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「ちょっと、まだくたばってないわよね? 色々と教えて欲しいことがあるのよ」
夜宵は混乱する乗客達を余所に倒れていたエービーの胸ぐらを掴んで起こす。
「神とか、私のことを何で知ってるのか、教えてもらおうか」
「守秘義務だ。お前達は敵なのに言えるわけがない」
一発、彼の顔面に夜宵自身が拳を叩き込む。
また一つ傷の増えた彼に対し、脅しをかけるが、彼は素早く持っていた銃を側頭部に当てて引き金を引いた。
飛び散った脳漿と血が彼女の顔に付着する。
躊躇する様子すら見せなかった彼から、雇い主に絶対的な信頼を持ち、同時に失敗は許されないという正しく鉄の意志を持っていたようだった。
他の客は墜落のことで頭がいっぱいで、銃声にすら気が付かない。
「姫、これで拭いてください。それと、この男と私達が対峙していたことを知られると面倒なことになります」
海莉から渡されたタオルで顔を拭いた彼女はエービーの元から離れ、諒花の前の席へ戻った。
「ちょっと、墜落するかもしれないってのに、随分と呑気ね」
「操縦なら博人がするから大丈夫でしょ。あの子の霊なら」
博人が操縦を始めてから十分ほどで海面に緊急着陸を行なった。
彼が墜落ではなく、緊急着陸できる可能性を現実にしたからだ。
幸いにもこの事故による死者は誰もいなかったが、銃による死者が数名と頭を切られた遺体、硫酸のようなもので肌の溶けた青年の遺体が一名という無残な結末に終わった。
『そっちの状況はどう?』
「意味不明な奴に襲われたわ。“神”の使いで、とか言ってた変な男に」
海面への緊急着陸を行い、全員がニューヨークを目前としたワシントンにある病院へ搬送されていた。
夜宵達や目立った外傷のない者は軽い診察をし、念の為に一日入院となった。
凛子から連絡が入った為、ロビーで電話に出ていた。
『夜宵、行く前にあなたに話したことだけど、舞夜が行くことになったきっかけが関わっているかも』
「そうでしょうね。何だか私達、特に私に来てほしくない感じだった」
明日退院した後、アメリカで舞夜が最後にいた場所の情報を送るから向かってほしいと凛子が言った。
その為の移動手段も彼女が手配をするということだ。
「ねえ、凛子。凛子って呼んでいいのかしら? この旅は長くなりそうだわ」
『好きに呼んでくれて構わないわ。旅のサポートは全力でする。何か困ったことがあった際には言って』
通信が切れて、夜宵は病室へと戻る。男女混合の四人部屋である。
この事態に性別ごとに病室を分けると足りなくなるから、グループである者同士は同室でという話であった。
「姫、どうでしたか?」
「現状報告をしただけ。何か困ったことがあればサポートするって」
「なら、私はいますぐ帰してほしいけど」
ベッドの柵にもたれかかった諒花が言った。
「私は望んで来たわけじゃない。夜宵、あんたが行くって言ったばかりにここへ連れてこられた。襲われるなんて聞いてないし、早く帰りたい」
「帰ったところで、あそこに戻されるだけよ。それと、あなたは姫に対して馴れ馴れしすぎる」
諒花の態度に引っかかった海莉は、彼女に向けて語気を強めて注意した。
すると、お返しと言わんばかりに諒花も彼女に対して言い返す。
「今更、馴れ馴れしいも何もないでしょ。大体、海莉。あんたはあんたで気持ち悪いのよ。いつも姫、姫って付き纏って。頭おかしいんじゃないの?」
海莉はベッドから諒花を引きずり下ろし、顔面を殴った。
殴られたことに怒り、取っ組み合いをする二人の間に博人が割って入る。
「二人とも、やめてくださいよ! いい歳して子どもみたいな喧嘩して!」
「止めなさい! まだ旅は始まったばかりよ。今から海莉と諒花に言いたいことがあるから言うわ」
見兼ねた夜宵が大声で喧嘩を止めるように促すと、二人は中断して夜宵の顔を見る。
深呼吸をして彼女は諒花に向けて話す。
「次に凛子と通信をすることになったら、私からあなただけでも迎えに来てもらえないか話してみる。この旅はあなたの言う通り、私が行くと言ったばかりに連れてこられたのも事実だから。謝っておくわ、ごめんなさい」
彼女の謝罪に諒花はどう言葉を返すか迷っている内に海莉へと話の矛先が変わる。
「私はもう前までの私じゃない。ただの弱腰になった姫島夜宵。海莉、あなたのことは今でも好きよ。でも、対等に接してほしい。敬語なんかじゃなく、あなた自身の考えで動いてほしい」
夜宵はそこまで話すと自分のベッドに腰掛けて、顔を両手で覆った。
「あなた達も同じだと思うけど、あの研究施設で更生プログラムを受けた。私は完璧に更生なんかしないと思っていたけど、それはただの強がりでしかなくて、自分でも知らずの内に頭の中でこの力をどう使うか考えさせられていたのかもしれない」
誰も何も言わなかった。
諒花はベッドに寝転がり、海莉も同じくベッドの上から天井を眺める。
「博人、ちょっといいかしら?」
一人廊下へと呼ばれた彼は夜宵と話をする。
「さっきも言ったけど、私はもう以前のような姫島夜宵じゃない。あなたも嫌ならこの旅は止めてもらって構わないし、何よりも二年前から巻き込んだことを謝るわ」
彼女が一通り言い終えた所で、彼はいや、と否定する。
「僕は何も不満があるわけじゃありません。あなたは無理をしてる。確かにこの旅の出だしからこんなトラブルに巻き込まれて参るのは分かりますけどね。それでも、僕はあなたについていきます。戻っても何もありませんから」
彼は夜宵の肩に手を置いて、病室へと戻った。
その日の夜、夜宵はこの二年を振り返り、自分の弱くなった心をまた元に戻すにはどうすればいいかを考えるしかなかった。
霊はいつもそこにいる 第二部 〜最終章は終わらない〜 滝川零 @zeroema
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