メイド喫茶【アナグマの巣穴】

「んあー」

 もう体中がだるい。

 だるすぎてミストナの虎縞の尻尾は、地面スレスレまでへにょりと垂れていた。

 木人が落とした枝を杖代わりにしながら、重い足を一歩ずつ進め、多種族で溢れかえった冒険者通りを南へ下っていく。

 ふと、ミストナの足が止まった。

 通り過ぎた高級装備店の前に、小型走竜に引っ張られた屋台が急停止。「良い素材が入荷したんだよなー」と、営業妨害もいとわず大量の荷物を次々と広げる運転手。出てきたのは巨大な赤と白の甲殻じみた数々。蟹の腕に似た何か。

 当然、シャツの腕をまくりながら出てきた店員と一悶着。そこに違法改造丸出しの自動魔車が屋台を軽快に跳ね飛ばし、この店前を譲れとまた割り込んできた。

 まぁ……。この後の展開は見なくとも大方の予想がつく。

 ギルド職員が駆けつけて種族対抗四つ巴の乱痴気騒ぎ。魔術連発の末に、四者+店舗ごと街の外まで吹き飛ぶのだろう。

 この街の住人は吹き飛ばされるのがそんなに好きなのか。マゾ体質な冒険者ばかりなのか……。なんて、くだらないことをジト目で考えながら。

 いつもより活気に溢れた喧騒を遠ざけようと、ミストナは虎耳を折り曲げた。

「はぁ……はぁ……。そういえば来週から冒険者通りを使った鼓舞祭りっていうのが始まるらしいわね……」

 他人事のように言う。多くのトラブルが予想されるドンチャン騒ぎなど、今のミストナにとっては傍迷惑以外の何物でもない。

 あれから——。

 ペレッタ救出依頼を達成してから二日が経過していた。

「くっ、足がつりそうだわ」

 いつもは目的の店まで二十分足らず。

 ベランダや屋根を拝借して飛び跳ねれば、食後の運動にすら足らない散歩コースだったが。

 今はまるで酸素濃度の薄い高山を、足首と肩と腰に人間大の鉄球を繋いで歩いている気分だ。

 それでも前を向いて歩ける頑丈な脚力を、この街では乙女と呼ぶのかもしれない。きっとそうに違いない。

 目立つ外傷は超獣戯化の解除とともに塞がった。が、あれだけの負担を全身の筋肉にかけた。

 全治一週間。あと五日はこの筋肉痛や関節痛と戦い続けなければならない。

「この大岩を越えれば……雲を抜ける……そしたら頂上……。ほら、満天の星空よ……その上に、ラビィが星に乗って、えっ、どうして飛んでいっちゃうの……どうしてっ!」

 二日ぶりのベッドからの起床。微熱のせいか、ありえない幻覚も見えてくるが、

「ミストナさん、私の肩を使ってくださいですです!」

わたくしがおぶりましょう」

 後ろを歩くラビィとツバキが現実に引き戻してくれた。

 首を振って、ミストナは気丈に歩き出す。

「だ、大丈夫よ。自分の力でリハビリしないと治りも遅くなるし。あっ」

 足がもつれて地面が近づく。石畳に衝突寸前、とっさに街灯に尻尾を巻き付け、体勢を立て直した。

「……情けないったらありゃしない」

 虎人として。どこぞの悪党から恨みを買いやすい賞金稼ぎとして。これほど無防備な姿を大衆に晒すなんてことは決してあってはならない。

「やっぱりまだ休んでいた方が……」

 ラビィに心配されるまでもなく、コンディションが最悪なのは自分自身が一番分かっている。

 だとしても、だ。

 どれだけの槍の雨が降ってこようと! さらに槍を持った竜が戦闘魔機を咥えて降ってきても! ミストナは可愛い仲間達のリーダーとして、あのに行かなければならない使命を背負っていた!!

「ラビィ、ツバキ、私のせいで超待たせちゃったわね。今日は好きな物を好きなだけ食べていいから。だって今日は……今日は!! “星屑の使者”の初任務達成祝いなんだから!!」

 ——目的地に到着。

 宙に杖を放り出したミストナは、小洒落た玄関に続く赤い絨毯を力いっぱいに踏みしめた。




「「「おかえりなさいませ、ご主人様ー!」」」

 五番街の冒険者通りに面したメイドカフェ。店名——【アナグマの巣穴】

 メイドカフェという名目ながら、実際は飲食メインの大衆酒場に近い営業スタイル。

「た、ただいまー」

 本拠地でもないのにこの挨拶はどうかと思いつつも、ミストナは店内にとぼとぼと入る。

 こちらの姿を舐めるように確認した獣人メイドが一人、二人、三人。それぞれの獣耳と尻尾の角度が、ピン! ヒョッ! シュインンン!! と急激に跳ね上がる。

 それぞれの野生的な瞳を妖しく光らせて、接客中のテーブル付近から、厨房カウンターから、二階のロフトから。

 半目で溜め息を吐くミストナに飛びかかった。

「クンクンクン……ミストナ様!?」「ミストナ様久しぶりね——って、どうしてこんなに手が荒れてるの! 大変よ! 誰かハンドクリーム、いいえマタタビ美容エキスを持ってきてちょうだい!」「クンクンクン……違う。ミストナ様じゃない……」「髪もバクバクに傷んでるっぽい。ちょい待ってて。あの植物人の頭に生えた最後の花を摘んでくるから」「クンクンクン! やっぱりミストナ様!?」

 尻尾をプロペラのように高速で振り乱すメイド達に取り囲まれて、

「あーもう。今日は好きにしちゃっていいわよ」

 ミストナは両手を差し出して無条件降伏を認めた。

 まずは両指を優しく絡められて、しっとりとしたクリームを丹念に練り込まれた。

 危険色の尻尾と髪の匂いを嗅がれ(ついでに虎耳も首筋も)トリートメントをたっぷりと吹きかけられる。

 鼻と鼻を何度もくっつけてくる獣人メイドは……もう何がしたいのかさえわからない。

 念のために店内を一瞥いちべつして確認しておくが、やはりここはボディケアの美容店ではない。どう見ても大衆向けのメイドカフェだ。

「超疲れてるから短めにしてね」

 飽きれたように言うが、狂喜乱舞するメイド達はチャンスは今しかない! と言わんばかりに聞いちゃいない。

 虎族がよほど珍しいのか。この店に来るといつもこういった大歓迎をされる。同性。それも興味のある獣人同士のスキンシップはとにかく近い。

 今も少し顔を突き出すだけで、フェレット人の女性と唇同士が当たってしまうほどに。

 いつもならひらりと宙返りを決めて躱すミストナだが、先日の超獣戯化の影響が体を蝕んでいた。「しつこいのよ!」と、一喝する元気すら湧いてこない。

 メイド服越しでも分かる豊満な胸やくびれた腰。節々に見える艶やかな鱗肌。同性から見ても魅力的な身体が、目の前でくるくると入れ替わり立ち代る。男なら鼻の下が伸びすぎて、下顎がぼとりと床に落ちるのではないか? 有名人が捕まった時の身体検査でもここまでいじくり回されはしないだろう。

 されるがままのミストナだったが、悪い気はしなかった。逆に心を弾ませている自分がいる。

(実家に居た頃の使用人達は、視線すら合わせてくれなかったなー)

 緊張のあまり息を押し殺していた使用人達が限界突破。気絶してドミノ倒しのように倒れ込んだ事もあった。

 あの堅苦しかった故郷に比べると、今のフレンドリーな彼女達の方が数倍は気楽だ。

(だけど、どこの飲食店も同じね。バイトしているのは獣人や半獣が多い)

 血筋のせいで新たな魔術を覚えられない人種格差が飲食業界まで響いてる……。と、この街の社会情勢を憂いたのは、ほんの数秒に過ぎなかった。

 もみくちゃにいじられながら、ミストナは彼女達の格好を見やった。

 ベリルとは正反対の清楚なメイド服、ではない。

 携えているだ。

 クリームを塗り終わり、念入りに手の平をマッサージをしているアライグマ人のシャンテは、近接武器となる連結腕輪を手首にジャラジャラと付けている。

 虎縞の髪に熱をあげるわに人のグローガー。彼女は年に一回生え変わる——顔は人間なので理屈は分からないが——鰐顎わにあごを加工したはさみ大顎おおあぎとを腰にぶら下げていた。

 かれこれ二十回目の挨拶——鼻の擦り合い——を続ける、目の悪いフェレット人のモスト。とにかく人懐っこい彼女は対平面一掃用大型ガトリング式魔銃を細い体に難なく背負っている。

 彼女達だってそれなりに腕の立つ冒険者。

 効率的にダンジョンに潜り、それなりの稼ぎを得ている。ここでアルバイトに精を出しているのは、ホワイトウッドでの住所や身分の登録を得るためだろう。

 格差など簡単にひっくり返せるゲートが、それこそ道端にいくらでも転がっている。

 誰にでもチャンスを与えてくれるダンジョンは、やっぱり偉大で素敵な場所だなーとミストナは思い直す。

「ダンジョンに行って疲れたのね。シャンテお姉さんに任せて。店長! 裏メニューの添い寝付きスペシャルマッサージの予約入れといて下さい!」

「それはラビィとツバキで間に合ってるわ」

「あっ、抜け駆けずるいっぽい! 私だってミストナ様の生尻がバクバクに見たくて、そこの植物人をハゲにしてきたのに!」

「グローガーにお尻見せたら噛みつかれそうで嫌よ。……通りでこのトリートメントすっごく良い匂いだと思ったのよ」

「この鼻の形はやっぱりミストナ様だー!!」

「……モストはいい加減に眼鏡をかけて」

 とかなんとか押し問答をしているうちに。従業員の職務放棄を察知した店長が厨房から出て来た。

 店長は自分の事をアナグマと主張しているが、どこからどう見ても二足歩行の大型の熊にしか見えない。額には毛色が違う月の形がはっきりくっきりと浮かんでいる。

 凶暴なツキノワグマ種に間違いない。

 ハートが沢山描かれたラブリーなエプロンを付けるより、前線で両刃斧を振り回している方が断然似合っているし、素敵だと思う。

「ほらほら、娘達。早く接客に戻りなさいな」

 女将が斧の代わりに持った料理包丁を手のひらでパシンと叩く。

「だって今日のご主人様達、私の鱗をいやらしい目で見るキモい奴ばっかぽいよ。バクバクしていい?」

 不満を漏らすグローガーに、女将はテーブルの奥の植物人を確認した。精気が抜けたように、よだれを垂らしてピクピクと肩を震わしている。

「無言で水かけときなさい。一杯ごとに請求を忘れずに」

 客への扱いがひど過ぎる。

 ミストナが苦笑いをしてるうちに、しぶしぶ了承したメイド達は給仕に戻っていった。

「こんにちは。女将さん」

「いらっしゃい。いつも娘達が迷惑かけて悪いわね」

「良いのよ。私も触れ合うのが好きだから」

「ベリルちゃんも同じだけど、ミストナちゃんをえらく気に入ってるのよ。サービス内容を個人に任せるのがうちの店の売りだから許して。で、注文はどうする?」

「依頼達成祝いにジャンジャン持ってきて……って言いたいところだけど、私はパンケーキだけにしとくわ」

「新鮮なバタ足鳥が入荷したのに」

 言ったそばから、頭の無い七面鳥が厨房から走って逃げていくのが見えた。新たな獲物おもちゃを発見し、追いかけ回す三人のメイド達。

「今日は食欲が無くって。いつもの席に座らせてもらうわね」

「恋の悩み? ミストナちゃんもお年頃ねー」

「恋は……もうお腹いっぱいよ。特に他人の色恋沙汰は」

 いまだ玄関だ。

 やっとの思いでミストナが歩き出すと、尻尾をまだ掴んでいる者に気付いた。「うぅぅぅ」と、小さな唸り声も聞こえる。

「次は誰ー?」

 振り向くと。一緒にこの店に訪れたラビィが尻尾を掴んでいた。「ミストナさんの従者は私だけです!」なんて言いたげな上目遣いでうるうると涙をためて。

「どうしたのラビィ?」

「大人気ですです……ミストナさんは」

「虎人がよっぽど珍しいのね。自分では分からないけど、猫人とそんなに匂いが違うものなのかしら。ラビィは違いが分かる?」

「えっと、ですね。ミストナさんの匂いは————ひゃっ!?」

 突然、ラビィをきつく抱き締めるミストナ。

 念入りに頬擦りを開始して、ついでに首筋に柔らかい噛み跡も付けておいた。

「ラビィと私の匂いが混じった匂いが、本当の私の匂いよ。これは二人だけの秘密」

「は、はううぅぅ!!」

 ロップイヤーを真っ赤にして湯気を立てるラビィ。

「妬いてるラビィもかっわいいー」

 綺麗な獣人達に囲まれたが、我が妹が一番可愛い。急遽ラビィ党代表による『世界一可愛いラビィによるラビィだけのラビィ決定戦』を始めようと思ったが、このメイドカフェに即スカウトされそうなのでやめておいた。

 ラビィの手をとって奥へ進んでいく。

 各テーブルでは気合いを入れる冒険者達——ドM容疑がかかった犯罪者予備軍含め——が昼間から酒を煽っていた。種族も年齢もバラバラで盛況のようだ。

 ただし。冒険者通りを歩く人達よりも、陰湿な装備を身に付けつけている者が目立つ。

 宙に随時更新される紙面や映像の賞金首リスト共を睨み、あーだーこーだと情報を交換している。一癖どころか三前科くらいキズ前科がありそうなこいつらは、ダンジョンに潜る一般的な冒険者とは違う。

 彼らも。そしてここのメイド従業員達も。ミストナ達と同業者。

 この【アナグマの巣穴】は、知る人ぞ知る賞金稼ぎ達の溜まり場となっていた。

 見知った連中に視線で挨拶しながら、窓際に面したボックス席へミストナは座る。

「いたたたた。お尻になにか刺さったかしら。確認する元気もないけど」

 バターが溶けるようにぐてーとへたり、テーブルの上におでこを乗せた。鼻と机が近過ぎて息苦しい事この上ないが、座っている時はこの体勢が一番楽なのだ。

 水を汲んでくれたラビィが隣に座る。ありがとうとコップを掴む手がぶるぶると震え、テーブルに飛沫が散った。

 超獣戯化の反動は本当に厄介だ。

 本拠地に帰った一昨日など、身体中の筋肉が悲鳴をあげてろくに寝返りすら出来なかった。

 約二十分足らずでこの仕打ち。過去に一時間ほど変化したことがあるが、一週間はナメクジのような生活をしていた。

 ミストナはもそもそとテーブルの下で拳を作る。シャンテのマッサージのおかげか楽になった気もするが、まだ痺れが残っている。

 超獣戯化とは終わってからが本当の戦いだ。この隙に襲われたなら何も出来ないままこの雑多な街の勢いに押し潰されてしまう。

「ラビィがギューってしてくれたら、すぐ元気になるかもねー」

「あっ……あっ……その、あのっ……」

「して欲しいなー。今すぐにラビィに抱きしめられたいなー」

 恥ずかしがりのラビィは人前で大胆な行動は絶対にしない。どうするのかと見守っていると——ソファの沈む感覚がお尻に伝わった。

 ピトッ。勇気を振り絞ったラビィの大胆行動。そっと肩を寄せてくれた。

「だっこの続きは……帰ってからですです……」

「もう超可愛い!! ————ぐわああああああぁぁ!!」

 愛を叫んだ衝撃が各関節に伝わり、ミストナは悶え苦しんだ。

「だ、だめね。ラビィが近くに居たら興奮して治らないかもしれない……」

「嫌です! 私はミストナさんと離れたくありません!! 近くに居させてくださいですです!」

「もうもうもうもう超可愛い!! ——アガガガガガッ!!」

 と、また懲りずに激痛を繰り返す。

 このままでは本当に完治しないのではないだろうか。完治しなければラビィにずっとヨシヨシされるのではないか。

 よこしまな考えを浮かべていると、一緒に店に入ったはずのツバキが随分と遅れて対面に座った。

 聞かなくても分かる。きっとこのデカ狐はあれやこれやと、女将に十数品以上注文したのだろう。

 ゴロン。ミストナはテーブルの上で頭を転がした。

「好きなだけ頼んで良いって言ったけど、一応確認しとくわ。いくつ頼んだの?」

「ひぃ、ふぅ……」

 ツバキが指折って数えた。止まった指は二本だ。

「あの大食らいのツバキが二品!? 具合でも悪くなったの!?」

「大食らいではありません。わたくしのペコは少しだけ食欲旺盛なだけです」

「異次元胃袋をペットみたく言うな」

「それとミストナは勘違いをしております。二品ではなく、二週です」

「……は?」

「全三十八品を二週です。二往復でも良かったのですが、日が沈むまでに眠くなると困りますので。腹八分目にしておきました」

 澄ました顔でツバキが言う。

 厨房から女将の威勢の良い声が聞こえ、メイド達も接客を放ったらかして加勢に加わった。

「ツバキとは一生バイキングに行けないわね」

「なんと! 皆と一緒に“ばいきんぐ”なる魔物を殲滅するのが、本年度の抱負でしたのに!」

「……食べ放題のことよ。今すぐに変えなさい、そんな物騒な抱負。店が潰れて訴えられて、私達まで捕まるじゃない」

 落胆するツバキを無視し、ポケットに手を突っ込む。

 感触は、金貨がたったの二枚だけ。

「懐の心配ですか? 報酬として金貨十枚が手に入ったのでは?」

「……くっ」

 あまりにも率直に聞かれて、ミストナは押し黙った。

 結論から言って。

 報酬であった金貨十枚は一部しか受け取れていない。

 まずペレッタの目の治癒魔術代に金貨三枚を費やした。フェルニールがアニマルビジョンの経費を使って立て替えると申し出たのだが、ペレッタの新たな門出祝いに餞別を出してあげたくなったのだ。

 この判断が、完璧に間違っていた。

「分かりました」と言われ、フェルニールに渡された報酬は、ベリルの殴り書きの名前が記された契約書。その一枚のみ。

「なんで!? どうして!?」

 ミストナは寝そべりながら内容を確認した。

 畳み掛けるように事態が重なってすっかり忘れてしまっていた。ベリルがアニマルビジョンにたんまりと作った、を。

 これで前金として貰った金貨二枚しか残らない。

 命を懸けて罪無き少女を救った値が、たったの金貨二枚ぽっち。これらは鉄甲、胸当てなど潰された装備品の新調。ラビィが使う魔石の補充。ベリルが以前に壊した通信ピアスの買い直しなどで、殆どが消えてしまう。

 全ての経費を計算すると……、明日からまた節約生活の始まりだ。

「ミストナ。何かあったのですか?」

「な、なんでもないわよ。三週でも三往復でも気にせず食べなさい。ラビィも遠慮せずに好きなもの食べてね」

 大見得を切った手前、今更引っ込めるなんて真似は出来ない。ミストナは頭の中で新品の胸当てにばつをして中古品を思い浮かべた。

 顔を合わせる狐と兎が、少しの間を置いて微笑む。素直に受け入れてくれたようだ。

「この度の祝勝会、誠に感謝致します」

「ありがとうございますです」

 ツバキに至っては見た事もないくらいの笑みを見せるものだから、ますますもって実質的な報酬額の話は闇に葬るしかなくなった。

「まぁね。これくらいリーダーとして当然よ」

 ツバキは本拠地にて、消費した札を補う為に筆を走らせ続けている。一文字ずつにとんでもない魔力を込めて。この食事が終わって本拠地に帰ると、また執筆を続けるのだろう。

 必要カロリーうんぬんの話も、半分は正解かもしれない。

 ラビィも似たようなものだ。家事を済ませた後は、使役した精霊達の機嫌をとるために対話する機会を増やしている。側からみれば一人で喋っているだけに見えてしまうが。

「みんなの力が無かったらペレッタは救えなかった訳だし。それに早く英気を養って、次の依頼に備えなくちゃならないわ」

 ズズズズズ——。

 コップの水が揺れ、おでこにも小さな振動が伝わる。ツバキの腹の虫がわめき出したと思ったが、アレはもっと大きな音が伴う。

「地震かしら」

 危険察知能力が高いラビィは自然災害に敏感だ。頭を気だるく上げてラビィを見ると、ふるふると頭を振った。

 ちらりと見えた愛らしい二つ目のエルフ耳。それを恥ずかしがるようにロップイヤーで抑えた。

『緊急避難勧告です! 五番街ヒュース地区にて、木造屋敷が次々と鉄筋コンクリート製の建築物を食べながら北上中!!』

 頭上に浮かび上がる透過映像。その一つに臨時速報が入る。天使の姿に見えたが、よく見ると鳩の翼を生やしたリポーターが慌てふためいていた。

 ヒュース地区とは、ここから四十キロほど離れた五番街の南地区。


『もう一度言います! 家が家を食べています!!』

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