メイド喫茶【アナグマの巣穴】2

(家が家を食べる???)

 復唱された所でミストナは全く理解出来なかった。が、難しく考えると、このホワイトウッドでは負け確定である。知恵熱で倒れこみ三日とやっていけないだろう。

 私、肉、拾った、飲み込む。という、どこぞの馬鹿メイド狼並みの単純思考も時には必要だ。

 ……後からお腹を壊すのは必須として。

 落としたい肩はすでにテーブルにくっついているので、これ以上のリアクションは取りようもない。

 ミストナは気だるく映像の続きを見た。

 まぁ、レポーターの言う通りだった。暴走屋敷にどれだけの積もり積もった鬱憤があるのかは知らないが、庭に生えていたであろう果実付きの木を四足歩行代わりにして、高層マンションに飛びつく。まるでとうもろこしを見つけたイナゴのように。

 玄関の左右に鉄門がついており、大口を開ける形となってコンクリート外壁を喰い千切る。

 窓から見えた部屋の中はまるでミキサーだった。最後は勝手口から粉砕噴射している。

「家屋の流儀なんか知らないけど、行儀の良い食べ方じゃない事だけは分かるわね」

 ラビィの強張った表情に気付く。

 幸いなことに事件が起きているヒュース地区は冒険者通りと隣接している。距離も遠い。今から向かったとしても、着いた頃にはギルド支部の職員が解体しているだろう。

「行かないから。安心して」

 周りの同業者も気にする様子は無かった。

 あの屋敷が公式に制定された賞金首リストに載っている訳でもない。出しゃばって解決しても安く買い叩かれるのがオチだ。

「食い散らかすならウチの方が得意だし。バクバクッ」

 と、やってきたグローガー。

 ツバキが大量に注文したせいで鱗尻尾にずらりと料理が並んでいる。頭には……なぜか猫耳を付けていた。

「家と張り合うのはどうなのよ」

わにには負けられない戦いがあるっぽい」

 強い縄張り意識が対抗意識まで飛び火している。

 ミストナも野生の血が騒ぎ出して自覚するところは多々あるので、胸がチクリとした。

「はい、アナグマ特性のスペシャルパンケーキ。味わってバクバクニャアニャア食べてね」

 鱗尻尾の最後に乗っていたパンケーキが目の前に置かれる。

「取って付けたようにニャアニャア言っちゃって。グローガーはわに人でしょ。猫耳カチューシャは似合ってるけど」

「店長が急に猫イベ開催するって言ってさ。きっとミストナ様が来店したからっぽい。ミストナ様にも特別製メイド服を用意——」

「何回言われてもメイド服は着ないから。ここで働く気もない。ラビィもよ」

「またフラれちゃった。ベリルと同じで絶対人気者になれるっぽいのに。じゃあ呼びかける時は語尾にニャアを付けてねー」

 パンケーキにはメイド服が描かれたクリームが添えてあった。女将が勧誘を諦めてくれる日はまだ先になりそうだ。

 力をつけるためにワガママ言わずに食べなければいけないが、食欲が湧かない。

 フォークでぷよぷよと突いていると、気を利かせてくれたラビィが切り分けて口元まで運んでくれた。

「あーん、です。えへへ」

 これならば無理してでも食べる理由になる! むしろ食べないと罰が当たる!

 また可愛がり悶絶タイム発動かと思いきや、臨時ニュースの続きが邪魔をした。

『おおっーと!? 次は趣味が悪そうな高級住宅が一口で食べられました! 高慢ちきな貴族の家でしょうか!? いいぞ、もっとやれ! ラッキーラッキー……あっ、いやいやいや、なんたる不幸に見舞われたのでしょう!! こうならない為にも、進行方向に関わる皆々様はいち早く防御壁や結界を展開後、すぐに避難して下さい!』

 目まぐるしく動く映像が、上空からに切り替わった。

 案の定というべきか。屋根にはただれた六芒星の術印がデカデカと映し出されている。地上では蟻のように逃げ惑う冒険者達の姿も確認できた。

 何かに気付いたカメラマンが前方を映す。

 次の建物に当たりを付けたギルド職員達が十名ほど、屋根の上に待機していた。

 古詠唱付きの共有魔術——の発動。数百メートルに渡り、強靭な光の帯が編まれた。生け捕りにする気だ。

「腐ってもギルド職員ね。たまにはやるじゃない」

 特別製の魔術網。あの強度と範囲なら破られはしない、とミストナが関心したのも束の間。

「なっ!?」

 暴走屋敷は陸上競技者よろしく華麗なフォームで、悠々と魔術網を飛び越えた。

『おっほー!? 建造物垂直跳びの新記録が出たのではないでしょうか!?』

「そんな種目あってたまるか! というか逃げられたじゃない!」

「あわわわ。ミストナさん落ち着いてくださいです。体にさわりますです」

「はて。あの天使族の方……。何処かで見かけた事がありませんか?」

 ツバキに言われて、注意深くリポーターを見る。

「そうね。本拠地ホームによく来る自称天使の配達員に似てるわ。何やってんだか」

『カメラさん! 屋根の真ん中、魔術陣の中心までズーム出来ますか!? いやいやいや、毛穴までは寄らなくていいですからっ! ほら見て下さい! 屋根の上に誰か乗っています! あれは……昨日手配書リストに載った神族の男じゃないですか!?』

 確かにボロ布をまとった一人の男が直立不動で立っていた。ブツブツと、何かたわ言を呟いているようにも見える。

 そいつに見覚えがあったのか、ラビィがロップイヤーをピクンと動かした。

「知ってるの?」

「ミストナさんが帰ってきた日に賞金チャンネルで流れていましたです。とある中堅パーティーを一夜で壊滅させたって……」

 男の両目にも六芒星の術印が映っている。という事はこいつが騒動を起こした張本人なのだろう。

「全く。私が寝込んでいる間くらい大人しく出来ないのかしら。この街は」

 猛威を振るうパーフェクトオーダーの爪痕。この一件で、賞金額がまた吊り上がる気がする。

 そして——

『避けろーーーッ!!』

『にょええええええーーーッッ!?』

 報道陣達の悲鳴が重なる。ノイズが混じった爆音、続け様に粉塵が巻き起こり映像が灰色になった。遅れて、テーブルがまた震える。

 一瞬だけ何か見えた。屋根に、六芒星の魔術陣に巨大な影が落ちた気が。

「なに? なにがどうなったの?」

 映像は途切れていない。が、酷く視界が悪い。

 誰かの魔術だろう。突風で視界が晴れると、先までの場所に巨大な虹色の物体が映っていた。全体的に平べったいフォルムに、大樹のような太い鉤爪かぎつめが六本。

「これって、あれよね、まさかとは思うけど…………玉虫よね?」

「お、大きすぎますです!」

 あの暴走屋敷の二倍のサイズだ。そして、暴れ狂っていた屋敷の姿は跡形も無かった。神族の男もだ。

 玉虫の足元に、屋根の破片だけが散らばっていた。

『や、やりました!! 誰かが犯人を取り押さえたようです!』

 良いように言ったが、そこは踏み潰したの間違いではないのか。その他大勢の悲しき野次馬達と共に。

 ヒーローインタビュー(視聴率アップ)と、かこつけてリポーターが玉虫に接近。背の先頭には、ピンクの扇子を口元に当てた金髪縦ロールの女が立っていた。

 赤いドレス風の戦闘服だ。目元には仮面舞踏会用のマスクを付けている。そこから覗く、眼下を突き放すような視線。額からは二本の触覚が生えている。おそらく蝶人の女だろう。半分透けたアゲハ模様の羽から見ても、種族は丸分かりだった。

『すみませーん!』

『オーホッホッホ! 愚民共を見下すのは最高ですわね』

『あの、少しだけインタビューしても——』

『美しさは有限でしてよ。退屈な質問だったらあなたも踏み潰して遊ばせますわ』

 変態蝶仮面女が食い気味に答えた。

 この勝手な振る舞い、言動から一つだけ分かった事がある。こいつは絶対にギルド職員などではない。

『まずは五番街を代表して感謝の言葉を——』

『雑魚相手に感謝されるなど愚の骨頂。それこそ時間の無駄ですわ。無能な愚民達の面倒を見るのが上に立つ者の務め。オンボロ屋敷の解体など、目的地に向かうついでですわ』

『な、なるほど。これからどこへ行かれますか? ダンジョンですか? それとも異界ですか? 恋人のところだったり——』

 聞く所はそこじゃ無いだろ。と、ミストナは心の中で突っ込んだ。

『オーホッホッホ!! ビューチフル、あなたはとてもビューチフルな鳩女ですわ!』

『歴とした天使族ですが……』

『良いでしょう。その下劣な質問に答えて差し上げますわ。空を雅に踊る蝶が急ぐ理由は、一つ。この一途な気持ちをに伝えに行くため。それだけのことでしてよ』

 フリルが付いた扇子をパチンと閉じ、勝ち誇るように言う。足下に置いてある鉢植えを掲げ、見せびらかした。くるくると花弁が回る不思議な緑の花がプレゼントのようだった。

『まさか、愛の告——』

『そうっ! 愛の告白でしてよ! 至上の愛に微々たる犠牲はつきもの。本人に、周囲に、自分自身に。絶大なアピールをしなければいけないのですわ。鳩女の告白成功率はいかがなものかしら。私は百パーセントでございましてよ!』

『うぅ、言われてみれば思い当たる節が……。恋愛成就には、全力の表現が必要と。勉強になります!』

 さっきまで恐る恐るだった天使が、恋話に食いついた。やっぱり天使では無かった。公園で撒いた餌に群がる鳩だ。

 玉虫が羽を広げ、高度を上げた。改めて眼下を覗くリポーター。玉虫が着陸した被害は甚大だった。半径数百メートルがガレキと化している。

 はっきり言えば、暴走屋敷よりもやらかしていた。

『でもですよ。これはさすがにやり過ぎなんじゃ……さっきの犯人と同じ——』

 そうだそうだ。いくらなんでも往復ビンタしたのちに、拘束くらいはするべきだ。

 バカにするような視線で、蝶人が金髪の縦ロールを撫でた。

『愚鈍な目をかっぽじって良くご覧あそばせ。私がいつ、どこで、街を一欠片でも壊したと?』

 再びカメラが眼下を映す。

 その場所には、普段の街並みが映っていた。

『えぇ!? 建物が壊れてない!? どうして!?」

 天使が慌てているうちに、巨大玉虫は五番街の中央へ向かって小さくなっていく。

『い、以上。何処かに吹き飛ばされたリポーターに代わり実況はスーパーアルバイター、天使族の“ラパエル”がお送りいたしました。ねぇ、これってバイト代って出ますよね!? って、映像屋さん何処へ行くんですか!? 逃げないで下さいよ!』

 どんな魔術を使ったかは知らないが、五番街に迷惑をかけすぎだろう。早く捕まれ、変態仮面女。

 そう思いつつもミストナは、蝶人の言い分に引っかかっていた。

「愛に犠牲はつきもの……か」

 半分になったパンケーキを頬張りながら、ミストナは呟く。

 速報に見とれている間に、対面では皿が山積みになっていた。ツバキの目にも止まらぬ早食い。

 もはや顔は見えず、皿の上から大きな狐耳だけが飛び出している。

「もしや、ペレッタとガロンの事でしょうか。にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんのにゃん」

 メイド達も料理運びが間に合っていない。というか運ぶ事を諦めていた。

 ツバキがニャンと鳴く度に、厨房から料理が乗った皿が飛んでくる始末だ。

「そうよ。その二人よ」

「どうなったのですか? ラビィとわたくしはベリルを連れて住処に引き返しましたので」

 ギルド支部に問題児のベリルを置いておけない、というツバキのナイスな判断。

 だから二人はを見ていなかった。

「ペレットとガロンは……その……チューしてた、のよ」

 歯切れ悪く言う。

 二日前。後から追いついたガロンは両目に包帯が巻かれたペレッタを力強く抱きしめた。ガロンに気付いたペレッタも抱擁を返した。

「絶対安静だぞ! 泣くな! 立つな! 騒ぐな!」という魔術医の忠告も無視して、互いの命を確認しあった。

「良いでは有りませんか。愛を育み、次世代へ繋げる。口付け程度ならミストナもラビィの頬っぺたに良くしていますよね?」

「……違うの。『横になってれば大丈夫。超獣戯化は怪我じゃないから気にしないで……』って言った直後よ。あいつら……、あいつらは私の目の前で……」

 施術後だ。痛みが麻痺してハイになるのも分かる。二人の生死を賭けた逃避行。吊り橋効果が働いたのも分かる。だからと言って。

 ポンとミストナの顔が真っ赤に染め上がる。

「舌を……ディープキ……くっ!!」

「でぃーぷき————何ですか? ペロリと。舌が何処と何処に接触し、どの様に粘膜を交換したのですか? これは是非是非是非是非ぜひぜひぜひぜひ、根掘り葉掘り聞く必要のある事案かと」

「舌をどうしましたのですかっ!? まさかミストナさんの目の前でででででですですですですです!!」

 と、興奮気味なツバキラビィ

 墓穴を掘ってしまった、とミストナは溢れた言葉を後悔した。

 二人は他人の色恋にそれほど興味を示す性格ではない。自分がエッチな話をする物珍しさ。それに食いついた事に気付いたからだ。

「ななな、何でも無いわよ! 今すぐ忘れなさい!」

 追い討ちをかけてくる二人をのらりくらりと躱し、これ以上のモルメス国の逃亡姫話を止める。

 ——途端だ。

「なんだ? ぺレッタとガロンは病院内で交尾してやがったのか。見直したぜ」

「はぁあああーーっ!?」

 ストレートな物言いが上から降ってきた。

 こんなデリカシーのない事を平然と言ってのけるのは、馬鹿狼メイド以外ありえない。

 傍若無人の問題児メンバー、悪童——レッド・ベリル。

「そこまでいってないわよ!」

 声が届いたのか。それとも露出度の高いベリルのメイド服が目を引くのか。

 近くのテーブルでニヤニヤと笑う同業者の視線が憎かった。

「んだよ、つまんねぇな。つーか、お前ら来るのがおせーんだよ。どんだけ待たせてんだ」

 ベリルがついでに持ってきたのはアナグマの巣穴特製のジャンボプリンアラモードパフェ改。

 バケツをひっくり返したようなそれは、クリームやフルーツがてんこ盛りになっていて、見込みで五キロ以上はありそうだった。

 もう片方の手には、自分用のチーズ山盛りピザの皿を持っている。

「ふんっ、あんたはまだ呼んでないわよ」

 事実だったのでそのまま伝えた。ベリルはこの店の臨時バイトをしている。今も給仕中のはずなので、仕事が終わってから合流する約束になっていた。

「分かってねーなぁ。呼ばれなくても行ってやるのが良い女の証拠なんだよ。例えば、昔に忍び込んだギルドの金庫室とかな」

「次そんな事したら尻尾を引きちぎって干物にするわ。バカ狼」

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