第140話 第二次リングガウの戦い

 いまシュバルツバルト軍総勢2万7000は、一路アルスフェルトを目指していた。帝都ドルドレイの南に位置する帝国にとって重要な拠点である。


「敵は恐らく、前回と同じくリングガウ平野で野戦を仕掛けてくるだろう」

 これは昨夜の作戦会議でジルが述べた言葉である。この予測には十分な理由がある。


 まず、敵はフリギア攻防戦でシュバルツバルト軍の火砲の威力を思い知ったはずだ。籠城したとしても、長くは持たないと考えているはずである。

 そして、帝国はシュバルツバルトやバルダニアに対し、自らが上だという誇りを持っている。ここで消極的に籠城を選べば、兵の士気にも関わってくる。


 皇帝ヴァルナードやザービアックは全力をあげて野戦での勝利を狙ってくるはずだ。


 ジルは自分の斜め左前の位置で馬に乗るレニを見つめた。レニはこの戦いにおいて、2000の兵を率い、ジルが率いる中軍の一部を構成している。

 戦いの経験の無いレニに、ジルはエルンスト=シュライヒャーを補佐につけていた。


 この老将にその話をした時――


「ははは、将来妻とされる方が戦に参加されているとは、さぞ心配でしょう。分かり申した。わしがそのお役目引き受けしましょう。閣下は心置きなく帝国との戦いに集中あれ」

 そう言われたものである。


 ****


 神聖グラン帝国の帝都ドルドレイ――


「シュバルツバルトの軍はリングガウで止めなければならぬ。帝都まで進攻されれば実質的にはそこでお終いだ」


 居並ぶ諸将の前で、皇帝ヴァルナードはそう宣言した。謁見の間にはいま重い沈黙が流れていた。フリギアを失っただけではなく、これまで帝国の勝利を支えていた悪魔・ガスパールが消滅してしまったのだ。その衝撃は大きい。


「左様、アルスフェルトは籠城に向かないだけでなく、敵には新しい兵器があります。ここは野戦にすべきでしょう」

 しかし大魔導師ザービアックには、必勝の信念がなかった。野戦で帝国軍は従来押され気味だったのだ。それだけに、先の見えるザービアックには勝つ算段がついていなかった。


「我軍の数は?」

「およそ3万。おそらくシュバルツバルトよりもやや多いでしょう」

「ふむ、少なくとも兵力で負けることはないか……」


 帝国としては兵の数くらいは上回っておきたかった。ただでさえ、シュバルツバルトはフリギアで勝ち、士気が上がっているはずだ。


「陛下。勝利を確かなものにするためにも、此度は御親征なさるべきかと……」


 ザービアックは皇帝にそう献策せざるを得なかった。親征、つまり皇帝自らが出陣して兵の士気を高め、勝つ可能性を少しでも上げる必要がある。だが、これは負ける可能性もある戦い。皇帝の命を危険にさらすことになりかねなかった。


「……当然だな。どのみちここで負ければ予の命もそれまでだ。シュバルツバルトの奴らが予の命を救うとは到底思えんからな」


 戦って国が滅亡する時、君主や側近が処刑されるのは当然である。生かしておいては後で反乱を起こす可能性があるからだ。どんなに甘い人間であったとしても、敵の君主を生かしておくはずがないのだ。


「ザービアック、ガイスハルト。貴様たちにも戦に加わってもらうぞ。ガイスハルトは敵に突撃し、乱れを作れ。敵将を出来るだけ討ち取れよ。ザービアックは強力な破壊の魔法を見舞ってやれ」


 皇帝の言葉に武のガイスハルト、知のガイスハルトが同時に頷いた。ガイスハルトはフリギアを失って以来、シュバルツバルトとの再戦の機会を欲していた。

 帝国が不利な状況など彼には関係なかった。自分一人で勝つくらいの意気込みである。


 ザービアックは悪魔を失った代りに、今度は第五位階魔法メデオストライク(隕石墜落)を使用するつもりだった。この大陸でも使えるものは5人に満たないと言われる極大攻撃魔法である。


 帝国はまさに、総力をあげてこの戦いにのぞむつもりだった。


 ****


 シュバルツバルト軍の編成は以下のようになっている。

 中軍 王弟ジルフォニア直属軍 8000 アムネシア麾下第二方面軍 6000

 右軍 アレクセイ将軍 7000

 左軍 サイクス=ノアイユ麾下第三方面軍 6000


 敵を前にして、ジルは麾下の第二方面軍の司令官アムネシア、副司令官バレスとともに打ち合わせをしていた。この三人は第一次リングガウの戦いでともに戦った仲である。


「あの時は帝国に勝ったが、今度はさて、どうかな?」

 バレスはそう言いながら剣の点検をしていた。ヒビでも入っていれば命を失うことになる。


「悪魔が居ないのなら負けはせぬ。そう言いたいところだが、敵も必死だろうからな。必ずや総力をあげてくるだろう」

 アムネシアはバレス、ジルの二人の顔を見ながら難しい顔をしていた。ここは強がりを言って士気を上げるような場ではない。冷静に戦いを予想するなら、激戦になると思わざるを得なかった。


「俺は手強い敵こそ求めたいですがね。あのガイスハルトの野郎と決着をつけたい」


 バレスは不敵な笑みを浮かべていた。ガストンらの反乱軍と力を合わせフリギアを占領した際、城内に突入したバレスは、「死神」ガイスハルトと一騎打ちに及んだが、一、二合手合わせしただけで流れてしまったのである。


 ガイスハルトを倒せる者はシュバルツバルト全軍の中でもそうはいない。いや、バレスは「狂戦士」の自分しかいないとさえ信じていた。普段は冷静なバレスも、戦いを前にして気が高ぶっていた。


「まったく貴様という奴は……」


 アムネシアは緊張感のバレスに半ば呆れつつ苦笑した。彼女にとっても帝国は「借り」がある相手ではあるが、緊張や恐れを抱くよりも、バレスのようにふてぶてしいくらいの方が力を発揮できるのではないか、そう思い直していた。


「今回もバレスさんとアタナトイには先駆けをしてもらいます。ガイスハルト将軍と戦えるよう祈っていますよ」


 この二人とは、第二方面軍で上級魔術師をしていた時からともに戦ってきた。二人といる時は気を使う必要はないし、二人も自分に気を使わなかった。きっとそれを自分が喜ぶことを知っているのだろう。


 ジルにとって帝国はシュバルツバルトに関わるきっかけになった因縁の相手である。先輩のレミアを殺され、王女であったアルネラが二度までも襲われた。ジルの心中には期するものがあった。


「此度は途中で戦をやめることはできない。帝国の息の根をとめるまでは」


 ジルの言葉にアムネシアとバレスは頷いた。前回は、王の不予によって戦を中断せざるを得なかった。ジルの思いを彼らも共有していたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シュバルツバルトの大魔導師 大澤聖 @oosawasei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ