珈琲休憩 サイドA
錦木
第1話
俺は仕事場である警察署を出ると目と鼻の先にある公園のベンチに座った。
ちょうど退勤時間に重なる今は近隣にある役所から歩いてくる人や学校帰りの生徒など多くの人が通って行く。
俺はそれを見るともなしに見ていた。
書類整理が終わっていないのでまだ帰ることはできないが、休憩がてら外の空気を吸ってこようと思ったのだ。
歩いて行く人々は一日を終えた疲れが見えるものの、帰途にそれなりに幸せに見える。
買い物につれ立つ親子の姿を見て、俺はふとこの地に越してくる前にかけられた言葉を思い出した。
「本当に大丈夫なのか」
不審げな目を向ける親父の顔を。
思えば随分連絡していない。
その姿を脳裏から打ち消し、思った。
あの親子はどこに行くのだろう。追って行くうちにその影は視界の隅に消えた。
俺はふいと目を背ける。
町には明かりが灯ってきている。
あの光の下にそれだけの人々の営みがあることなど俺には想像もつかないようなことだ。
あの明かりの下で今日も誰かが泣き笑い、支え合って傷つけ合っている。
無数に見える明かり。
その底に潜む影。
普通の人々は眩しすぎて、俺は目を固く瞑る。
そうすると闇が訪れる。
街の喧騒の音だけがやけに耳に響いて、周りで渦を巻くようだ。
最初は凝っていた闇は徐々にその体積を増し自分を取り巻いている。
明日自分はどうなっているのだろう。
この先、来週、来月、来年はどこにいるのか。
ぼんやりとした不安や鬱屈。それに気づいた時にはもう目をつけられている。
『闇』は俺を喰って自分に取り入れようと肉食獣のように猛スピードでやってくる。
形のないそれが自分に襲いかかってくるーー!
俺ははっと目を開ける。
そこに広がっているのは何のことはない春の夕暮だけだった。
冷や汗をかいている。俺は額を拭う。
考えても詮無いことなのはわかっている。
不安や焦燥とは自分が対峙していくしかないことも。
空を見上げようとして目線を上げると、二つの闇と目があった。
闇のような色をした、黒い瞳に。
「
にこやかに話しかけてくる上司に俺はぶっきら棒に返した。
「
「仕事がまだたまっているんですよ。だから息抜きでもしようかと思いまして」
そう言って彼は、俺に何かを投げてよこす。
受け取ったそれは公園の自動販売機で売っている量産品の缶珈琲で、いい具合な冷え方が手の熱を奪っていった。
「よければどうぞ、飲んでください。私はもう飲んだので」
そう言って笑みを浮かべたまま去って行く。
俺はまじまじと手の中の缶を見つめた。
あの人がこんなに親切に珈琲を差し出してくるときは決まって何かあるのだ。
でも良心は受け取っておこうかとプルトップを上げ俺はそれを一口飲み下す。
一息ついて、俺は口を拭った。
「……まっず」
珈琲休憩 サイドA 錦木 @book2017
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