いらないカラスは金狼王子と家族になりたい

愛を呼ぶ光

 リカルドの求婚を受け入れたトアが、真っ先にやるべきだと考えたこと――それはルッデへの報告だった。

 よもや反対はされまいと思いながらも、やはり打ち明けるのは緊張する。リカルドとも事前に相談し、じっくり時間の取れる定休日に話そうと決めた。


 心地よい風が吹き抜ける庭で、久しぶりに三人揃って昼食を摂ったその日。

 食後のお茶をのんびりと楽しみながら、大人二人でルッデを囲むようにして長椅子に座り、トアは「あのね」と切りだした。


「ルッデ。今日はお兄ちゃまから、大事なお話があるんだよ」

「なぁに?」

「お兄ちゃまはリカルド王子殿下と……リカルドさまと、結婚しようと思うんだ」

「けっこん……」


 トアの発した言葉を、弟が幼い声で復唱する。

 結婚の意味そのものは理解しているはずだった。以前、結婚を機に引っ越しをするというご近所さんが挨拶に来てくれたときに、「大好きな人と『ずっと一緒にいる』って約束をすることだよ」と話した記憶がある。

 ルッデは大きな目をぱちぱちっと瞬いてから、トアとリカルドの顔を順繰りに見て言った。


「じゃあ、お兄ちゃまとリカルドおうじでんかは、『りょうおもい』ってこと?」


 両想い。

 弟が予想外に大人っぽい単語を口にしたことに驚きながらも、トアは「うん、そうだよ」とうなずいた。


「お兄ちゃまと、リカルドおうじでんかは、ずっといっしょ……ぼくは?」

「もちろん、おまえもずーっと一緒だ。ルッデ」


 ほんのわずかでも不安にさせまいと、リカルドがルッデの疑問に即答する。途端、ルッデの表情は大輪の花が咲いたようにぱっと明るくなった。


「ほんとっ? けっこん……やったぁ!」


 嬉しくてたまらないと言わんばかりに、ルッデがトアにぎゅっと抱きついてくる。いとけない体温に愛おしさが弾け、トアも力いっぱい抱きしめ返した。


「お兄ちゃま、おめでとう!」

「ありがとう、ルッデ」


 結婚を認めてもらえたことにほっとしていると、同じく安堵した様子のリカルドと目が合った。三人で家族になるのだという実感が、じんわりとこみ上げてくる。


「ねぇお兄ちゃま。けっこんしたら、リカルドおうじでんかもいっしょにすむ、ってこと?」

「うん。その予定だよ」


 ルッデは「よかったぁ」と頬を緩ませた。

 事件の捜査中、一時的とはいえ三人で暮らした日々が、よほど楽しかったのだろう。新しい暮らしが始まったら、思いきり甘えさせてあげたい。


「ま、さすがにここは手狭だからな。別の場所を探すつもりだが――それより……」


 リカルドはそこまで言うと、不意に言葉を切った。


「どうかしました?」

「あ、いや。いつまでも『王子殿下』のままじゃ、堅苦しいなと思ってな」


 トアはリカルドに請われて以来、かしこまった場面を除いては、「リカルドさま」と呼んでいる。ルッデにもそうさせたいのだろう。


「ルッデ。その『王子殿下』っての、もうやめていいぞ。敬語もな」


 突然リカルドに言われ、ルッデはきょとんとする。


「おうじさまなのに?」

「俺は王族である前に、おまえの家族になるんだ。結婚したら、義理の兄貴ってことになるな」

「かぞく……『ぎり』?」

「ルッデにもうひとり、お兄ちゃまができる、っていう意味だよ」


 ルッデはトアの解説を聞いてふんふんとうなずくと、「わかった!」と満面の笑みを浮かべて言った。


「じゃあ……リカルドお兄ちゃまだ!」

「――……!」


 そう呼ばれた瞬間、リカルドの三角耳がぴくりと反応した。琥珀色の双眸がかすかに揺れて、そのまましばらく動かなくなる。


「あれ……あれ? ちがう?」

「いや……」


 小首を傾げたルッデに尋ねられても、リカルドは返事をせず言葉を濁した。

 怒ったり不快になったりした様子はなく、ただ頭が真っ白になったという感じで、そんな自分に動揺しているようでもある。

 トアは二人のやりとりを見守りながら、はたと気づいた。


 ――もしかして……「リカルドお兄ちゃま」っていう呼び方は……弟王子殿下の……?


 生前は兄のリカルドに憧れ、心から慕っていたという弟だ。もしも、ルッデと同じくらいの歳のころにそう呼ばれていたとしたら、戸惑うのも無理はないように思えた。


 ――リカルドさま……。


 声は出さずにそっと、リカルドの顔を窺う。トアの視線に気づいたリカルドは、瞳に穏やかな光を宿して小さくうなずいた。それを見て、ああ、やっぱり、と確信する。


「悪ぃな。……つい、昔を思い出しちまって……」


 同じ呼び方では、つらい記憶が蘇るのではないか。

 トアはそう思って「別の呼び方にしましょうか」と提案したのだが、リカルドは「気にしなくていい」と首を振った。


「ルッデに呼ばれるなら、大歓迎だ。久しぶりだから、照れくせぇけどな」


 柔らかく微笑むリカルドの目もとは、たしかにほんのりと赤かった。本人も自覚があるのか、小指で眦を軽く掻く仕草をする。


「それに、話しておくにはいい機会かもしれねぇ。……なあ、ルッデ。俺には、弟がひとりいたんだよ」

「おとうと?」

「ああ。すげぇ優しくて、真面目な弟がな」


 リカルドはルッデを膝にのせ、弟について語って聞かせた。リカルドにとって大切な人だと、ルッデにも伝わったのだろう。いたく真剣な顔つきで話に聞き入っている。


「小せぇころは、どこへ行くにもくっついてきた。あいつは俺が大好きだったから」

「ふふ、ぼくとおんなじ」

「だな。目ぇキラキラさせて話すとこなんて、おまえにそっくりだったよ」


 キラキラって言えば――と、リカルドは自分の指先に目をやった。そこにはひとつひとつ意匠の違う、神霊銀製の指輪が嵌まっている。


「これ、きれいだろ? 全部弟が作ったんだぜ」

「えっ!」

「ええっ?」


 ルッデとトアは声を揃えて驚いた。草花を象った華やかな指輪も、紋章が刻まれた格調高い指輪も、どこからどう見ても一級の宝飾品だ。


「す、すごいですね……! 僕、てっきり王宮お抱えの職人さんが作られたものだと思ってました」

「昔から手先が器用な奴でな。護符にもなるし俺に似合うからっつって、戦場に出るたびに作ってくれたんだよ」

「ふふ、きれーい……。ぼく、これだーいすき。すっごくとおくにいても、キラキラしてみえるから!」


 うっとりと指輪を眺めるルッデの言葉を聞いて、ふと、トアはリカルドとはじめて会った日のことを思い出した。

 あの日、ルッデが「キラキラ、はっけん!」と言って走りだしたとき、リカルドと自分たちのあいだにはけっこう距離があったはずだ。

 ルッデはもともと魔力光を感知する力が高い。だがルッデ曰くリカルドの装身具は、ほかの神霊銀製品と比べ、ずっと強い光を放っていたという。


「へぇ……なら、あいつが引き合わせてくれた、ってことかもしれねぇな……」


 ルッデの話を聞いたリカルドが、納得したような面持ちで呟いた。

 あのときリカルドが指輪も腕輪もつけていなかったら、自分たちは出会わなかったかもしれない。トアもルッデも知らないうちに、リカルドの弟によって生み出された、銀色の美しい光に導かれていたのだ。


「…………」


 リカルドがほんの数瞬、祈るように目を閉じる。

 それからおもむろに指輪を一本引き抜き、ルッデの小さな掌にころんとのせた。


「ひとつ、おまえにやるよ」

「えっ! ぼくに……?」

「ああ。まだでけぇとは思うけど」


 つけてみろよと言われて、ルッデの頬が興奮で上気する。ルッデは宝物を扱うようにそうっと、四つ葉を象った指輪を嵌めた。

 当然、どの指に嵌めてみてもぶかぶかなのだが、トアの目には指輪がいっそう輝きを増したように見える。まるで新しい持ち主を、指輪が寿いでいるかのようだ。


「わぁ……キラキラだぁ……」

「ちょうどいい大きさになるまで、お守りだと思って持っとけよ」

「うん! ……リカルドお兄ちゃま、どうもありがとう!」

「――おぉ。どういたしまして」


 リカルド「お兄ちゃま」は、ちょっとくすぐったそうな顔をしながら、ルッデの頭を慈しむように撫でた。そこには魔力光だけではない、温かな光が満ち溢れている。

 それは三人を導いた光であり、これからの道を照らす光――幸せを約束する、唯一無二の「キラキラ」に違いなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

市川紗弓先生作品★スぺシャルショートストーリー 角川ルビー文庫 @rubybunko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ