紙ひこうき
小椋 堯深
301号室
隣から音が聞こえる。これで何度目かの、二週間ぶりの音だ。どうやら、僕と同じくらいの年らしい。そうか、今日はサッカー日本代表がどこかの国と戦ってるんだっけ。テレビを見る習慣のない僕は、スマホから得た情報と、新たな隣人の音からそれらを察する。起きて寝るだけの変わらない日々には、少しの変化に過敏になる。刺激を本能的に求めてしまうのだ。それほどまでに退屈で、受動的な日々だった。
しかしいつまでも隣人に頼っている場合ではない。僕は僕で退屈な日々をなぞらないと。そう思いたち、今日の分の勉強を進める。一体いつどこでこれが役に立つのかも分からない、一生使わない確率の方が大いに高いこの勉強。世の学生は、よくこんなことを毎日やってられるな。なんて、自分を棚に上げ、皮肉を込めて褒めちぎる。生きてるだけで立派じゃないか。社会不適合者、と言われるにふさわしい基準を持ってして、僕は今を生きている。でも勉強だってしているんだ。これは、死んだら極楽浄土に行く以外に選択肢はないな。冗談を口にすることもなく、ましてや聞いてくれる相手もいない僕は、頭の中で僕と会話する。
ふと隣から歓声が聞こえた。ああ、試合に勝ったのか、と僕は驚く。久方ぶりに、隣人の歓声というものを聞いた。二週間前までの隣人は、競馬だったか競艇だったか、やれ何が外れただの何が惜しかっただの、悔しがる声か怒声とも喝とも取れる音しか発していなかったのだ。喜びは伝染するのだな、と今更ながらに自覚する。応援してもいないが、勝った、嬉しい、やった、の感情だけは湧き起こった。薄情な国民ながら、嬉しく思う。隣人はどうやら情に厚い国民らしく、パフパフと、応援グッズな音を出している。
そんな変化を前向きに受け入れたところで、スマホのアラームがなる。風呂の時間だ。ここからは、しっかり退屈をなぞる僕に戻ろう。風呂に入って、ストレッチをして、23:00に布団に入るのだ。疑問もなければ、不満も湧かない僕の日々。退屈さは、ただの事実でしかなかった。
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