3
機内の通路で向かい合う四人と一人。周りの乗客は既に眠りに就いている為、誰も騒いでいない。
「“神”とは誰? どこに近付けたくないのかしら?」
「答える義理はない。お前達はここで死ぬ」
海莉の質問にエービーは答えることなく、両手から数本のナイフを取り出した。
それを夜宵と海莉に向けて投げてきた。
「ダイバーズブラック」
海莉の呼びかけに応じて、影となっている部分が伸びて防護壁となる。
彼女が防御をしている隙に距離を詰めてきたエービー。
その手には長剣が握られている。
すると、ダイバーズブラックの防護壁を解除し、影の先は鋭く尖った形状へと変わって、彼の足、腹、肩に突き刺さる。
「終わったようね」
「いえ、まだです!」
夜宵は勝ちを確信していたが、海莉には分かった。
皮膚に達していない。
服の下に何か硬い物を纏っている為に影で作られた刃先の方が折れていた。
刀で無防備になっていた海莉の首を狙っている。
「最終章!」
夜宵は三秒間、時を止めた。
エービーが剣を振り切った時には夜宵と海莉は後ろへと距離を取っている。
「なるほど、時を止めたのか」
「へえ、私の力が何か知っているのね。それじゃ、あなたは殺せないわね」
その時、夜宵達が座っていた席の前から血が滴っていた。
眠っていた乗客の頭部に剣が当たり、死亡していた。
「あんた、無関係な人間を……」
「不慮の事故だ。あなた達が避けなければこうはならなかった」
「姫、今はあの男を倒すことが先決です」
三人の会話で中間地点に座っている諒花と博人が目を覚まして立ち上がる。
「夜宵さん、この人は?」
「敵よ。私を殺そうとした」
回答を聞いた二人は身構えてエービーの方を見る。
すると彼は再び剣を構えて距離を縮めた。
しかし、今度の狙いは夜宵達ではなく、近くにいた諒花達である。
博人を庇って、窓の方へと倒れ込んだ諒花の手首が切られた。
かすり傷であったが、血が溢れてくる。「その出血ならお前はもう終わりだな」
エービーの言葉に諒花は何ともないように言った。
「いいや、お前の方が終わりだ」
彼女の血が付着した剣が瞬く間に錆びついていく。
諒花の持つブラッディマリーの能力は、血で何でも作ることができる。
手首の傷口も血で修復した。
「血を使うのか。姫島夜宵以外にも面白い人間がいたものだ」
「私だけ特別扱いかしら? まあ、あんたを痛ぶって吐かせてやる」
エービーは剣を捨てて、コートの中から鉄板を取り出した。
それがすぐさま拳銃へと変化する。
どういう霊の力なのか考える暇も与えず、発泡してきた。
ダイバーズブラックの防護壁と最終章の時間停止で全ての弾を防ぎ、破壊した。
「そこまでだ。動けばこの子どもの頭を撃つ」
彼の持つ銃口が側にあった座席で眠る幼い女の子の頭に当てられている。
「姫島夜宵、お前は人を散々殺してきたにも関わらず、今更誰かが死ぬのを怖がっているようだな」
「あら、そう見えたのかしら」
何ともない表情を作ってみせる彼女であったが、内心ではエービーの言葉が当たっている。
二年前、数多くの人間を殺してきたにも関わらず、彼女の心が変わってきたのは研究所での生活が関わっている。
「強がらなくていい。一つチャンスを与えよう」
彼は懐からまた鉄板を取り出した。
それがナイフへと変形する。
夜宵の足元に投げられたナイフが刺さる。
「それで自殺するんだ。そうすれば、この女の子の命は助ける」
「姫、嘘です。どの道、あの子どもは殺されます」
海莉は落ちていたナイフを蹴り飛ばす。
「やれやれ、君の仲間は随分と血の気が多い。人が死ぬことを何とも思わないようだ。だが、僕は違う。こんなことさせないでほしいんだ。殺すなら同じ霊使いと決めているんでね」
夜宵は何も言わずに落ちていたナイフを拾い上げた。
刃先を見て思うことは霊の力が弱まったのは、自分の心が弱まったからなのではということ。
実際にはそれほどの時間は経っていないが、長考しているように見えたエービーは引き金に指をかけた。
「時間を数える。三、二……」
「姫、もう待てません!」
海莉がエービーの頭目掛けて鋭利な影の切っ先を伸ばす。
しかし、彼の頭まで何か鉄のような硬い物で覆われる。
「無理だ。お前達の攻撃は通用しない」
「なら、これでどうだ?」
諒花は持ち込んだ鞄の中から輸血パックを取り出して彼に浴びせる。
すると、血のかかった部分から溶かされるような音が聞こえてきた。
「お前にかけた血だけ硫酸に変えた。鉄だろうが溶けていくぞ」
エービーは悲鳴を上げて銃を乱射した。流れ弾は機内に穴をあけ、他の乗客にも被弾した。
「最終章」
夜宵が彼の側に立つと最終章の拳がお見舞いされる。
機内の奥まで吹き飛ばされた。
銃の乱射や今の衝撃音などで他の乗客もさすがに起きて慌て始めた。
「さすがにまずいわね。これからどうするか」
その時、機内トラブルを知らせるアナウンスが流れ始めた。
更に乗客がパニックになる。
「一体何が起こったの?」
窓の外を眺めると、エンジンから煙が見えた。
エービーの乱射した弾丸が壁を貫通し、エンジンに穴を空けたのだろう。
「最悪のフライトね。まったく」
「僕の出番のようですね」
博人が一人で歩いていき、操縦室の扉をノックする。
中からは慌てた機長が出てくる。
「死にたくなかったら、僕に操縦を変わってほしい」
「な、何だ君は! 勝手に入っちゃダメだ!」
ただの乗客、それも免許など当然持ってもいない青年に任せるわけにはいかない。
すると、博人は右手を機長の首に当てる。
操縦室から機長が引きずり出された。彼は一つも力を込めていない。
彼の霊・プロミスの能力。
可能性を真実にする。それは、彼がきっかけとなる行動をすることで起こりうる可能性を実現させる能力。
貴重の首に手を当てることで、操縦室から追い出せる可能性を真実にしたのだ。
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