302号室

 今日新しい部屋に入居した。やっぱり、環境が変わるっていいなあと、荷物をほどく。漫画を見つけては読み、写真を見つけては思い出にふけり、一向に進まない荷ほどき。これもまた引越しの醍醐味、と自分への甘さを全面に押し出す。


「あっ! 今日サッカー!」


 危ない危ない、大事なことを忘れかけてた。どれだけ環境が変わろうと、これだけは変われないなと満足げに応援グッズを掘り出す。すぐに見つかった。本気を出したら荷ほどきなんて一瞬だな、とは思うけど、本気なんて一生やってこないのだ。いいんだよ!俺はそれでいいんだよ!


「いけーーっ、惜しい、ああーーーオフサイドかよ!」


 この時ばかりは近所迷惑だなんて考えていられない。若者の数少ない楽しみだ、温かい目で見守ってくれ!そんな自分勝手な感想の元、俺は応援し続ける。


「やったあああ!勝ったーーー!!よくやった!!」


 相変わらず安心感のないプレーだったけど、勝ったし、嬉しいし、それでいい!今日はいい夢見れるぞ!


 ひとしきり喜び終えた後、そういえば、と考える。俺の隣の部屋、同い年くらいのやついるって言ってなかったっけ?一度気付けば気になってしまうもの、なぜなら今の今まで自分は騒いでいたのだ。隣からも同じくらい音がしなければ、俺に罪悪感というものが芽生えてしまうものだ、どうか、音を立ててくれ。今ならクラシックでも演歌でも聞いてやるよ。

 不思議な寛大さを用意するも、一向に出番はやってこない。本当に隣って人いるのか・・・?疑いの眼差しをいくら壁に向けても、変化は一度も訪れない。まあ、これだけ騒いでもお咎めがなかったんだ、そういう細かいことを気にしない、静かな同世代だっているだろ!俺はあまり気に病むことなく、すぐに目をあちらこちらに走らせた。


「そうだった、荷ほどきまだじゃん」


 気づきたくはなかったが、これも、気づいてしまったからには、やらないといけない。明日には母親が様子を見に来るのだ。このままでは、絶対、何か言われる。なんなら泊まっていくとか言いかねない。それだけは。


「さーとりあえずやるかねー」


 間延びした声とともに、スマホから若者な曲が流れ出す。これもまた、俺の数少ない楽しみの一つ、と鼻歌交じりにジャングルに向き合った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紙ひこうき 小椋 堯深 @takamiogura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ