第6話 falsa@1

 酒場についてすぐ、三人を迎えたのは、店主のカズだった。


「お帰りスティア。他の二人もお疲れさん。クリフォトと真樹もいるから、よろしく頼むな」


 カズの三人に対する声色は、いつも穏やかで、何処か紳士的である。それに対し、他の大人達に対しては、常に少年らしさが見え隠れしており、大人になり切れていない様な、はしたなさすら感じた。


「あ、あの、ごめんね。管理課の通信電波が今、おかしくなってるみたいで、その、連絡とか遅れちゃって、ごめん」


 酒場の一角で、そう狼狽えるのは、小柄な東欧人の青年である。右目には医療用の眼帯がかけられており、服は露出が多くハイヒールを履いており、何処かコスプレ染みていて、珍妙さの塊であった。


「大丈夫ですよアリョーシャさん。テストの後にちゃんとメール貰いましたし、こうして皆でちゃんと、来ましたから」


 マリアがにっこりと微笑んで、席に腰を落ち着ける。同時に、彼女を挟んでいた二人もとんと腰を落とした。

 クリフォトことアリョーシャ、アレクセイ・ゲンナジエヴィチ・コヴァレンコは、マリアの清い言葉で、安心したようにそっと胸をなでおろす。クリフォトの隣に座っていた柳沢真樹は、アリョーシャを見て言った。


「さて、何か飲み物でも飲まない? それと一緒に、昨日の話をしようよ。上のカフェが閉まる前に、一度ここで話を共有しよう」


 ほら、上の三人がやってくる前に、と、真樹は笑う。彼はアリョーシャ、マリア、葉月をこの酒場に繋ぐ人物で、三人がいつも世話になっている、監督役のような人物である。曰く、カズ、ヒヨ、真樹は子供のころからこの地域に住んでいて、土地勘があり、更に、能力者と一般人の間を保つのに慣れている。故に、この酒場やカフェに集う人間を常日頃から取り仕切っていた。


「今回の話というは、昨晩ここを襲ったという襲撃者の話ですよね?」


 スティアが切り出したのは、カズがテーブルにココアを置いてすぐである。ココアにすぐ手を付けたのは、真樹だった。


「うん。それに付け足して、昨晩、晶君と了君、夜君が見つけて来た、少年のこともね。これは少し、厄介なことになりそうだから」


 温かなミルクとカカオの香りを嗅いで、にっこりと微笑む。表情や言葉に少年の面影を残す彼は、小柄なアリョーシャを隣に据えると、その体格の良さが際立つ。優しさとは反して、好戦的にも思える戦士的な体躯を持つ真樹は、えへへと笑い、カウンターに腰を下ろしたカズを見る。


「あの少年はおそらく、宮家の管轄でもなく、管理課による管理を受けるものでもなく、ましてや魔法世界の住人でもない」


 全員がカップを取ったことを確認した後、真樹は一度熱いココアを飲み干して、唇についた輪を舐めとる。


「彼は恐らく、区分するのであれば、この国の皇族の血筋だろう。僕達宮家と、陰陽師とはまた別に対になる存在だ」


 真樹がそう言うと、興味の無さそうだった葉月が、少し食い気味に前へ顔を出す。


「そう判断した理由は? 本人には何も痕跡は無いんでしょう?」


 責め立てるように突く葉月を薙ぐように、スティアがフンと鼻で笑った。それを聞きつけた葉月は無言で睨むが、それでも見せつけるように、スティアは語る。


「痕跡が無いことが、皇族側の何かである理由だ。宮家や陰陽師であれば、どんなに隠されていても身分証明が成されているし、魔女なら尚更、その辺りを十分に知っている魔女が三人もいる。よって、十年費やしても接触も出来ない皇族に属する人間、または道具である可能性は極めて高い」


 スティアのそんな説明を無視して、葉月は続けた。


「生まれながらの宮家とか毒花の呪物だった可能性は? いるんですよね? に似たような、そういうの」


 そういうの、と言った先、スティアが鼻に皺を寄せる。殺気に気づいた葉月は首を斜め四十五度、傾げて睨み合った。お互い、性質は似通らずとも、獣臭い殺意と怒気については、互いに似たものを持っていた。

 そんな一色触発の空気を取り除いたのは、華やかな香りと、共に入り込んだ軽快なベルの音である。


「彼は少なくとも呪物ではないと思うよ。そういった類であれば、月読に縁深い僕らが感知できないわけがない」


 酒場に入って来たのは、髪と肌をセンスの良いマフラーやら、高級そうなコートで包み隠していた、一人の男であった。


「現場には夜君がいたんだろう。その上で、義兄さんが彼自身を観察して、それでも呪物でもなく、魔女の手中でもないと判断したんだ。信憑性は何よりも高いんじゃないのかい」


 ね、と付け足して、その男は、甘ったるいハニーブロンドの長い髪を靡かせて、暖かい酒場にゆっくりと存在感を行き渡らせる。マフラーで隠れていた顔は、絶世の、傾国の、と枕詞でも付きそうな、この世のモノとは思えぬ美しさだった。


「お帰りなさい、スティーブンさん。或夜ありやさんもお疲れ様です」


 マリアにスティーブンと呼ばれた、その美貌の男は、にっこりと微笑む。後ろ、スティーブンの背にびったりと貼りついて立っているのは、壁とも思える巨体の、黒髪赤目の男。彼は或夜と呼ばれた本人だが、呼ぶ声も何も無視して、黙ってスティーブンから離れない。


「あぁ、ただいま。伝言で、ジャックとネリウムは今日帰ってこないそうだ。情報だけは伝えたから、安心してくれ。大叔父上とクイーンは件の少年について、もう少し精査すると言っていた」


 スティーブンはそう言って、カウンター席の一つに腰を掛ける。キッチンで湯を沸かすカズに、彼は、手をかざした。


「義兄さん、熱いロイヤルミルクティーを二つ。砂糖を気持ち多めで」

「はいよ」


 その空間だけ、所謂王侯貴族のような、そんな空気が蔓延する。ただ、それをぶち壊すが如く、後ろで常に僅かな殺気を放っている或夜が恐ろしくて仕方がない。


「スペルビア君、アケディア君、君達もちゃんと話を聞いているようで、良かった。他の皆の無事を確認できて何よりだよ」


 スティーブンはミルクティーを待ちながらも、真樹の言葉に耳を傾けた。隣の或夜も、それに続く。


「いえ、僕も魔女の端くれですし、七つの大罪の名を冠する者として、義兄さん達の手伝い位はしますよ」


 だって、傲慢スペルビアを名乗ってるんですから。

 そう言って、スペルビアこと、スティーブンは人形のような微笑みを向けた。


「助かるよ。君がいないと、アケディア君も動かないし」


 真樹が呟いて見つめた先、或夜はぐあっと大きく口を開ける。一瞬、アリョーシャは真樹の後ろに縮こまって、震えた。

 叫ぶでもなく、吠えるでもなく、怠惰たる或夜は欠伸をかいて、カズから渡されたミルクティーを、スティーブンにも渡した。


「それで、その本題の少年は、今何処でどうしているんですか? ここにはいない様ですが」


 スティーブンが言った矢先、再び酒場の扉が開く。それは力強く、多少の怒気を含んで、強い冷風を温かな酒場に持ち込んだ。


「遅れましてすみません。ほんと、毎度毎度、面倒事を持ち込みましてすみませんね! ホント!!」


 やけっぱちで叫ぶ了が、夜と見知らぬ少年を両脇に抱えて、ずかずかと酒場の階段を降りる。後ろからククッと笑う晶が見え、何があったのかを凡そ察したカズが、首を傾けた。


「おう、夜、今日は何枚皿割った?」


 カズが尋ねると、了は二人を地面に叩きつけて叫ぶ。


「夜が三枚! このクソガキは七枚! レジーナが十四枚!! キングがヒヨさんと店行って弁償しに行って! レジーナは逃げた! あのクソアマ逃げやがった! ホントヤダあの女!」


 了は裏路地で連帯責任でも取らされていたのだろう。その鼻は赤く、冷え切っているようだった。

 床に叩きつけられた少年は、目を回しながらうぅっと唸って、むくりと起き上がる。

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BOXes 20@1 神取直樹 @twinsonhutago

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