二〇一八年のマーブルマッドネス 2/2
再プレイのPRACTICE RACE。今度はすんなりとゴールする。
《でもおかしいな。普通はジャンプしてショートカット&点数稼ぎに行くもんだけどな》
若干疑念を抱きつつBEGINNER RACEへ。
落下。割れ(箒で掃く)。落下。落下。落下。細い道がどうしても進めず、またしてもタイムオーバー。
響くゲームオーバーの悲しげなショートサウンド。
《え? うーんもしかして、というか、これは確実に》
そう、確実に。
《この人、ものっすごく下手だ――》
だが、まだ止める気配はない。小銭を取り出し連コイン。
《へえ、まだ遊んでくれるんだ! 根気あるなあ》
ドレスの腕をまくり、ここ数年でまれに見る使用の多さとなった箒をばさばさと払った。
もういくらつぎ込んだのかわからないほどプレイする男。
隣の『ダライアス』は相変わらず盛況だが、『マーブルマッドネス』を気にかけている者はいない。連コインし放題である。
《楽しいなあ、楽しいなあ。これって二人きりでデートみたいじゃない? って何言ってるんだ私は》
久しぶりのことでマーブルも多少浮かれているようで、筐体の端に腰かけて、足をぱたぱたさせている。
今度のプレイは、少し慣れてきたのか、なんとかBEGINNER RACEゴール。
初のステージ3 INTERMEDIATE RACEへ。スタート直後の細い細い通路に、苦戦しながら進んでいく。壁にぶつかり跳ね返され、思うように進めないようだ。
《通路前の坂道で横に逸れれば、通路通らなくても行けるのになあ》
マーブルは思う。
《……でも、なんでそんなことも知らないのに、私にこだわってるんだろう?》
通路を抜けると、急な坂道。その坂道の先にはすぐ崖が。
《あぶない!》
と思うと同時に、崖の直前に敵を移動させるマーブル。うまいことビー玉が敵に当たり、ピヨピヨ言っているものの落下は防げた。
《え、あれ、なんで私手助けなんてしてるんだろ。……べ、別に心配なんかしてないんだから! たまたま……そう、たまたま配置的にそうなっただけで!》
誰かに聞こえるわけでもないが、勝手に言い訳をしているマーブル。
そんな彼女の手助けも虚しく、少し進んだところでタイムオーバー。
《まあそうだよね、私が手助けしてもしなくてもそうなるよね。ふふん、まあその程度の腕ではね》
デモ画面のビー玉が真っ赤に染まっていた。
連コインを続けていた男に、女性店員が話しかけた。
「お好きなんですか、『マーブルマッドネス』。先ほどから何度もプレイしていますね」
「ええ、まあ」
男が答える。その様子を目の前で見ているマーブルはというと、
《あっ、こいつ、最近入ったばかりの新入り……私たちの時間を邪魔しおってからに……》
と、握る箒に力がこもり、ギリギリと音を立てている。
そんなマーブルの様子なぞ知り得るはずもない彼は、店員に話を続ける。マーブルは、心中穏やかではない様子でついつい聞き耳を立ててしまう。
「遙か昔に、一目惚れしていたんです」
《……は?》
メイド、
彼は懐かしそうに目を細め、さらに語り始めた。
「高校の頃、地元のゲーセンにこいつがあったんですよ。一プレイして、ゲーム性だけでなく、そのグラフィック、サウンド、すべてに魅了されました。ただ……」
「ただ?」
「当時は高校生でした。お小遣いも少なく、とりあえず出会った日はその一プレイしかできませんでした」
「でも……そんなに気に入ったのなら、また後日プレイしたんじゃないんですか?」
「できなかったんです」
男は目を伏せた。
「後日そのゲーセンに行ってみると、出迎えてくれたのは、閉店のお知らせの貼り紙でした」
「なるほど。閉店」
店員は感慨深げにうなずく。
「九〇年代は徐々にアーケード業界が縮小していっていたそうですものね」
「そう。だから今日はこいつ、いや、彼女とでも言ったほうがいいですかね。彼女に再会できて本当に嬉しかった。初恋の人ですからね」
彼はそう言うと、はは、と照れくさそうに笑った。
《……!?》
画面が、一面、赤いビー玉で埋め尽くされる。
突然、バツン! と音を立てて、マーブルを中心としたゲーム数台の電源が落ちた。漁師たちが店員を呼んでいる。
「あわっ!? も、申し訳ありません! ブレーカーを確認してまいりますー!」
店員が配電盤を操作すると、すぐにゲームの起動が始まった。
男は、『マーブルマッドネス』が再起動したことを確認すると、満足げに店から出て行った。店員はサービスクレジットの対応に追われている。
《あいつ、な、なんて恥ずかしいことを。私が聞いているとも知らずに》
再起動したマーブルは相変わらず過電流気味だ。自慢のメイド服にノイズが乗っている。
お見送りのご挨拶もすっかり忘れてしまっていた。
《まあでも》
彼女は思う。
《許してあげようじゃない。しばらくの間は退屈しないですみそうだし――でも》
デモ画面の割れたビー玉を、いつもよりも丁寧にお掃除しつつ、彼女は少し考えて、
《
と、嬉しそうに独り呟くのであった。
《こんな気持ちにさせた責任、取ってくださいね。
――私の、ご主人様》
二〇一八年のマーブルマッドネス みれにん @millenni
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