弐話 鬼憑き対策班

 まことの私室の黒電話がジリジリとけたたましく鳴る。

「はい、誠です」

「おぉ起きとったか、わしじゃ」

「あぁじい様か。どうしたの?」

 通話の相手は竜泉寺りゅうせんじの住職、嗄れた声音の裏に聞こえる人々の雑踏音。

「うむ。実は今日、お主に来客がある。わしは知己の法事に顔を出しておるから、誠、お主が迎えよ」

「来客? ……うん、わかった。師匠は?」

慶尚けいしょうもわしと顔を出しとる。案ずるな」

 師の名を聞き、数日前のよう無用な邪魔が入らないと胸を撫で下ろす。

「わかったよ」

「うむ。では頼んだぞ誠」

 ガチャリと受話器を置く誠。

 いそいそといつもの黒一色の着流しを身につけ、愛刀を手に私室を出た。



 仏間に間仕切り変わりの几帳きちょうを立て、スリットの入ったとばりを掛け、脇には四人分の座卓敷きを用意。

 胡座あぐらを組ながら、来客を待つこと二時間あまり。若い僧が仏間の襖を開き伺う。

「誠さんにお客様です」

「わかりました。通して下さい」

 若い僧はうやうやしげに客人を招く。

 二人分の足音が規則的に床板を踏みつける。

 居酒屋の暖簾のれんくぐるような所作で、中年の男が帳から姿を現した。

「はじめまして……」

 草臥くたびれたジャケットをはだけさせ、中途半端に裾が入ったしわだらけのワイシャツ、曲がったネクタイ。

 無精髭を掻き、ボサボサの髪を振ると誠の正面に敷かれた座卓敷きに正座した。

 もう一人分の座卓敷きを用意すると、今度は中年男性とは対照的に、厳かな雰囲気の女性が誠に礼をし正座する。

「はじめまして、竜泉寺で【対魔師】というものを生業にしている。まことと申します」

 誠が頭を下げると、厳かな女性はキャミソールの上に着た黒色のジャケットの襟を正し、口を開いた。

「こちらこそはじめまして。私は東京高等検察庁所属、検事の備後 《びんご》 由美子ゆみこです。私達は政府の代理で来ました」

 一礼をし、簡単な自己紹介を終えた女性──備後 由美子。

 政府の代理であると伝えられ、内心困惑する誠に追い打ちをかけるよう中年男性が口を開いた。

土御門つちみかど まことくん。なるほど、土御門家の嫡子ちゃくしとなればどうして晴明せいめいそうな子じゃないか」

 飄々ひょうひょうとした態度、ニヤケ顔の男に対し、忌み嫌う姓を出された誠は僅かに眉根を寄せる。

「んんっ! 開口一番に失礼ですよ。犬神いぬがみ班長──失礼しましたは警察庁所属、犬神いぬがみ 徳仁のりひと警視です」

「おいおい備後くん……上司に対しては無いんじゃないか? オジサン泣いちまう……」

「ハンカチはお貸しします」

 ガックリと肩を落とす男──犬神いぬがみ 徳仁のりひとに備後はさっとハンカチを差し出す。

「え、えっと……犬神さん、どうして僕の名を御存知で?」

「ゴホンッ! それはだね。先に備後くんの挨拶通り、オジサンは政府の代理ってヤツだ」

「日本政府の……僕になんの御用でしょう」

 誠の心中にある疑念が生まれた。

 政府の代理人が公にされていない、忌むべき出自を明かされ、誠を名指ししている。

「態度が変わったな誠くん。察しの良さも家柄のお陰かな?」

 すこし前のめりで誠を挑発する。

「班長! 今は取り調べではありません。いい加減口を謹んでください!」

 備後は犬神をキッと睨むと、厳粛な口調でピシャリと言い放った。

 年長である犬神も流石に軽口を叩いたと、軽く頭を下げると無精髭を撫でて閉口する。

「すみません。端的にお話させていただくと、今政府の抱える問題に対処してほしいのです」

「問題というと魑魅魍魎ちみもうりょうの類いでしょうか?」

「はい。もちろん誠くんを頼る以上、対魔師の領分に他なりません」

 それを聞き誠は一層険しい面持ちで腕を組み、二人から目線を反らすと譫言うわごとのように呟く。

「東京には陰陽師……安倍氏、土御門の宗家があります。悪鬼退散なら彼女達が適任ではないですか?」

 数秒の間──誠の言う通り、本来なら為政いせい者はその相談役である土御門宗家を頼る。

 だが政府の代理人という二人は、咎人である誠の素性を知りながら近づいた。

「誠くんが疑念を抱くのも当然だ。俺たちは政府お抱えの陰陽師では無く、キミに依頼するのには理由がある──」

 犬神は静かに立ち上がり格子から漏れる光に導かれるよう、森林がなびく中庭を覗く。

「──鬼が出た。だが政府はこの事実を認めようとせず……俺たち【対策班】を作ることで急場を凌ごうとしている」

「対策班……そこに僕が必要なんですか? 土御門家でなく、僕が……」

 ニヒルな笑みを浮かべ、誠に立ち直った犬神。

「もちろんだ。目に目を、歯には歯を……鬼には鬼を──」

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鬼憑―デーモンズ・ポゼッション― 佐々木 祐(タスク) @Tasuku

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