二〇一八年のマーブルマッドネス
みれにん
二〇一八年のマーブルマッドネス 1/2
ここは、とあるゲームセンター。
ここに、『マーブルマッドネス』というレトロアーケードゲームがある。いや、いる。
かなりマイナーなレトロゲームなので、軽く説明を。
一九八四年、米国アタリゲームズ社製(日本ではナムコがライセンス取得し販売)。立ってプレイする形のアップライト型筐体である。
良質のFM音源を搭載し、美麗なサウンドでプレイヤーを魅了する。
操作はコントロールパネルに埋め込まれたトラックボールのみ。それをくるくると操作することで、画面上の
道中には無慈悲な罠や敵が多数あり、食べられたり、溶かされたり、吸い込まれたりする。まさに
そして、あまりに高いところから落下すると、割れてしまい、箒で掃かれる。
『マーブルマッドネス』のこのお掃除好きっぷりは、メイドを彷彿とさせる――いや、まさしく、メイドの魂が宿っているのだ、この筐体には。
二〇一八年現在、
さすがにこれくらいの歳になってくると、よほどの熟練者でないと寄りつかない。
《いってらっしゃいませ、ご主人様。っとー》
どうにもやる気がない様子である。頭に乗せられたカチューシャを直し、
《はあー、今日もなにもさせてもらえなかったな……》
と、筐体のてっぺんで頬杖をついて――という様子は誰からも見えないのだが――独りぼやく。
今日のプレイヤーもいつもの顔馴染みで、たまに一クレジットだけ投入し、軽々と全ステージクリアしていくのだ。彼女の妨害など端からないかのように。
《まあ、わかるけどさ。五ステージ一周エンドだし。上手ければショートカットだって使ってすぐ終わるし。でもつまんない、つまんないー! 割れたビー玉のお掃除くらいさせて!!》
そう嘆く彼女の隣で、今日も三画面『ダライアス』に漁師たちが群がっているのであった。
ある暑い日の夕方のこと。
彼女には見覚えのない、ビジネスマン風の男が入店してきたのだが、『マーブルマッドネス』の筐体を見つけたかと思うと、
(え……、まさか。いや、こんなところにあるなんて……)
などと呟き、とたんに落ち着かない様子で、店内のレトロゲームを冷やかしつつ、うろうろとしだした。
その後もしばらく、男は店内をさまよっていたのだが、何度か近くを通るたびに彼女をちらちらと見ていった。
時には、隣の『ダライアス』の人だかりに混ざりつつなど、なんとも不審な様子である。
《気になるなあ……。あの人、なんか私のこと見てるよなあ》
マーブルも視線が気になるのか、デモ画面の青いビー玉が、
そんな微妙な空気が続き、数十分。
ようやく男が彼女の前に立った。少し緊張しているようにも見える。
《やっと来た……。おかえりなさいませ、ご主人様!》
マーブルは少し安心し、誰が聞いているわけでもないが、まずはお出迎え。新しいご主人様――おわかりかとは思うが、お客様のことである――だと気持ちもリフレッシュされるものだ。
そして、自分の目の前に立つ男について考えてみる。
《やっぱり私が目当てだよね。ふふん。あんなに視線送ってたんだもの、そりゃあ、ね》
まんざらでもなさそうである。フリルのついたスカートの裾をちょっと整える。
《でも、ということは……熟練者かな》
彼女がそう思うのは自然なことだ。このゲームに興味を持つ者といえば、二十数年来のファンであり、熟練者くらいなものである。たまに若者達が物珍しそうに眺めてはいくが、プレイしていくほどの興味はないようだ。
男がコインを投入。ゴーンという甲高く、しかし低音の効いたクレジット音が鳴る。
スタートボタンが押され、PRACTICE RACEが始まる。
トラックボールをころころと転がすと、画面上の青いビー玉がそれに応えてころころと転がる。
《ずいぶんとゆっくりなスタートだな……え!?》
スタート直後のバーにゴン! と当たったかと思いきや、男の操作するビー玉が、崖から落下したのだ。
《ええー! そんなとこで落ちる普通!?》
その後もよろよろ、ころころとコースを進み、なんとかゴール。残時間は30秒。所有時間の60秒中、普通は50秒くらい残してゴールできるものだ。
そんな調子でステージ2 BEGINNER RACE開始。
やはり、幾度となく落下し、割れ、箒で掃かれ(ここがメイドの一番の見せ場と思っている場面である)、食べられる。道中前半程でタイムオーバーとなり、ゲームは終了。
《うーん? 調子悪かったのかな? 私としては久々のお仕事で楽しかったんだけど。どうせなんだしもう一回プレイしてくれないかな、ご主人様ぁ?》
気分的には上目遣いで誘ってる感じのマーブルである。
幸い、周りに見物客もいなかったので、男はすんなり連コインした。
《そうこなくっちゃ! さて、さっきのは調子が悪かったのか、それとも……》
興味津々なマーブルである。
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