#4 オープン・ユア・アイズ

 笑っていた。

 おかあさんが、おとうさんが、わたしのちいさいおとうとが、わたしをみてわらっていた。

 黒く焼けたはずの家は白く綺麗で、美味しそうな匂いの漂うリビングで。

 彼らは何も言わない。ただ、幸福そうに微笑んで私を見つめていた。

 私も微笑みを返した。このままここにいられたら、どんなにいいだろう。

あの日出来なかったことを、あの日食べられなかった晩御飯を、あの日喪った温もりを……

 だけど、彼らは手を振った。そしてその姿が薄れていく。

 私はまた、一人だ……それでも。強いて笑顔のまま、私は手を振り返した。


 目が開いた――実際には、機械の目が金属の視覚野に情報を送り込んできた。

 カーテンで左右を仕切られたベッド。消毒液の匂いがして、体のあちこちに痛みが走る。見ると、手足の白い包帯が眩しい。誰かがつけっぱなしにしたラジオがレトロミュージックの番組を流している。

 私は息を大きく吐いて、深く吸い込んだ。肋骨のあたりが鈍く痛む。

 けれども、体は不思議と軽く感じられた。ずっと抱えてきた胸のしこりがなくなったような気分。

 私がしたことは意味があったのか、なかったのか。『目』はこんなとき、何も教えてくれない。

 首を巡らせると、サイドテーブルの白い便箋が目に留まった。

 ひっつかみ、鼻がくっつくほどに顔に近づけて文面を読んで。

 私は安堵と、何か別の、熱く大きな感情に押し潰されて、その手紙を胸に抱きしめた。

 そして、久しくなかったことをした――神を呼んで、感謝を捧げたのだ。

 これだけで報われた、と思った。他にはなにも。

 ひとつだけ、何かを忘れているような気がする――だが、思い出す必要もないのだろう。あのハルクに立ちはだかっていたアウトレイスなんていなかったはずなのだから。 

 誰かのラジオの『テイク・イット・イージー』が、私の耳をくすぐりながら窓の外へ流れていった。

 

 あの日、ハルクが暴れたことは何も変えることはなかった。巨大な剣は突っ立ち、世界は滅びず、ハイヤーグラウンドは浮かんだままだ。街はあちこち壊れたが、やがてビルは建て直され、ストリートは舗装され、何もかも風化していく。

それと同じで、私が子供を助けたことは世界を救いはしないし、輝かしい一瞬が過ぎればまた、うんざりするような光景の数々が私を出迎えるだろう。

 彼も私も猥雑な出来事に紛れてしまって、これからも街は回っていく。

 相も変わらず、私の目は様々な悲劇を、惨劇を映すのだろう。

 目に入るものを変えてしまえる力はない。善意はやはり贅沢品だし、手を出して私はこの通り怪我をした。

 けれどそれでも。

 自分が変われば世界が変わる、なんて言うほど私は純粋ではないけれど。そんな綺麗ごとを信じてはいないけれど。

 ただの傍観者だった私にはもう戻れない。

 そんな私という一人のちっぽけなアウトレイスを飲み込んで、街は――ロサンゼルスは今日も日々を繰り返す。

 いつか世界が終焉を迎える。そのときまで。




「ユー・アー・(ノット)オブザーバー」完

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【ワールズエンド・カーニバルシティ】公認SS「ユー・アー・(ノット)オブザーバー」 地崎守 晶  @kararu11

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