れなきゃわかんないでしょ」

 実際の所、わらにもすがり付きたい思いだった。ラビィにはいつも縋り付きまくっているが。

 そう。固有魔術のみという弊害に縛られる、獣人種族の成長の頭打ち。

「この街の範疇を超えた未知の力を目の当たりにしました。ミストナの意見の全ては否定出来ません」

「でしょ? それこそ“キボウの瞳”っていうぐらいなんだから、希望を抱いたっていいじゃない。常識じゃ測れない力なのよ」

 後押ししてくれたツバキに、ミストナは鼻息を荒くした。

「だからぁ、そりゃ絵本の中の話だっつーの」

「えっと、ダンジョンの主人さんもパーフェクトオーダーの魔術にかかったらしい……ですです。噂話ですが」

 頭の後ろで腕を組んでいたベリルが目を開き、口笛を吹いた。

「マジかよ。それ、かなり笑えるぞ」

「マ、ジ、で、笑えないわよ。固有世界と精神が融合したダンジョンの代弁者よ? 人の形をした“一世界”だって言う定説もある。救いの手を差し伸べてくれない神族よりも上の存在よ」

「でも……ミストナさんの言うように、色々な魔術が使えるようになったら嬉しいですです」

「えぇ。魔術の幅が増えるという事は、料理の幅も増えるということですし」

「ねー。夢見るのは自由じゃない」

「夢物語より現実の報酬を見ろよ。確定で金貨が四千枚以上。それがもう目の前だ」

 ベリルは同業者を一瞥いちべつし、バカにするような笑みを浮かべた。

「気が早すぎるわよ。まだどこにいるかも分からないし。この情報が私達だけ握っているとは限らない」

 ミストナ率いる星屑の使者は、標的登録というシステムを活用していた。

 賞金稼ぎ同士のいざこざを防いだり、標的を被らせない牽制のために。または他パーティーとの連携や、情報共有がコンタクトしやすい仕組みとなっている。

 もちろん登録は強制ではない。虎視眈々と獲物を掠めとろうとする横取り連中も存在する……ベリルも前例有り。

 昨日に確認した時のパーフェクトオーダーの標的登録数は三百組ほど。冷やかしもあるだろうが、高額なだけあって実力者達も多い。

 こいつらが自分達よりも有益な情報を手に入れている可能性は否めない。

 浮かれて天狗になるには早すぎだ。

「ラビィは臨時収入を手に入れたら何に使いますか?」

「私は、えっと、ミストナさんに古書などのプレゼントをしたいですです……」

「ひゃあああーーーっ!!」

 ミストナは素早く手帳を取り出す。

 そして世界の歴史に永遠と残るであろうラビィの格言を、日時と表情と今日着ている服(下着の製造番号込みで)完璧にメモした。

「分かんねーなぁ。自分の事に使えよ。あたしはもう夜の店のフルコースを予約済みだぜ」

「ちょっとはラビィを見習いなさいよね。あと片っ端からいかがわしい店を超出禁にしたから」

 にししっとミストナが笑う。

「何してくれてんだ!?」

「バレてないとでも思ってたの? 予約を先延ばしにしまくるから本拠地ホームまで連絡が来てるのよ。人の趣味にケチ付けるつもりはないけど、男好きなのか女好きなのか魔獣好きなのか、どれか一つにしなさい」

「あたしは気持ちよかったらなんでも良いんだよ!」

「じゃあ雑草とたわむれてなさいよ。経済的だし」

 文句を垂れるベリルを無視し、ツバキに話を聞いた。

「私は食費だけで満足です。残りはミストナが自由に使って下さい」

 残りそうにないけど。と思いながらミストナは指を折る。

「支払額は現状で金貨が四千二百枚。ベリルの借金を返しても半分以上は残るわね。そうね、まずは温泉に行きましょ。ホワイトウッドのダンジョン百選の一つで絶景なんだって」

「それは誠に良い案かと」

 話が逸れてしまったが、仲間達のやる気を維持する為に報酬の使い道を考えるのは大事だ。特にツバキとベリルの二人。

 何に興味があるのか、嫌いな物は何か。ダンジョンに潜る機会はこれから先増えていく。深く、それこそ獣耳が触れ合うほどには知っておきたい。

「うーん、鼓舞祭りを利用出来ないかな」

 ガラスの向こう、喧騒を眺める。

 屋台の場所取りで揉めている人々。ビラを配っている着ぐるみの冒険者も居る。日増しにチィクの目撃情報も集まってくるのではないか。

 それよりも——、ミストナは覚悟していた言葉を吐き出した。

「あんた達、チィクに勝てると思う?」

 満足気にハンカチで口の端を抑えながら、ツバキ。

「ダンジョンの主人にすら対抗できる魔術が扱えると想定して客観的に判断をしますと、指一本触れる事すら叶わないかと」

 実力者のツバキがこういうのだ。ネガティブな考えだが、的を射た意見。

「しかし——」

 ツバキがラビィを見て、微笑んだ。

「捕まえる人はダンジョンの主人さんじゃない、です」

「そうね。ツバキとラビィの言う通りだわ。神に等しい力を持っていても、精神や肉体的な基礎部分は冒険者。私達と同じよ。だったら……星の数ほどのチャンスは生まれる」

「ですです」

「それと一度決定した獲物は出来るだけ変更したくない。標的履歴に傷が付くわ。あと、私をよく見なさい。危険色の髪と尻尾は伊達じゃないの。危ない場面を見もせずに引き返すのは性分に合わない。いざとなったら退く。で——、足りない分の爪と牙を研ぎ澄ましてまた追い込む。絶対に諦めないわ」

「ダァーハッハッハ! お前はこの街で早死にするタイプだな」

「あんたの借金を手っ取り早く返済できる手段がこれしかないのよ。早死にしたら化けて出てやる」

 情報媒体魔石を仕舞い、簡易結界を解く。

 ラビィがポーチから取り出したのは四つのアクセリー。ツバキは髪飾り。ラビィはポーチに付けるワッペン。ベリルは犬耳用のピアスだ。

 撮影や録音をはじめ、映像交換など様々な機能を備えた小型通信魔機だ。ミストナは“星屑の使者”専用のブローチに仕込んで貰った。

「高いから激しい戦闘時は小まめに術式をオフっときなさいよ。次壊したら本当に鎖で繋いでやるから」

「へいへい。トイレも付いて来いよ。絶対だぞ」

「あと緊急時以外での機密事項の交換も禁止。情報漏洩に繋がる。仕事の契約も魔術印が確認出来る書類か、陣の焼き印にして」

 乱暴にピアスをポケットに突っ込むベリルだったが——コトン。床に何かが落ちる音が聞こえた。

 ミストナがテーブルの下を覗くとコロコロとピアスが転がっている。

「このバカメイド! 早速落としてるじゃない!」

 頭をスパンッ! と殴り、その後は各自に補充しなければならない物資をリストアップしてもらった。

「ふぅ」

 一息つくミストナは食後の紅茶を口に含み————そのまま。飲み込む事を躊躇ためらった。

(チィクはどこに身を潜ませているの……)

 ダンジョンか、異界か。あるいはホワイトウッドの何処かなのか。

 身を隠しやすい場所なら歓楽街や廃墟地区……。被害範囲は五番街だが、生産系の建物が密集している隣の四番街かもしれない。これらは資料で読んだ善行からすれば正反対の場所ではあるのだが。

 現時点で絞りきれるはずがなかった。

 (目撃情報を待つよりは、残された仲間の三人に話を聞くのが最短なのかな)

 仲間の潜っているダンジョンを特定し接触すればチィクの行動範囲を絞り切れるはずだ。だが、ギルドの出入ゲート管理情報を盗むとなると、危ない橋を渡らなければならない。あるいは情報屋に大金を積むか————、

『バンッ!!!』

 玄関の扉が壊れそうな勢いで開かれた。

(うっさいわね、さっきまで考えてた内容が飛んじゃったじゃない)

 ミストナは口の中の紅茶を舌で遊びながら、入り口を見つめる。店内に居る者達も怪訝な表情で同じ方向を向いた。

 また新たな地上げ屋の類が現れたのか。テーブルの下で武器を構える素振りを見せた者達を、ミストナは横目で辟易へきえきしながら確認した。

「ん??」

 ミストナの目が点になる。周りも同じだった。

 玄関から通路を通りミストナ達のテーブルまで。赤絨毯がサァーと引かれていく。その上をどこからともなくピンクの花びらが舞い散り始める。

(いつからこの店はショータイムなんて始めたのよ)

 思ったが、メイド獣人達もカウンター付近でキョトンとしていたので、この店のイベントではないようだ。

 店内のスポットライトが全機能。入り口を眩く照らした。

「オーホッホッホ!! 失礼しまくりますわ! 失礼なのはあなた達、愚民共の顔面ですけど!」

 不躾ぶしつけを三段階超えた態度で入店した者。それは。

 街の一角を巨大玉虫で潰して、愛がどうとか支離滅裂な発言をしていた蝶人の変態仮面だった。

「結構ですわ。下らない挨拶なんて時間の無駄、愚の骨頂」

 まだ誰も一言も発していないが。

「事は急を要しますわ。悪童——レッド・ベリルはここにいますわね。今日こそはを受け取って頂きますわ!」

「ブホォーー!!!」

 ミストナは含んでいた紅茶を、天井に向かって一気に吐き出した。

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